▼限界が近づく、半導体デバイスの
 さらなる微細化

 コンピュータや家電製品などあらゆる電機製品に組み込まれているものに、半導体デバイスがある。トランジスタやIC、CPUと耳にするものがそれで、電気を増幅したり、あるいは電気の流れを変化させることで、データ制御や計算を行い、電機製品のさまざまな機能を支えている。そして、そうした半導体デバイスは年々、微細化・高機能化をつづけている。
 驚くべきは、そのサイズである。現在の、わずか数ミリ〜数センチのLSIなどのICチップには、少しずつ構造が異なるトランジスタが何10万〜何100万と集積している。ということは、一つひとつの素子はわずか数10万〜数100万分の1ミリレベルの大きさにすぎない。これはもはや、電子顕微鏡で見なければ確認できない大きさである。もちろん、それら一つひとつの構造は決して単純なものではない。「導体」材料、「絶縁体」材料、そして「半導体」材料の各材料(※1)を接合し、さらに絶縁膜や保護膜などを被膜させる。これだけの超微細な加工を半導体メーカーは成し遂げ、そして製品化しているのである。

   しかし、とどまることを知らない微細化への流れは、半導体産業のテクノロジーに限界をもたらそうとしている。現状の製造技術ではこれ以上の微細化は難しくなり、いずれ壁にぶつかるといわれているのである。
 では、いずれ半導体の進化は滞ってしまうのかというと、そう決まったわけではない。世界中のさまざまな研究機関や企業がそれらの壁を克服すべく新たな概念のデバイス、または新たな製造方法の開発に挑み続けている。その中でもこの松村研究室は、間違いなくその最先端に位置するラボラトリーといえる。

 

▼“半導体を用いないトランジスタ”
 という発想

 トランジスタの“2010年の壁”─。これは、将来的に予測されている半導体関連技術の克服しなければならない課題の一つであり、松村研究室が今まさしく挑んでいるテーマでもある。
 トランジスタは、電子を余分に抱えたN型といわれる半導体と電子が足りないP型といわれる半導体が接合し、それぞれの間に電子を行き来させることで、増幅などの効果 を生み出す仕組みになっている。それぞれの半導体の電子の過不足量は、シリコンなどの主材料にどれだけの不純物を混入するかによって決まる(※2)。しかし、トランジスタが10ナノメートル(1ナノメートル=10億分の1m)レベルまで微細化してくると、トランジスタ一つに混入する不純物の量 は極めて微量となり、どうしてもトランジスタごとでバラつきが出てしまう。それはつまり、安定した特性のトランジスタをつくることができないということになる。その時期が、2010年頃に訪れると現時点では言われているのである。  
 このハードルを、松村教授は大胆な発想で乗り越えようとしている。考案したのは、「特性の不安定な半導体を用いず、微調整の不要な金属のみでトランジスタをつくる」というアイデア。二つの金属電極に挟まれた薄い絶縁膜の中を通り抜ける電流を、第三の金属電極で制御する仕組みである。これは、トランジスタ=半導体のイメージがすっかり定着している現状において意表をつく発想といえる。

  「本来、絶縁体は電子を通 さないのですが、極限にまで薄くすると、江崎玲於奈氏の研究で有名なトンネル効果 (※3)が発現し、電子が通 り抜けることができるのです。これは、構造的にも非常に簡潔なので、より一層の微細化にも対応できるはず」


 1997年、松村研究室は摂氏零下183度という環境ではあるが、この金属・絶縁体からなるトランジスタの動作に成功している。その大きさは、16ナノメートルであり、もちろんこれは世界最小のトランジスタである。現在もっとも微細化が進んでいるトランジスタの大きさ180ナノメートルに比べて1桁以上小さい。これによって、集積度は2桁程度高められる可能性があり、100分の1まで小さくすることができると考えられている。
 「現段階では、まだ通過する電流が変動するなど安定性に欠けるので、金属材料を再度検討するなど性能向上を図る必要がある」と松村教授は語るが、初期段階としての評価は研究学界でも高く、メディアなどにも大きく採り上げられている。研究が順調に推移すれば、“2010年の壁”を乗り越える技術になる可能性はかなり高い。




 


 

▼世界が注目する薄膜形成技術、
 『Cat-CVD法』

 もうひとつ、松村研究室では世界が注目する画期的な半導体技術の研究が進められている。それは、『Cat-CVD法』という薄膜形成技術。通 産省の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を中心とした科学技術研究開発プロジェクトに指定され、日本を代表する半導体・電機メーカーが多数参加している。
 半導体の多くは絶縁膜や保護膜が何層も重なり、それらが回路設計にしたがって刻まれることで、さまざまな機能を果たす。その膜は、0.1〜1ミクロンと非常に薄い。これをどのようにして生成しているかというと、現状の半導体業界においては基板の上で原料ガスを化学反応させ、堆積種を均一に降り積もらせる化学的気相成長法=CVD(Chemical Vapor Deposition)製法が主流である。
 そして、CVD製法のなかにも幾つかの技術があり、現在はプラズマを原料ガスの漂う空間に放電して分解させる『プラズマCVD法』が最も多く用いられており、実際、半導体メーカーの多くがこの方式を採用している。しかし、『プラズマCVD法』はそれ自体が完璧な技術ではない。プラズマによって形成された膜が傷つけられるという現象を避けることができず、それによって膜の特性が低下し、またプラズマ放電を維持するための複雑な電極装置が必要となるという難点があるのである。もちろん、半導体が微細化すればするほど、傷の影響は大きくなってくる。したがって、これを克服するための新技術が模索されていたのである。

  「『Cat-CVD法』とは、プラズマ方式のかわりに触媒(=Catalysis)を用いて原材料から膜の分子を生成し、基板に堆積させる方法です。プラズマ方式のように薄膜を傷つけてその特性を劣化させることはありませんし、また、触媒自体は1700℃くらいに加熱しますが、薄膜は300℃くらいに抑えられることで電子素子が傷むこともありません。設備もプラズマ方式ほど複雑な装置を用いませんので、導入コストも抑えられます」(松村教授)


 これはさまざまな産業分野で導入が検討されており、かなりの応用が期待されている。例えば、携帯電話などに用いる半導体トランジスタの特性を向上させることで、消費電力を節約し、同時に雑音をかなり低減することが見込まれている。また、大画面液晶装置の低コスト化や次世代メモリーの開発などその応用範囲は無尽蔵に広がる。
 現在、世界で薄膜製造の関連市場は2,500億円規模といわれる。次世代、その市場の相当の部分がこの『Cat-CVD法』へと置き換わることが期待されている。

 

▼研究の価値は95%、テーマ設定で決まる
  このプロジェクト以外にも、『Cat-CVD法』はさまざまな応用が見込まれる。もともと、この『Cat-CVD法』は太陽電池材料の劣化を抑制する被膜形成法として考案されたものであり、その研究も同時並行で行われている。
「現状の太陽電池は、光を当て続けると電気を生み出すシリコンデバイスがどんどん劣化してくることが欠点です。Cat-CVD法で作るシリコン膜の劣化が少ないことも見い出されています。」
 この研究では、NEDOが目標に設定している値に最も近い結果を出すなど、劣化の少ない太陽電池の開発に大きく貢献することも視野に入っている。  
  さらに、半導体分野以外にもこの『Cat-CVD法』を広く活用していけないだろうかという声が産業界からあがっている。例えば、“ペットボトルの内側に薄膜をコーティングできないだろうか”というアイデア。ペットボトルの充填物の保存性を高めるために、耐湿性にすぐれるシリコンの薄膜を前もって形成しようという発想である。装置をあまり高温にできないという課題はあるものの、シリコン強度を保つ実験では、『プラズマCVD法』よりも『Cat-CVD法』が10倍強度に優れるというデータが出ている。
「自動車ボディなどにも『Cat-CVD法』でコーティング膜を形成するということもできるかもしれません」と松村教授はその応用領域の拡がりに意欲を見せる。
 ここまで紹介してきたように、松村研究室の個々の研究テーマに対する評価は、産業界をはじめかなり高い。実際、企業等との共同研究も多く『Cat-CVD法』のプロジェクトを含めれば、その数は十数企業にもおよぶ。内訳も日本を代表するメーカーから地域企業までさまざまだ。その要因は何かというと、松村研究室の明確な研究理念によるところが大きいのかもしれない。

  「私は、“研究の価値は95%、テーマ設定で決まる”と考えています。まずテーマの設定に全力を注ぐ。それは、必ずしも即、実用化に結びつくというものでなくとも、発想が新鮮で国際会議で高く評価されるレベルであるかどうかということ。見極めが難しいところですが、研究に際しては、このことをいつも重要視しています」
 テーマが革新的であればあるほど、それは産業分野における課題を一挙に解決し、そして近隣の分野へと応用されていく可能性を持つ。無論、テーマを実現するまでの道のりは険しいものになるが、「野心を持って取り組めるような価値あるテーマだからこそ、一生懸命に集中して取り組み、そして結果 を出すことができる」と松村教授は考える。
「研究室のスタッフにもよく言っていることですが、なにより一流をめざすという気持ちが大切だと思います」
 『Cat-CVD法』は、まさしくその好例である。『金属トランジスタ』もまだ基礎研究段階ではあるが、半導体産業全般に変革をもたらす可能性を秘めている。一つの成功事例から次々に、応用範囲が広がっていく。今後もさらに革新的な研究テーマが、松村研究室から世界へ発信されることを期待したい。

 

 

 


 

─いつ頃から研究者を志されたのですか?
「昔から理科が非常に好きで、イラスト入りの入門書から文庫本まで読みあさってました。それで高校生の頃くらいからエレクトロニクス系に進もうかなと。実は脚本などを書いたりして周囲に見せていたので、友人からは文学部に行くのではないかと思われてたらしいです(笑)。でも、研究の構想力というのは物語を作る力なので、今の仕事に役に立っているのかもしれません」
─研究室は非常に賑やかですね。
「学生が11名、そして企業からの派遣研究員が20名、そのうち常駐しているのが10名ですから、つねに研究室には20名程度いることになります。大所帯ではありますが、学生と企業人がいろいろな角度から話あえるので面白い環境であると思います」

 

  ─先生はテーマ設定の重要性を特に強調されていますが。
「ほんとうに意義のあるテーマを設定するためには、対象とする狭い分野のことだけではなく、周辺の知識を広くおさえておかなくてはならない。そのためにも普段からいろいろな分野の人と話をしたり、いろいろなことに興味関心を持つ。そうすれば、それほど間違っていない研究テーマを設定できるはずです」
─学生にはどのような指導をなさってますか?
「低い山ではなく、高い山に挑戦させたい。それは、二番煎じのことをやらない、物事を究極まで突き詰めるということ。若いうちにその気構えを自覚しないと、後々、低いレベルで満足してしまう人間になってしまいます。ただ、学生もその辺りを理解してくれているのか、非常に頑張っています。金属トランジスタの研究も学生が中心に取り組んだ研究でしたし、国際的な学会で高い評価を得る学生もいます。研究の過程ではいろいろと意見が交錯することもあったのですが、学生が非常に高い評価をいただいた時は、自分のことのように嬉しかったですね」