企業の業務推進にコンピュータが導入されるようになって以来、情報が経営戦略の大きな基盤となっている。経営に関するさまざまな情報を扱うのが経営情報システム(MIS:Management Information System)である。インターネット技術を利用した企業内、企業間情報システム(※1)が実現したビジネスシーンでは、その構築に対しても新たなアプローチが求められている。
 「現状の情報システム開発では、人間活動まで含めて考えることは困難。人間活動に関する問題を排除してしまう。このようなことが原因で企業文化や風土になじまない、あるいは変化に対応できないものができてしまいます」。
 情報システム構築の上流には、どういう方法でシステムを作り上げるのかという方法論が存在する。その方法論こそが経営情報システムの質を左右するものである。
 「“情報システムは役に立つ”をキーワードとして、情報システムをどう作り上げるかということを研究課題としています」という吉田助教授。有用な経営情報システム開発の拠り所としているのは『ソフトシステム方法論』である。

 

 ソフトシステム方法論は、目的が曖昧ではっきりとしない「ソフトな」問題に対応するために、英ランカスター大学のチェックランドが提案したシステム方法論である。「しかしそのままではあまりに抽象度が高いので、私たちはもう少し噛み砕いて、問題解決の手法であると解釈しています」と吉田助教授。
 では具体的にどのようにして問題解決が図られるのか。助教授に簡単な例で説明してもらった。

<例>
1)
問題:「家の見栄えが悪い」
 このままでは何から手をつけていいのか分からない。
2)メタファー(たとえ話)の適用:「馬子にも衣装」
 問題解決の切り口が設定される。
3)解決手段の発見:「塀を塗り変える」
 漠然とした問題を明確な課題に導く
 (=問題を部分に分解する)。

 「“家の見栄えが悪い”という問題に“馬子にも衣装”というメタファーを適用します。すると問題の全体の特性はそのままで、“塀を塗り変える”という明確な問題に変更できます。こうなれば解き方はあるわけです。ただし人はそれぞれ価値観が違うので、塀を塗り変えることで全員が満足するとは限りません。世の中には最適な解が存在しない問題がたくさんあります。ソフトシステム方法論は程々に皆が納得するような状態を醸し出す方法論です。研究室ではこの方法論を、情報システムの構築に適用することを目指しています」。

 

 「情報システムを作る際には、システムを使う側が作る側に仕様を伝えます。しかしそれが十分でなかったり、あるいは完成時に環境が変わっていて使い勝手が悪くなる場合があります。こうした問題が生じない情報システムの作り方を考える際にソフトシステム方法論を適用します」。
 ここで重要なのはソフトシステム方法論のもつ“全体性”の概念。情報システムの構築における全体性とは、「システムの用途を使う立場の人と作る立場の人々が共有すること、その中での自分の役割を明確に把握しておくこと」である。これは従来のウォーターフォール型の開発方法論(※2)にはない特徴である。
 ソフトシステム方法論の適用は、「現実世界における問題発見」「システム思考により関連する概念的活動を明確にする」「現実世界と比較して改革を実行」することの繰り返しである。A社におけるSCM構築への適用事例を追ってみる。

1)問題状況の把握
問題状況を的確に表現するリッチピクチャー(図)を作成してA社を取り巻く要因(競合他社・経営方針・企業文化/風土・ROA(「Return On Assets」総 資産利益率)向上など)をまとめる。
2)基本定義
 受 益 者:A社
 行 為 者:A社
 変   換:現在のSCMから、環境対策をとりつつ在庫を減らし、タイムリーに商品供給できるSCMに変換する。
 世界観(視点):新しいSCMにより、ROAを高めることができる。
 所 有 者:A社
 環境制約: 経営方針、企業文化・風土
3)概念モデルの導出
 基本定義に基づく概念モデルを導く。
4)現実との比較と変革
 概念モデルを現実問題と比較することで改革案の提言を導く。

 

 ブランド育成のプロセスにシステム方法論的なアプローチを取り入れることによって、経営に対するシステマチックなアプローチを提案しようという試みもある。
 「ある程度複雑な問題では、最後の不明確な部分は人間が柔軟に処理します。それを理論化したようなものがソフトシステム方法論です。これは、ある特定な問題をこういう手法で解きましょうということではなくて、人間がある問題に直面した場合に、どういう解き方をしますか、という方法論です」。

 

 ソフトシステム方法論において、メタファーを活発に適用できる雰囲気は野中教授の言う「場」(知識科学研究科教授 併任)を作り出すことである。「野中教授の唱える知識創造とは、ソフトシステム方法論と重ね合わせてみると、問題解決なのです。日々の問題をいかに解決するか、それには知識創造が必要です」。
 ソフトシステム方法論と知識創造の融合──。実際、情報システムの構築にソフトシステム論を適用する構想は、野中研究室と企業を交えたかたちで研究が始められようとしている。
 「野中先生の組織的知識創造理論とソフトシステム方法論を融合して、どう考えれば矛盾なく心地よく、いろんな分野の問題解決に使えるかということを模索しています」。

問題解決と知識創造
 ソフトシステム方法論では、現実世界から『意図的活動モデル』と呼ばれる、“あるべき姿”を表したモデルを作成する。そのモデルと現実世界を比較して、現実世界の問題を解決するための妥協(『アコモデーション』)を許容した『変革策』を探求する。そして変革策を実施することにより現実世界を変えようとする。
 この一連の活動を組織的知識創造理論に重ね合わせて解釈すると、現実世界を変革しようとする人々と組織が、『共同化』・『表出化』・『連結化』・『内面化』という知識創造プロセスを繰り返し実施していることにほかならない。また、組織戦略の本質は、知識の『獲得』・『創造』・『蓄積』・『活用』のための組織的能力を開発することである。これらのプロセスと能力を支援するシステム方法論の構築を目指している。

 



──企業のホームページの問題点は、どういったところにあるのでしょうか?
 コンテンツの向こう側に作成した人がいます。また表現されたヒトや組織が存在します。正確な情報を論理的に伝えることはできていても、その向こう側にある会社の文化風土や信用、発展性は見えてきません。
──ホームページを立ち上げるとは、どういうことだとお考えですか?
 会社の経営と同じことで、サイトを立ち上げるにはビジネスプランを明確にしなければいけない。ビジネスプランを明確にするということは、会社の理念を明確にしてそこから戦略を導出して、戦略を実施するためのいろんなことを決めることです。組織を決めたり役割を決めたりして、ビジネスの将来的な展望を明確にしなければいけない。
──そこにソフトシステム方法論を適用するということは、どういうことなのでしょうか?
 いわばソフトシステム方法論でビジネスプランを作成するということになるわけです。ウェブサイトを作るということは、そのウェブサイトの基本コンセプトを作ることだと私は考えています。
──ここでも“全体性”が関わってきますね。
 ウェブを見た人に、「ああこの会社はこういう雰囲気の会社なんだ」ということが伝わらなければいけない。雰囲気と言うのはひとつの「全体性」ですよね。

 たとえば皆さんが友達の家に遊びに行く。そうすると初めて来るところであっても、外から見た家の感じや、中に入って何となく気づくような雰囲気がありますね。そしてそこから友達の両親の風貌がなんとなく想像できたりする。ウェブもそれと同じように作らないといけない。
──具体的にどんなコンテンツづくりをすれば良いのでしょうか?
 企業にはさまざまなアクティビティがあります。その中でどの活動を取り上げて、誰を対象にしてコンテンツ作りをしていくか。それには最適解があるわけではありません。じゃあどうやって決めるのか。担当者の中で議論しロジカルに結論を出して、それが会社の中で受け入れられるか、企業文化と照らし合わせてロジカルな解が実施可能かどうかをチェックする。そういうことを提案するのがソフトシステム方法論です。
 明確な指針があるサイト作りをすれば、サイトを見た人から何らかの反応があった場合に、なぜこんな反応が来たのかという理由も分かります。ですからある指針に沿ったコンテンツづくりが重要ですね。企業の場合は特に信用が大事ですから、ウェブの中でもやっぱり信用が表れていないといけないですよね。




 
  知識科学研究科 助教授
吉田 武稔(よしだ たけとし)
955生 工学院大学工学士(1979) 工学院大学工学修士(1981) Case Western Reserve University,Ph.D.(1984)
<略歴> 日本アイ・ビー・エム(株)ジャパン・サイエンス・インスティチュート (現東京基礎研究所) 副主任研究員(1985)、同東京基礎研究所主任研究部員(1991)、同OC/S事業推進主任SE(1995)、北陸先端科学技術大学院大学(1997-)
<専門> 経営情報システム、ソフトシステム方法論、制御理論


「現実には“最適解”の見つからない問題が多く存在します。どうすれば矛盾なく心地よく、このような分野の問題解決を図れるかを模索しています」