「構成論的手法の建築術」 概要 ある対象を理解しようとする時、対象とする系を子細に観察し、得たデータを 分析して記述するといういわゆる還元的・記述的な手法が用いられることが一 般的である。一方、複雑系の科学では、これと相補的な研究手法として、「構 成論的手法」が用いられることがある。これは、対象となる系のモデルを作っ て動かすことにより、対象を理解しようとする方法である。 構成のしかたとしてはいろいろと考えられるが、一般的には、対象がある要素 群から作られているだろうと考える。要素を組み合わせてシステムを構成しよ うとするとき、どのような要素を用いるのか、要素間の相互作用をどうするか ということを考えなくてはならない。これはもちろん、構成しようとする対象 による。生物を対象とするならば、分子や遺伝子が生化学的な相互作用をして いたり、社会システムであれば人間に似せた自律的エージェントが会話や取り 引きをする、など。このとき、適当な抽象化がなされないといけない。要素と しての分子や人間を完全に模倣することはできないし、できるだけ対象と同じ ようなものを作ろうとして、できあがったものがあまりに複雑で取り扱えない のであれば、対象の理解にはあまり役立たないであろう。つまり、対象とする もののどういった性質を理解したいかということを絞りこみ、その性質を示す のに大事だと考えられる要因だけを取り出すようにして単純化された要素・要 素間相互作用をモデル化する。しかし、単純化しすぎるのも良くない。対象と しているのが、生物や社会といった、還元的手法だけでは十分に理解できない と思われる複雑なものなので、単純すぎるものの組み合わせでは、そのような 複雑なシステム、複雑な振る舞いは見出せないだろうと思われる。 また、具体的に何を用いて作るかということも、ハードウェア、ソフトウェア、 ウェットウェアという選択が可能であろう。ハードウェアとは実際に機械を組 み立てるという方法でロボットを用いた認知の研究などが代表的である。ソフ トウェアは、コンピュータの中に世界を作ってしまおうというものであり、こ のような考え方で生物、認知、社会、言語の研究が行われている。またウェッ トウェアとは生化学物質を用いて生物(のような振る舞い)を作ってしまおうと いう試みで、構成論的生物学と言われている。 部品を組み立てて行って目的とするシステムを構成するという方法は、工学で は一般的なものである。そこではトップダウン的な設計方法が用いられること が多い。すなわち、目的とする機能を実現できるよう、ユニット、サブユニッ トに分割していき、それらをうまく組み合わせてシステム全体としてうまく働 くように制御しよう、という行き方である。一方、構成的手法は「創発性」と いうもうひとつの特徴を持ち、これは、「創発デザイン」という考え方を生み 出す。まず「創発」であるが、ここでは、構成要素の持つ単純なルールが組み 合わさって、システム全体としてある秩序や機能を示すようになることだと考 えよう。このような秩序や機能は、システムを作って動かし始めた段階では現 れていなかったものであることが多い。創発デザインとは、このようにして現 れて来る(と期待する)ある性質を利用してシステムを作ろうと考えるわけであ る。すなわち、ボトムアップで進化的・動的なアプローチである。 なぜ進化的かというと、システムが初めに持っていなかった性質を示すように なるためには、システムを構成する要素群が、なんらかの形でその振る舞いを 変えられるようになっていなくてはならず、そのような要素の変化が伝わり拡 がって行くことで、システム全体としてある秩序的な振る舞いを持つように至 るからである。 なにかを作ろうとする場合その設計図が必要で、そのためには作ろうとする対 象をよく理解できていないといけない、よって、きちんと理解できないような 複雑なものを作ることは無理な話だ、という批判がこれでかわされる。つまり、 作ったシステムは進化可能なものであり、初めにはごく単純であったものが、 相互作用と要素の変化を経て複雑なものになる可能性がある。すなわち、構成 論的手法を用いる建築家とは、最終目的とするもの自体の設計図を書くのでは なく、それに至るであろう初期状態の設計をすると言える。 さて、このようにしてシステムを構成するわけであるが、作るだけではなく、 様々な設定で動かすことが必要である。どのような要素・相互作用・パラメー タ・初期値だったら、どのような経路を経ていかなる状態へと至るのかを見る ことで、対象の理解を進めようというわけである。この手法では初期設定は比 較的自由に行うことができるため、今現在観察される対象を作るだけではなく、 あり得た現在を作ることができるだろう。そして上記のように、最終状態だけ ではなく、ある状態へと至るパスも合わせて知ることができる点が大事である。 講演では、講演者が実際に行っている構成論的手法を用いた研究を紹介しなが ら、その設計手法を見てもらいたい。残念ながら、講演者が行っている研究は 応用を志向していないため、創発的デザインによって役立つものに結びつけよ うという部分が欠けているので、そのような点を議論できると幸いである。