言語は器官か制度か 橋本敬 概要: 人間は言語を用いてコミュニケーションを行う。言語に関する人間の能力や知 識を明らかにすることは言語研究の重要課題である。これは、言語を一種の認 知的・心的な「器官」とする見方である。 (ここでは、チョムスキーのいう 「言語器官」ほど言語特異的計算能力に限定せず、言語に関連する認知能力を 含めて「器官」としている。)一方、言語は社会で話され、ある使い方を踏襲 しなくてはコミュニケーションの用をなさない。この見方では、言語を一種の 社会制度として捉える。この二つの言語の見方のどちらを採用するかというの は、言語のどの面を理解したいかに依る。本講演では、言語の起源と進化の問 題を考える際には、器官か制度のどちらの見方に立つべきかということを議論 したい。言語起源で問題となるのは言語を用いる能力の進化である。すなわち、 器官としての見方に立ち、言語器官がいかにして生じたかということを問う。 しかし、話はこれで終わりではない。この言語器官の進化に、前言語的コミュ ニケーションも含めた社会的な相互作用のあり方が影響を与えるのかどうか、 さらに、初期言語からの言語進化にはどのような影響を及ぼすか、という点を 考えねばならない。ここでは、言語能力の進化にも社会における言語の使われ 方が影響を与えうる、すなわち、言語は器官でもあり制度でもある、という主 張を、構成論的シミュレーションの結果を交えて展開する。