言語の起源と進化について 〜構成的アプローチの意義〜 橋本 敬 概要: 言語の起源と進化の研究対象を明確にする出発点として,「遺伝する変異」と定義され る生物学的進化概念と言語進化の関係について考察する.生物学的進化概念を言語に適 用するためには遺伝を明確にする必要があるが,言語についてこれを行うのは困難であ る.よって,この概念をそのまま言語に適用することは不可能であるように思える.こ の困難を回避する以下の三つの方法が考えられる.1)「言語の進化」ではなく「言語 能力の進化」を考える,2)異なる進化概念を採用する,3)生物の世代を言語の世代 にマッピングする.1)を採った場合の研究対象は,言語使用に関連した認知的・身体 的能力の生物学的な進化となる.これが「人間言語の起源」問題である.2)として, ここでは進化概念を「経路依存性や不可逆性を伴って伝達される変化」として考える. すると、最初にできた言語からいかにして現在のような構造を持つに至ったのか,とい う「人間言語の進化」を問うことになる.3)も同様に「言語進化」の問題であり,特 に学習による言語構造の変化を扱うことになる. この言語の起源と進化という問題は,生物進化,個体の学習,文化進化がループをなす 進化現象であり,さらに,学習と文化の間にも相互作用ループがある.すなわち,二つ の相互作用ループが同時に働くダブルループをなす.このダブルループ・ダイナミクス は,言語の起源と進化が持つ複雑性を反映している.生物進化は,直接的には遺伝子に 働き,それが地質学的な時間スケールで形態や行動を変えていく.個体の学習は脳神経 系で働き,長くても個体の生涯における変化である.そして,文化進化は個体の集団に おいて働き,個体の一生よりも短い変化もあれば長い変化もある.すなわち,言語の起 源と進化という問題は,このような異なる時空間スケールで働く適応ダイナミクスが相 互作用するという複雑性を持つ. 学習と文化の間のフィードバックループは,「ルールダイナミクス」という複雑さを表 す.ルールダイナミクスとは,あるシステムにおけるルールが,そのルールに基づいた システムの作動によって変化するというものである.個体は,属する文化共同体で使わ れている言語的ルールを学習により獲得しそれに制約された言語使用を行うと同時に, そのルールを生成し変化させていく. 上記のような複雑さを持った進化現象に関して理解を進めるアプローチとして「構成論 的手法」がある.これは,理解したい対象を「作って動かす」ことを通して,対象の細 かい点にとらわれない普遍性を理解しようとする方法論である.講演では,この方法論 を用いた言語進化や文化進化の研究例を挙げながら,言語の起源と進化の研究について 議論する.