CosTune:装着型楽器による新しい音楽文化の創造

西本一志(教官/ATRメディア情報科学研究所客員研究員)


あのMax Mathews教授もCosTuneを演奏しました


バンドブームが,かつてありました.それ以前も,それ以後も,「自分で音楽を演奏したい」と願う人は 世の中に無数に存在しています.近年は「おじさんのためのピアノ教室」なども登場し,結構な人気を 博しているようです.しかし,実際には楽器の演奏は非常に難しく,なかなか一朝一夕に弾きこなすという わけにはいきません.トランペットなどにいたっては,最初は音を出すことだけで無茶苦茶大変です. まして,他人と一緒にバンドを組んで演奏できるようになるには,それこそ気の遠くなるような練習が必要 です.「もっと自分なりの演奏表現をしたいのに,もっとみんなと一緒に音楽を楽しみたいのに」と思いつつ, 地道な練習に明け暮れざるをえない.そして,多くの場合は夢半ばにして挫折してしまいます.

そこで西本は,かつて「最初の入り口の敷居が低く,誰でもすぐにそこそこの演奏を実現でき,しかも十分に 上達の余地が残っていて,練習すればするほどうまくなり,達成感も味わうことのできる楽器」の実現を 目指して,「音の和声的機能に基づく楽器のインタフェースへの音のマッピング手法(音機能固定マッピング)」 を提案し,実際にその楽器が上記の目標を達成できることを示しました.

現在はこのコンセプトを応用し,さらにもっと日常的に音楽演奏を楽しむことができる楽器の研究開発を進め ています.その一つが,ATR知能映像通信研究所と共同で 研究開発を進めてきた Wearable な楽器 CosTune です.CosTuneとは,Costume と Tune を合わせた造語です.これは,「音の出る衣装」という意味に加えて, 「文化をチューニングする」という意味も含めた命名です.

CosTuneは,音楽演奏をできる「アクティブ」なウォーキングステレオであると,まず理解してください. ピアノの鍵盤にあたるような操作インタフェースを衣服に取りつけ,それを操作することによって演奏を 行います.音源なども全て小型軽量化して,簡単に持ち歩くことができるようになっています.これを使えば, 街を歩きながら自由に音楽を演奏することができます.音機能固定マッピングの概念を取りいれていますので, 誰でも,また歩きながらでも容易に演奏を楽しむことができます.

CosTuneの最大の特長は,アドホックネットワークを構築できる無線通信機能を備えていることです. これによって,たとえば道を歩いていて前から同じ音楽的趣味を持った人がやってきたとき,CosTuneシステムが 自動的にそれを検出し,その場で即座に「行きずりセッション」を開始することができるようになります. こうして,お互い全く見知らぬ者同士が,音楽を媒介として出会うことができます.いわば,「音楽コミュニティ ウェア」であると言えます.音楽は,世界共通語ですから,全く言葉の通じない国に出かけても,その国の人々 と行きずりセッションを楽しみ,友人を作ることが簡単にできるようになるでしょう.

さらに,CosTuneを使えば,人や街の演出が可能となると考えています. 特定の地域には,その地域独特の「人種」が集まります.ファッションの世界で言う「〜系ファッション」 (たとえば渋谷系,裏原系,など)が形成されるのはこのためです.逆に,裏原系のファッションに身を固める ことによって,普段とは全く違う自分を演出することもできます.CosTuneを使えば,これと似たことを 音楽で実現できると考えています.そこで, 「街角サーバ」と呼ばれる,街のある場所に固定的に設置され,CosTuneとアドホックネットワークを 構成可能なサーバを準備します.このサーバは,そこに蓄積されている音楽データを通りすがりのCosTuner (コスチューン利用者のこと)に送信したり,逆に通りすがりのCosTunerが演奏しているデータをサーバに吸い上 げて蓄積したりします.この結果,その街に集まる人によってサーバ内に蓄積される音楽が特徴づけられ,逆に そこを通りすがることによって,その街の雰囲気を持った音楽を聞くことができるようになるわけです.

現在までに,基礎的なプロトタイプを構築するとともに,「行きずりセッションプロトコル」を開発・実装し,実験を行いました.現在,このプロトコルのより詳細な評価を進めつつあります.今後は,さらに街角サーバーの実現や,より現実的な状況での実機使用実験を進めたいと考えています.

CosTuneについては,以下の発表を行いました.