森代議士の活躍
クリントン大統領と談笑(平成5年7月)東京サミットで通産大臣として拡大首脳会談に臨み、クリントン大統領と日米通商問題の成果について勧談した。
説明
 森喜朗代議士は昭和12年、森茂喜前町長の長男として誕生。浜小学校時代は根っからの野球少年であった。
 早稲田大学在学中、ラグビー部、雄弁会に所属し、卒業後、新聞記者、議員秘書を経て、昭和44年に衆院石川一区から無所属で立候補し、トップ当選を果たした。今でも、町民一丸となって闘ったこの激しかった選挙を懐かしく回想する入は多い。
 森代議士の政治家としての活躍はめざましく、平成5年までに9期連続当選、金大総合移転、北陸新幹線の実現、北陸先端科学技術大学院大学の設置など石川県の発展にカを尽くすとともに、文部、通産、建設の各大臣に就任、また、自民党政務調査会長、幹事長を努めるなど日本を代表する政治家としての地歩を固めつつある。(福田晋)
▲ 恩師・福田元首相とともにボン・サミットへ(昭和53年7月) 福田内閣の官房副長官として西ドイツ(当時)を訪問。シュミット首相らの歓迎を受けた。 ▲ 文部大臣として国会答弁(昭和59年2月14日、参議院)昭和58年12月、第二次中曽根内閣の文部大臣に就任。「臨時教育審議会」を発足させた。
建設大臣に就任(平成7年8月8日、首相官邸)
第2次村山内閣の建設大臣に就任し、認証式の後に記念撮影。
▲ 自民党幹事長に就任(平成5年8月2日、自民党本部)自民党臨時総務会で握手する河野総裁と新三役、参院会長。 ▲ 建設大臣としてふるさと根上町の海岸で白浜青松の復元事業を視察(平成7年9月11日)


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