なぜ科学リテラシーか? メディアから見た科学と社会の接点

朝日新聞論説委員  辻 篤子

いうまでもないことだが、現代社会は科学技術を抜きに語れない。生活のすみずみまで、科学技術と深くかかわっている。にもかかわらず、 多くの人にとって、科学は「遠くにありて思うもの」であったかもしれない。その結果、あちこちで科学と社会が不協和音を発している。 「科学リテラシーの構築」が、大きな課題として浮かびあがってきたゆえんである。 

なぜ、「科学リテラシー」なのか。まず、安全に、そして心豊かに生きるためだ。知識は身を守る助けとなる一方、人間や自然の理解は、私たちの生きる枠組みを与えてくれる。 もう一つ重要なのは、責任ある市民として、さまざまな選択や決断をするためだ。それには、科学技術への理解が欠かせない。

科学と社会の接点で起きている問題はむろん多岐にわたるが、世界的にも大きな問題になっているのが「リスク」だ。どこまでリスクを許容するか、科学だけで答えが出る問題ではない。 しかし、同時に、判断の基本には科学がなければならない。BSEにせよ、さまざまな化学物質にせよ、いわば総合的な応用問題として「リスク」がある。英国の統計学会は、 基礎的素養としての「読み・書き・そろばん」にリスクを加えて「4R(reading, writing, ‘rithmetic, risk)」にすることも提唱している。

科学への理解を増すための試みも盛んになってきた。 「理科離れ」対策も進んでいる。ただ、もっと数学に力点が置かれる必要があるのではないかと感じている。 数学は、さまざまな分野にもっと進出する必要がある。市民のための数学、あらゆる科学や技術を支える横糸としての数学へと、数学の広がりを期待したい。