下田 達也 研究室

下田 達也 教授

環境・エネルギー領域
下田研究室 下田 達也 教授

液体シリコン

下田研究室

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シリコンインクから太陽電池まで

世界初、液体シリコン塗布プロセスで高性能太陽電池の作製に成功

半導体プロセスの新境地を拓く液体Siに挑む

Siは、結晶質の固体材料としては半導体の主材料であり、現代社会を根底から支えています。産業としては30兆円を超える規模です。また、気体材料としては、薄膜形成プロセスにより液晶表示体のトランジスタの製造に広く利用されています。その技術は薄膜太陽電池にも応用され、現在、その生産量は急激な伸びを見せています。

私たちが着目したのは、Siの第三の形態である液体です。液体Siによる電子デバイスの作製については長年考えられていましたが、そもそも液体Siの物性が解明されていませんでした。
Siを液体にするには、二つの方法があります。一つは1400℃ほどで溶かすという方法ですが、これでは電子デバイスは作製できません。もう一つは、溶液を作って焼成するという方法です。半導体になるのはSiと水素の化合物だけで、加熱によって水素が脱離します。しかし、Siの溶液を作るのは難しく、しかも酸化しやすいため扱いにくい。それでも、液体Siができれば、新しい物性やプロセスの発見といった非常に画期的な展開になるのでは、というモチベーションで取り組んできました。

始まりは、インクジェット法・トランジスタの発想

液体Siの出発原料はシクロペンタシラン(CPS)です。Siの五員環の骨格を持ち、各Siに2つの水素が結合しています。これに紫外線を照射して光重合させるとポリシランになります。

CPSは1973年、ドイツのE.Henggeによって合成されました。その後、私が、セイコーエプソン時代、インクジェット法でトランジスタを作れないだろうか、と考えたことがきっかけになり、平成10年、化学・材料メーカーのJSR株式会社との共同研究が始まりました。

ポリシラン薄膜を形成し、焼成してレーザーを照射するとSiがきれいに結晶化します。これでトランジスタを作製すると電子の移動度が100cm2/vsという高速なものになりました。一方、インクジェット法トランジスタは、移動度は6cm2/vsほどでしたが、発想より10年足らずでそれを実現したわけです。このように、平成18年、液体SiからポリSi薄膜トランジスタを作製することに成功し、Nature誌にも取り上げられました。そして平成19年、その後継研究として今回の研究がスタートしました。

ポリシラン膜の塗布という難関を超えて

まず、液体Siの物性を知ることから着手しました。液体Siは非常に酸化しやすいため、その解析は、グローブボックス内で行う必要があります。この特注の装置は高額で、ERATOのような一定規模以上の予算がなければできなかったでしょう。

CPSの重合過程を実験と理論面から詳しく研究し、ポリシランの分子量分布、その液体中での形態、経時変化などを正確に把握しました。ポリシランを溶かす適切な有機溶媒も発見し、安定したSiインクを開発しました。ボロンをドープしたp型、真性のi型、リンをドープしたn型の3種のSiインクです。

次に取り組んだのはポリシラン膜の塗布技術です。これは困難を極めました。液体Siは、塗って乾くとムラになってしまう。シリコン基板、石英基板、ガラス基板へのポリシラン膜の塗布は非常に難しく、液体を塗るということと、液体中の固体物質が膜になるということは全く異なることだと思い知らされました。私たちは、塗布プロセスを科学的に把握する必要があると考え、その基本に立ち返ることにしました。

ファンデルワールス力、それが塗膜性の本質でした。ファンデルワールス力は、物質が存在するところに常に存在する普遍的な力であり、物質のあらゆる現象に関与します。溶液の分散や液体状態、表面エネルギーや界面エネルギー、濡れ性や塗布・製膜性など、従来、経験と勘などで対処されていたものも、ファンデルワールス力を解析することでよく理解できます。

ファンデルワールス力と塗膜性について検証したところ、分子間力の基本パラメータであるハマカー定数がマイナスになると、膜と基板の間に斥力が働いて膜は不安定になり、プラスになると安定する。つまり、膜の安定性はハマカー定数で扱えるということが明らかになりました。 こうして、基板に屈折率の高い材料を用い、ポリシランの分子量を上げ、適切な溶媒を選ぶことで、欠陥のない均一なポリシラン膜の形成に成功し、膜厚の制御もできるようになりました。

不可能とされていた高品質な非晶質Si薄膜の作製に成功する

ポリシラン膜は、塗布した当初は絶縁体で、光学バンドギャップが大きく透明です。これを焼成していくと水素濃度が低下し、バンドギャップが狭くなって色が付いていきます。400℃で半導体特性を示します。これは、ポリシラン膜が加熱によって脱水素反応を起こし、ポリシラン中のSi原子は4本の結合手を切り離して、再度Si原子同士が三次元的に結合したわけです。この過程でダングリングボンドという未結合手ができますが、その数は1立方cmあたり10の23乗個。半導体での許容濃度は1立方cmあたり10の16乗個で、Siを99.99999%再結合させる必要があります。こうしたことから、これまで、ポリシランから良質なアモルファスSi薄膜は作製できないとされていました。

私たちは、分子量、液体状態、塗布プロセス、焼成条件を詳細に見直し、ダングリングボンドを低減させ、優れた半導体特性を有するアモルファスSi薄膜の作製に成功しました。すでに、既存のプラズマ化学気相蒸着法(PECVD)レベルよりも高い光伝導度を達成しています。

塗布プロセスによる薄膜太陽電池を開発、実用化へ

いよいよ、Siインクからp-i-n型薄膜太陽電池へのトライです。
まず、p型とn型のSiインクで作製したドープドアモルファスSi薄膜が、充分な電気的活性を示すことを確認。また、p-i-n型の界面形成については、薄膜を形成する温度(約400℃)で、ボロンとリンが真性Si層に拡散せずに界面を形成できる条件を見出し、良質なp-i-n型の界面形成に成功しました。こうした技術を基に、Siインクを塗布して膜を形成し、焼成してp型、i型、n型の半導体を作製、3層を重ねると太陽電池になります。安定化処理を施し、電極を蒸着すると完成です。

試作太陽電池として3種のセルを作りました。3層すべてをPECVD法で作製したセルと比較すると、真性Si薄膜のみを液体プロセスで形成したセルは70%、p-i-nの3層を液体プロセスで形成したセルは20%の効率を得ています。
今後、コストパフォーマンスの高い太陽電池を開発し、実用化をめざします。

性能面では、液体Si材料からさらに高品質な薄膜を作製し、高効率のタンデム構造を開発します。また、高効率光閉じ込め技術や透明酸化物電極などを取り入れて最適構造を図ります。コスト面では、低装置コスト、材料の高利用率、高スループットにより製造の低コスト化、CPSの合成コストを下げて原料の低コスト化を進めます。こうした高性能化と低コスト化を実現することで、商用電力に匹敵する発電コストになるのでは、と考えています。

また、本研究の液体プロセスの概念を、真空・気相プロセスでSi薄膜を作製している分野に導入していきたいと思います。さらに、文字や図を描いて、それが発電するシステムなどへの展開も考えています。