研究歴

(佐野陽之、平成14年7月現在)

 

昭和634月〜平成53

東北大学大学院の学生として、ラマン散乱による固体表面吸着系の研究を行う。

(指導教官:東北大学電気通信研究所 潮田資勝 教授)

 

平成54月〜平成73

東北大学 電気通信研究所 潮田研究室 助手

ラマン散乱及び光第二高調波発生(SHG)による固体表面物性の研究と微細トンネル接合の発光機構の研究を行う。

主な研究内容と成果:

    分子のラマン散乱断面積は分子の置かれた場に強く影響されるため、表面吸着分子のラマン断面積測定によって吸着場についての情報を得ることができる。水素終端したSi(111)表面の水素振動の絶対ラマン散乱断面積を測定し、SiH4分子のSi-H振動の断面積より約74倍大きいことを見出した。この断面積の増大は、表面電場の増強効果や吸着系の電子準位に対する共鳴ラマン効果によるものではなく、吸着に伴いSi-Hの結合に寄与する波動関数の形が変化し双極子遷移行列の大きさが増大したためであることがわかった。

    GaAs表面上にCsなどのアルカリ金属を吸着させると仕事関数が著しく低下し負の電子親和力(NEA)を示すようになる。この現象のメカニズム解明と吸着したCsの電子状態を調べるために、光第二高調波発生(SHG)を用いて、表面の非線形光学応答測定を行った。その結果、Cs吸着量の増加に伴う仕事関数の変化とSH光強度の変化には負の相関があることを見つけ、表面電子状態の変化のモデルを提案した。

    トンネル発光素子の発光効率の向上を目指し、電子線リソグラフィー技術を用いて0.5mmサイズの微細MOS構造を作成し、発光効率を約20倍増大させることに成功した。

 

平成74月〜現在

北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科 界面物性講座(水谷研究室) 助手

ラマン散乱及びSHGによる固体表面界面の研究を行う。

本学在任中、平成10年11月から8ヶ月間、ウイーン大学物理化学研究所にて「酸化チタン表面の非線型光学応答の理論計算」に関する研究を行った。→滞在記

 

主な研究内容と成果:

<振動分光による表面現象の研究>

    ポリオレフィンの重合に用いられるZiegler-Natta触媒の触媒反応メカニズムを探るために、薄膜モデル触媒作成装置を構築し、実際に膜厚0.6〜7nmのMgCl2超薄膜の作成とそのラマン観測に成功した。ラマンスペクトルより、MgCl2薄膜は多結晶であることが確認できた。また、MgCl2薄膜のラマン観測のために下地のAgの表面増強ラマン散乱(SERS)効果を利用したが、この系においては、電磁気学的機構(表面電場増強機構)ではなく化学的な機構(電荷移動効果)を起源としてSERS効果が発現していることを解明した。

 

    Ziegler-Natta触媒の原料物質として重要なチタン塩化物TiClx (x=2,3,4)のラマン観測を行い、振動モードの基準振動解析を行うことによって、Tiの酸化数が増加するにつれてTi-Cl間の結合力が増大することを見つけた。チタン化合物におけるこのような系統的な研究は本研究が初めてであり、触媒反応を振動分光法でその場観察する際の重要な基礎データとなる。

 

    MBEによる低温成長GaAs中には多量の過剰Asが存在し、特異な電気的及び光学的性質を示す。これらの特異な性質や結晶成長時のAs取込み機構を考えるうえで、過剰Asに関連する格子欠陥の性質を知ることは重要である。そこで、この低温成長GaAsのフォノンのラマン選択律の破れを精密に測定し、過剰Asに起因するアンチサイトAs欠陥のAs原子の位置がGaの位置よりずれた対称性の低い欠陥構造をもつことを見出した。

 

    高い表面感度を有し、現象の過渡応答測定も可能な振動分光法である「可視-赤外和周波発生(SFG)法」の観測システムの開発と構築を行い、スターチ中のCH伸縮振動の観察に成功している。現在、超高真空中の表面吸着分子の振動分光観測を試み、Ti表面上に吸着したエチレン分子のCH伸縮振動の観測に成功した。(下図) エチレンの吸着量は1分子層以下であり、SFG法が極めて高い表面感度を持つことが示された。

テキスト ボックス:

 


<非線形光学応答による表面電子状態の研究>

 

    入射フォトンエネルギーが系の電子状態に共鳴するとSH光強度が増大する。この現象を利用し系の電子エネルギー準位を知る方法をSH分光法という。SH分光法は優れた特徴を持つため近年新しい表面分析法として発展してきている。このSH分光法を用いてGe−酸化膜試料の界面の観測を行った結果、約1.15eVに界面電子準位が存在することを新たに見つけた。この電子準位は自然酸化膜では見られず熱酸化膜のみで観測されることから、特定の界面構造に起因することが分かった。半導体−酸化膜界面の界面電子準位を直接的に知る手法はほとんどなく、このSH分光測定の結果は非常にユニークである。

 

    SHGは光吸収やルミネッセンスなどの線形光学過程と異なる選択律をもつため、従来観測が難しかった電子エネルギー準位の観測が可能になる場合があり、さらに、これまで知られていなかった新しい電子エネルギー準位の発見の可能性がある。そこで、化合物半導体CdZnTeのSH分光測定を行ったところ、試料温度9.5Kにおいてhw=1.59eVと1.61eVにSH共鳴ピークを初めて観測した。後者のピークの起源は励起子準位への1光子共鳴であると解釈されるが、前者のピークの起源は試料温度依存性から励起子に関連していることは確認されたが詳細は現在不明である。この測定よりSH分光法が半導体励起子の研究に新たな糸口をもたらす可能性をもっていることが示された。

 

    全く新しい表面分析法として、SH光強度の2次元分布を観測するSH顕微鏡の開発を行い、幾つかのタイプのSH顕微鏡を構築した。このSH顕微鏡を用いて、金属多層膜、金属回折格子表面、半導体表面の微小な構造、金属表面上の吸着分子の分布状態の観測を行い、それぞれ線形光学による(通常の)顕微鏡では得られない新しい現象を観測することに成功した。一例を挙げると、金属回折格子のSH顕微観察から線形反射像とコントラストが異なるSH像を得ることができた。SH光強度分布の解析から回折格子の谷部分に光照射による電場増強が起こっていることが示され、この結果はこれまで知られている回折格子上の電場分布理論計算では説明がつかないことがわかった。

このSH顕微鏡を、表面科学や固体物理の枠を越えて、生物体の観測に応用したところ、藻に含まれる光学活性なデンプン微粒子が選択的に観測できるというユニークな結果を得た。この測定は非常に興味を集め、SH顕微鏡が極めて有用な分析法であることが示せた。

 

    表面電子状態を反映した非線形光学応答の起源を探ると共にSHG実験結果の解析方法を確立するために、表面の非線形光学応答を第一原理計算により求める手法の開発を行っている。表面の非線形光学応答を計算して求める研究は少なく、第一原理計算によって表面の非線形光学応答を計算するのは極めて先端的であり、このテーマは広範な物質系への応用と信頼ある計算結果が期待されている。現在、Si(111)表面をモデルケースとした線形感受率と2次の非線形感受率の計算を行い、実験結果とコンシステントな結果を得ている。特に、Si(111)2x1再構成表面のSH応答の面内異方性の測定結果を計算により見事に再現することができた。(下図) なお、この研究はウイーン大学のポドルキー教授との共同研究として行われている。

テキスト ボックス: