「レーザの発振原理」

 物質に光を照射した時に起こる現象として次の三つがある。

 

物質に光子が入射した場合、電子はその光子の持つエネルギーを吸収してよりエネルギー状態の高い状態に励起する。この現象を光の吸収という。

 

 

 電子や原子のエネルギー状態には、“基底状態”という一番低いエネルギー状態と“励起状態”というそれよりも高い幾つものエネルギー状態がある。基底状態の次に高いエネルギー状態を第1励起状態といい、以降、高いエネルギー準位を順番に第2、第3、…励起状態という。ここで、右図のように基底状態のエネルギーをE0、第1励起状態のエネルギーをE1、以下E2 E3、…とする。今、外部から光などによって、基底状態の電子にE3E0のエネルギーが与えられたとする。すると電子は、第3励起状態に遷移し、ある緩和時間がたつと、よりエネルギーの低い状態に落ちる。その時、電子は励起していた準位と遷移した先の準位のエネルギー差に等しいエネルギーの光を放出する。右の図の場合で例えば、E3からE1へ遷移したのであれば、E3E1のエネルギーを持つ光が放出される。これを自然放出という。なお、この現象による光は、後に述べる誘導放出のように、外部からの光子によらず“自然に(自発的に)”放出することから、自然放出という。

 

 

 例えば、右の図で上の準位(エネルギー状態がE1の準位)に電子が存在し、その時に外部からE1E0の光が入射した場合、この電子は、入射してきた光とエネルギー(この場合、E1E0)、位相、進行方向の同じ光を放出する。つまり、入射時に一つだった光子が出射時には二つの光子になっている。これを誘導放出という。誘導放出した光子は、入射してきた光子とエネルギー、位相、進行方向がそろっているので、多くの光子を誘導放出させることができれば、エネルギー、位相、進行方向のそろった強い光を放出させることができる。これが、レーザの特徴である、単色性(全ての光子のエネルギーが等しい)、コヒーレンス(位相がそろっている)、高指向性(進行方向がそろっている)の起源の一つになっている。

 

 レーザはこの三つの現象の内、誘導放出という現象を利用して入射光を増幅して発振する。しかし、一般的に熱平衡状態にある物質において、電子の分布する密度はエネルギー状態の高い準位よりも低い準位の方が圧倒的に多いため、光子を入射してもその殆どが吸収されてしまう。従って、この吸収されてしまう光子の数よりも誘導放出する光子の数が上回らない限りレーザは発振しない。

 

 

 吸収されてしまう光子の数よりも誘導放出する光子の数を上回らせるためにはレーザ物質を反転分布状態にする必要がある。反転分布状態とは、”レーザ発振させたいエネルギーギャップ”において、エネルギー状態の低い準位(右図でいう準位@)よりも高い準位(同じく準位A)の電子密度が多いような状態のことである。レーザ物質がこの状態になれば、誘導放出される光子の数が吸収される光子の数を上回るのでレーザ発振させることができる。ある温度での電子の分布はフェルミ・ディラック分布に従う。この分布において、反転分布状態を実現するためには、温度を“負”の値にしなければならないことから、反転分布状態のことを“負温度状態”ともいう。

 

 反転分布をつくるためには、各励起状態に電子が存在できる時間(寿命)に注目する。この時間、つまり電子が緩和して光子を放出してしまうまでの時間は、低いエネルギー準位ほど長い傾向にある。そこでこのことを利用して、”レーザ発振させたいエネルギーギャップ”のうち、準位Aに電子の存在する時間がそれより高い準位に存在する時間よりも圧倒的に長いような物質を選ぶ。この物質に強い白色光を当てたり、プラズマ放電、電子注入などを行うこと(ポンピング)により電子を準位Aより上の様々な準位に遷移させる。すると、ある時間が経った後で電子のほとんどが、準位Aに存在するような時間帯ができるようになる。これで反転分布状態ができる。

 

光共振器

 レーザ物質の入っている光共振器は、その両端が2枚の平行な鏡になっている。この2枚の鏡で光子を反射させてレーザ物質中を往復させることで誘導放出する光子の数を増やしている。そのために、2枚の鏡の距離は、光が定常波を作る距離になっている。

 

 

 反転分布状態の時に1つの電子が準位@に遷移すると、”レーザ発振させたいエネルギーギャップ”に対応するエネルギーを持つ光子が自然放出し、その光子によって別の電子から光子が誘導放出して光子が2つになり、それらがまた別の電子から光子を誘導放出させて4つになり…と、エネルギー、位相、進行方向のそろった数多くの光子が誘導放出されることになる。これがレーザである。

 

 

Nd:YAGの特徴」

 

 レーザ物質として選択されているYAGは、YAlGarnetの結晶体において、Yのうちの1%をNd3+に置き換えたものである(ちなみに、3%を超えると結晶がひずむ)。この物質は4準位系のレーザ物質であるといわれている。4準位系の物質では、光子を誘導放出した電子は速やかに、準位@より低いエネルギー状態へ遷移する。なぜなら、いつまでも準位@に電子が存在していると”レーザ発振させたいエネルギーギャップ”が反転分布状態でなくなってしまうからである。4準位系のレーザ物質が(ルビーレーザなどの)3準位系のレーザ物質と比べてポンピング入力に対する出力の比が高いのは、上記の理由から光子を誘導放出した後で準位@に存在する電子の数が少ないため、反転分布状態を保つのが容易だからである。右図のように4準位系レーザ物質の電子は、最初の状態から、ポンピングによって準位Aよりも上の準位に励起し、準位Aに遷移し、光を誘導放出して準位@に遷移し、最初の状態に戻る。つまり、このサイクルのうちで電子の存在する状態が4つあるので”4準位系”と呼ばれる。準位@と最初の状態が同じである物質は”3準位系”と呼ばれており、電子が光を誘導放出して準位@に遷移した後でさらに遷移するため準位が準位@の下にない。そのため反転分布状態を保つためにかなり高い効率で電子を励起させなければならないのでポンピング入力のエネルギーがかなり大きいものになってしまう。従って、ポンピング入力に対する出力の比は4準位系のレーザ物質に比べて劣る。

 Nd:YAGの発振波長(レーザ発振させたいエネルギーギャップに対応する波長)が1[μm]付近なのは、ドーピングイオンであるNd3+によるものである。このNd3+と電荷、イオン半径が近いのはYであるので、

・融点近くまで相転移が起こらない

・強度・硬度が高く、加工研磨によって破損する心配がない

・ポンピングによって着色されない(結晶構造が変化しない)

・熱伝導率がよい

などの特徴をもつYAGNd3+をドープすることで、発振波長1[μm]付近の頑丈な(レーザ発振に使っても変形、破損しにくい)レーザ物質になっている。

 

Qswitched Laser

 

Q

 共鳴の鋭さを表す値。共鳴角周波数ωにおいて、エネルギーWの振動が、ジュール熱や放射損失などで、単位時間にSのエネルギーを損失する時、

  

 

で表される値を言う。

 共鳴回路では、

  

 

LCRが並列に接続された共振回路では

 

 

 

Qswitched Laser

 光共振器のQ値(=2πνL/(1-r)r:反射率)を急速に変化させて尖頭出力の大きいパルスを取り出すレーザ。Q値を低くして発振を抑え、反転分布の大きくなったところでQ値を高くすれば、大きな出力を得ることができる。

 実際には、光共振器内の2枚の鏡を平行から少しずらすか、途中にシャッターを入れるかしてレーザの発振を抑えておく。この状態では、上の式で、分母のSが分子のωLを上回っているためQ値、即ち共振器に蓄えられるエネルギーと系の損失の比が小さい(つまり、損失が大きい)。しかし、この状態でも反転分布は作られている。それからある時間が経過したところで、シャッターを開いたり、鏡を平行に戻したりして発振を回復させると(正確には、エネルギー利得が損失を上回るようにすると)、大きくなっていた反転分布から、位相、進行方向のそろった大量の光子が放出される。このように、共振器内のQ値を制御して高出力を得ることのできるレーザを、Qswitched Laserという。

 

まとめ:Q-swiched Nd:YAG Laser の発振原理”

 本研究室で使用されている、Q-swiched Nd:YAG Laserは、Nd:YAGをレーザ物質とし、それが、フラッシュランプとQ値を制御できる機構のついた光共振器に収められている。レーザを発振させるには、まず、フラッシュランプでレーザ物質中の電子を様々なエネルギー状態に励起させる。一定の時間が経った後でレーザ物質は反転分布状態になる。この状態で、ある電子から自然放出された光子によってほかの電子から光子が誘導放出され、レーザ発振が起こるのだが、この時点でのQ値は低くしてある。Q値とは、共振によって得られるエネルギーと1周期で損失するエネルギーの比である。

 一般的には反転分布状態にあるレーザ物質内を光子が往復するたびにその強度が強くなっていくはずである。しかし、Q値を低くしているために、光子が往復するたびに系(レーザ物質を収めた光共振器)の得るエネルギーよりもジュール熱や放射熱で損失するエネルギーのほうが大きいため、共振器内で共振する光子の数は抑えられている。ここで重要なのは、この状態でも反転分布状態が作られていることである。こうしてQ値を下げておくことによって多くの電子を反転分布状態にしておき、ある時間が経過した後でQ値を上げれば、強度の大きいレーザが発振する。このQ値の変化を10[Hz]で行っているので本研究室のQ-swiched Nd:YAG Laser 10[Hz]のパルスレーザになる。また、Nd:YAG4準位系のレーザ物質であるので、光子を誘導放出した後の電子は、速やかにポンピングされる前のエネルギー状態まで遷移する。従って、反転分布状態を保つのが容易で、フラッシュランプによるポンピング入力に対する出力の比がルビーレーザに比べて良い。