「物質と生命のかけはし」「分子マシンを生み出せ!」「人工筋肉の開発」
図. 世界で初めてとらえたスーパーヘリックスπ共役ポリマーの二重らせん構造 (上: STM像) とそのモデル (下). 新 聞 記 事 (Sep. 28, 2001). * 上記をクリックすると、Science 掲載および新聞の記事が閲覧できます。
篠原 健一 准教授 Head
はじめに
1個の分子が力を発生させてこれが駆動源となって動いたり、ものを変形させたりすることが可能になれば、微小空間で物質を輸送する分子モーターや、高感度で環境の変化を高速に検出して分子の形を自在に制御することで情報を表現する、情報処理デバイスが出来ます。
生体では既にこれらの機能を実現しているだけでなく、様々な機能を高度に組織化しています。この結果、私たち生命体は生かされています。もし、この生命体の驚くべき卓越した機能の一部でも持つ材料を作れたら、全く新しい設計思想に基づく機械やコンピューターが出来ることでしょう。現在の最先端の生物学では、生体高分子であるタンパク質の機能発現の機構や動作原理を明らかにしつつありますので、この概念を合成高分子(ポリマー)の設計に適用すれば、生体高分子に匹敵した刺激や負荷などの環境変化に柔軟に対応して特性を自在に制御できる「しなやかな」合成高分子を創製できるのではないかと私は考えました。この合成高分子は、生体高分子タンパク質にはない実用可能な耐久性を有するだけでなく、有機合成技術に基づく分子設計に応じて、性能の制御が容易になります。
本研究室では、この様な考えに基づき、機能性高分子の合成から1分子構造と機能のイメージング装置の開発と観測まで、一貫したポリマー1分子の基礎研究を行い、光と熱ゆらぎで駆動する「1分子モーター」や光で出力する「1分子情報デバイス」の実現を目指します。現在、その基盤を築くために、高分子1本の基礎化学の開拓と生物を超えるしなやかな機能と原理の発見に挑んでいます。
私が目指している、光と熱をエネルギー源とする1分子デバイスは、無尽蔵のクリーンエネルギーである太陽光の直接的利用を可能としますので、人類の存亡をかけた世界共通の危機「エネルギー・環境問題」の解決に大きく貢献します。
[関連学術分野] 高分子化学 (π共役高分子の合成と物性) / 生物物理学 (モーター蛋白質のバイアスブラウン運動) / 応用物理学 (走査プローブ顕微鏡と近接場顕微鏡)
誰もやっていない研究に挑戦して新しい学問の流れをつくり
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ポリマー1分子の科学と技術
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ポリマー1分子の直視
高分子は非常に優れた性能を持つ有用な物質であり、既に我々人類にとって不可欠な材料である。ところが、高分子は一般に多様な構造を形成し、しかも分子運動に伴って動的にコンホメーション変化する複雑系である上、膨大な数のポリマー分子をひとつの平均として(個々の分子はバラバラに構造変化しているにもかかわらず)取り扱うために、分子レベルでの構造とその機能との相関関係を明確に議論することが難しいという問題が有る。すなわち、「どの様な高分子の構造が、如何なる機能を発揮しているのか?」という問に対して、これまで分子レベルで答えることは難しかった。これが原因となり、より優れた機能を発現する高分子を創成しようと試みる際に、どの様な分子設計を行えば良いのかが不明確である、という大きな問題が現状では立ちはだかっている。そこで私は、ポリマー鎖1本の構造と機能の直接観測が達成されれば、推論や仮定を最小限に抑えることが可能になり、これによって最も的確に分子構造と機能との関係を議論できるものと考えた。
機能性高分子の中で、特にπ共役系高分子は発光機能や導電機能を備える新しいタイプの高分子材料として研究が近年活発で、既にエレクトロルミネッセンス(電界発光: EL)素子やポリマー電池などは実用化され、次世代の機能材料として期待されている。そこでπ共役系高分子を標的分子とし、この高分子主鎖1本の動的構造変化とこれに伴う光機能のイメージングを目的とした。すなわち、近年応用物理学の分野で発展のめざましい近接場光学を応用した近接場顕微鏡の一種である、表面エバネッセント波照明顕微鏡 (TIRFM) を独自に製作し、新規に合成したπ共役系高分子の発光の観測を行った。[1-3]
このTIRFMはスライドガラス表面に吸着した試料だけを選択的に励起することができ、これからの微弱な蛍光を観測することが可能である。新たに分子設計及び合成したポリ(アリーレンエチニレン) [Poly(AEPE)] をこのTIRFMで観測したところ、Poly(AEPE)の蛍光の褪色までの時間はイメージングするのに十分に長く(5秒以上)、この褪色は量子的に、かつ一段階で生じた。[1] さらに、熱ゆらぎに基づくポリマー1分子の秒のオーダーのゆっくりとしたダイナミックな発光色の変化や、[2] らせんπ共役高分子鎖1本のゆっくりとした蛍光発光強度の変化もとらえることに成功した。[3] これらの現象は、ポリマー1分子の機能を直接観測して初めて見えてきた新しい事実である。このポリマー1分子からの発光現象を利用することにより、単一分子で機能する光センサー〜単一分子情報デバイス〜 (下図) としての応用が可能になる。[4]
図. 1分子デバイスの概念. 現在、ポリマー1分子の構造と機能の実時間同時観測に関する研究を展開している。「光の時代」とされる21世紀においての、本研究の真のねらいは、未知の量子現象の発見にもとづく新規光機能材料の創成と、これを応用した新しいフォトニクス産業の萌芽にある。そして究極には、人類最大の課題であるエネルギー問題解決への、太陽光エネルギー変換材料開発からの貢献をめざす。
文献 [2] Ken-ichi SHINOHARA, Shingo YAMAGUCHI, and Tetsuichi WAZAWA, "First Observation of Spectral Fluctuation in a Single Molecule of a Rigid-Rod π-Conjugated Polymer", Polymer 42, 7915-7918 (2001). Article in PDF format (104 KB) [3] Ken-ichi SHINOHARA, Gen KATO, Hiroshi MINAMI, and Hideo HIGUCHI, "Single Molecule of a π-Conjugated Polyner Slowly Twinkles in Solution at room temperature", Polymer 42, 8483-8487 (2001). Article in PDF format (176 KB) [4] 篠原 健一, "ポリマー1分子の直視:単一分子機能材料を指向した共役高分子主鎖1本の光機能イメージング", 高分子加工 48 (10) 440-442 (1999).
走査トンネル顕微鏡 (STM)によるポリマー1分子のヘリックス構造のイメージング ・π共役高分子鎖のキラルな四次構造形成の発見 [1,2] [J. Am. Chem. Soc. 123, 3619-3620 (2001); Editors’ Choice, Science 292, 15 (2001). / 高分子学会依頼発表, 記者会見選定発表(高分子学会推薦), 新聞1紙報道]
図 1. キラルらせんπ共役高分子 (-)-Poly(MtOCAPA)の合成. ポリマーの円偏光二色性 (CD) および紫外可視吸光 (UV-vis.) スペクトルの分析結果,キラリティーは側鎖のみならず,主鎖にも存在することが分かった.このことは,側鎖の光学活性な置換基の存在によって,重合反応の際に,主鎖に不斉が誘起されたことを示している.つまり,このCDスペクトルは,ポリマー主鎖が片方向巻きのヘリックスとしての二次構造を形成していることを示していることに他ならない.また,このCDシグナルの強度は試料温度が低下するに従って増大し,可逆的な現象であったことから,このヘリックスは柔軟であることが示唆された. 図 2にグラファイト (高配向焼結グラファイト, HOPG) 基板上,室温下,大気中で捉えたポリマーの低電流STMの像を示す.バイアス電圧 (Vs) は20.0 mV,トンネル電流値 (It) を30.5 pAに保ち,探針を3.05 Hzで走査した.ポリマー鎖2本が絡み合っている様子を観察出来,さらに右巻きのヘリックスが確認できた.このヘリックスを巻いている鎖1本の幅は0.9 nmであり,このサイズは分子力場 (MM) 計算で最適化して得られた重合体(20量体)のポリフェニルアセチレンの主鎖骨格の幅に一致した.このことから,得られたSTM像はポリマー主鎖のπ電子軌道であることが支持され,さらにCDスペクトルで確認された二次構造らせんが更に右巻きらせんを巻いたスーパーヘリックスの三次構造であることが明らかになった.そして,その断面の解析の結果,このスーパーヘリックスのピッチは2 nmであることが分かった.これは分子モデルの幅 (2.4 nm)に一致することから,最密構造のスーパーヘリックスであることを示している.また,スーパーヘリックスの幅は2 nmであり,巻き方向は右巻きであること,そして10 nm以上の範囲に渡って厳密に三次構造が制御されていることまでもが明らかになった.
図 2. ポリマー2本鎖がつくる右巻き二重らせん構造のSTM像. Bar: 5.0 nm. さらに,高分子鎖が二本,このホームページの冒頭に示すSTM像[図(上)]とそのモデル[図(下)]の様に,右巻きに互いに絡み合って二重らせん構造を形成している様子が観測できた.これによって,更に上のキラルな階層構造である,四次構造の実在を明らかにすることが出来た.またこれは,探針で連続して走査する度に形状を変化させることができる程,柔らかいπ電子共役構造体であることも確認された. 本研究により,合成高分子の一次から四次構造までのキラルな階層構造の存在が明らかにされた.この特異的なπ電子系構造の新規な電子的および光機能の発現が期待される.
文献
[2] "Editors' Choice", Science 292, 15 (2001). Article in JPEG format (188 KB)
Functional Single-Molecules Materials *上記をクリックすると、新聞記事が閲覧できます。
たった一つの分子の機能を追う
「分子は有用な機能を発現する最小の素子(Molecular Device)である」[1]として、これを実現しようとする機運がみられてから既に20年近く(1981年これに関する初のワークショップ開催)が経過した。確かに、数ナノメートルの分子一つ、一つの機能を捉えてこれを工学的に応用することができれば、それはまさに究極の機能材料として、この社会を大きく変える可能性がある。しかしながら、これまでは単一分子の機能を評価する手段に制限があり、これに関する研究は荒唐無稽で非現実的とされてきた。ところが近年、走査トンネル顕微鏡 (STM)に代表される走査プローブ顕微鏡 (SPM)や近接場顕微鏡 (SNOM)などの微小領域を高分解能で観察する技術の進歩が著しく、上述の研究に現実味が帯びてきた。
「単一分子機能材料」に関する研究を現在私は進めている。特に発光機能や導電機能などπ共役系高分子に観測される優れた機能や、キラル分子の不斉構造変化と光学異性体識別能の制御機能などを単一分子で捉え、単一分子で応用そして実用することを目指している。即ち、蛍光高分子1本鎖による多色発光素子や記録素子、キラル識別機能単一分子によるキラルセンサー等が考えられ、これらはいずれも究極の夢の機能材料である。
現在の科学技術のレベルでは、この「単一分子機能材料」の応用、そして実用への道は未だ険しいが、試行錯誤をしながら新たな研究の道を切り開いて行く所存である。そして、この過程で得られた研究成果を積極的に社会へ還元しながら、いつの日かこの最終目的を達成させる決意である。
高分子には低分子にない多くの機能が発現する。そのため、現在この世の中でポリマーは様々なかたちで実用に供されている。ところが、高分子は非常に大きな分子であるために、例えばポリマー鎖のたった1本を考えてみても、その内部では様々な立体構造を形成している。この構造の多様性によって、これらの構造に基づく多くの優れた機能が発現するものと私は考えている。しかしながら、機能発現のメカニズムを分子レベルで解明しようとする際に、従来の手法に基づく研究では、膨大な数の分子からの平均化された情報を取り扱わざるを得ない諸々の事情から、この高分子構造の多様性が逆に仇となり、結果の解釈に複雑さを極めてこれまで分子レベルで明確な議論が出来ないでいた。つまり高分子という物質は複雑系なのである。そこで、たった一つの高分子の機能を研究対象とすること(単一分子機能材料科学)が可能になれば、これらの問題の殆どは解決出来るはずと期待される。
単一分子エレクトロニクス材料の将来の実用として、例えば導電高分子1本鎖の配線 (Molecular Wire, 太さ〜1 nm)による回路の超高度集積化が挙げられる。これが達成されることになれば、現行回路と比較して集積度を約1万倍上げることが可能になり、現在の半導体工学の限界の壁を打ち破ることが出来るであろう。さらに、分子だけが構成する回路 (Molecular Circuit)や、これによる分子計算機 (Molecular Computer)の出現も予想される。
単一分子情報処理デバイスとは、有機材料の特有の「個性」である「やわらかい」構造に着目してこれを最大限に生かした、これまでに無い全く新しい概念に基づくデバイス(装置)のことである。既存の「0, 1」で表現されるデジタル情報処理体系は、デバイス素材に用いられるシリコン半導体が有するエネルギー準位が、これに適していたことにより構築された。これはシリコン半導体がハードマテリアルで変化しにくい構造体であるために、非常に安定したエネルギー準位が形成されていることによる。この特性を利用して、「基底 - 励起」=「0 - 1」の情報表現を成しているのである。
この研究は黎明を迎えたばかりであり、現在の科学技術のレベルでは、この「単一分子機能材料《量子機能材料》」の応用、そして実用への道は未だ険しいと思われる。現在、この分野の研究の進展を見るまでに、この先20年以上は必要であるという見解が大勢である。だからこそ、これは正に若い今から取り組むべき研究課題であると私は考えている。そして『自らが「不可能を可能にする」「世の中を変える」ことができる!』という極めて大きな魅力を感じながら、日々この研究に取り組んでいる。
文献
[2] 篠原 健一, "単一分子機能材料", 分子科学研究所 特別シンポジウム, 岡崎 (1998).
[3] 篠原 健一, "ポリマー1分子の直視", 大阪大学 産業科学研究所 国際シンポジウム サテライトミーティング, 大阪 (1999).
科学、人類の幸福のために。
An Example of My Research Work 米国科学誌 Science (AAAS刊) 掲載 Impact Factor = 29.162 (this data from Thomson ISI in 2003)
*記事をご覧になれますので、上図をクリックをして下さい。
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Sum of the Times Cited = 683
[1st] Chiral Helical Conformation of the Polyphenylacetylene having Optically-Ative Bulky Substituent
[2nd] Enantioselective Permeation of Various Racemates through an Optically Active Poly{1-[dimethyl(10-pinanyl)silyl]-1-propyne} Membrane
[3rd] Direct Measurement of the Chiral Quaternary Structure in a pi-Conjugated Polymer at Room Temperature
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