下田教授の研究グループ、世界で初めて液体シリコンを用いた塗布プロセスにより高性能の太陽電池の作製に成功


 本学(JAIST、学長・片山 卓也、石川県能美市)マテリアルサイエンス研究科の下田 達也 教授らの研究グループは、科学技術振興機構(JST、理事長・北澤 宏一)の課題解決型基礎研究(戦略的創造研究推進事業ERATO型研究)の一環として、液体シリコン材料の基礎物性の解明とその制御技術の研究に取り組んできましたが、その研究成果として、この度、液体シリコンから優れた半導体特性を有するアモルファス(非晶質)・シリコン薄膜の作製に世界で初めて成功しました。さらに、それを用いて、画期的な塗布プロセスにより、p-i-n型(注1)のアモルファス・シリコン薄膜太陽電池の試作を行い、高い性能を確認しました。これまで「液体からのアモルファス・シリコン太陽電池製造」は画期的な低コスト製造法として挙げられていましたが夢に過ぎませんでした。今回、研究グループでは、液体シリコンの溶質にあたるポリジヒドロシラン(ポリシラン)(注2)という中間体を徹底的に研究し、使いこなすことで、この可能性を世界で初めて示しました。

 今後、シリコン薄膜のさらなる高品質化、液体シリコン(Siインク)の低コスト化などの実用化のために企業との共同研究を実施し現在の商用電力と同等のコストを可能にするコストパフォーマンスの高いシリコン太陽電池の製品化を目指していきます。

 

1. 研究の背景

 低炭素社会実現へ向けた「グリーン・イノベーション」創出の担い手の1つとして、太陽電池の開発が進められています。世界で生産・販売されている太陽電池の90%程度は結晶シリコン(単結晶や多結晶)太陽電池ですが、近年は化学気相成長(CVD)法などによりSi系ガスから製膜した薄膜Si太陽電池や、化合物半導体を用いた薄膜太陽電池の量産も推進され始めていますが、現在の家庭用電気料金(17~23円/kWh)と比較すると高コスト(49円kWh、資源エネルギー庁「平成21年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2010)」)になっているという大きな課題があります。太陽電池が商用電力並みのコスト(LNG火力発電7~8円kWh)を達成できれば、地球温暖化防止やエネルギー問題の解決に貢献できます。
 シリコンは、材料として結晶質の固体材料、薄膜形成用に気体(ガス)材料が利用されていますが、材料ごとに固有のプロセスとデバイスが開発され、種々の製品の製造につながり、その科学技術は広大な学問分野を構成しています。このように研究が広範に行われているSiですが、その限界も明確になってきています。中でも重要なことは、材料の利用効率向上や製造プロセスと設備・装置の簡略化ですが、Siの固体やガス材料を使う限り、現状を抜本的に変えるような効率の向上は極めて難しい状況にあります。太陽電池の性能(コストパフォーマンス)の大幅な向上には、既存技術の延長上にはない画期的な技術が必要でした。

 

2.研究の成果

 本研究グループでは、シリコン(Si)の第3の形態である「液体」に着目し、液体シリコン材料(以下、液体Si)から半導体や太陽電池を作製する研究に取り組んできました。本研究グループのメンバーである、JAISTの下田 達也 教授、JSR株式会社の松木 安生 主任研究員らは、すでに液体Siから優れたポリSi薄膜トランジスタができることを2006年に発表しています。本研究グループで行ってきた研究はその後継研究に当たります。今回の研究成果は、その後の液体Si研究を集大成したものであり、以下に研究成果の概要を述べます。

 

 1)Siインクの開発

 液体Siの出発原料であるシクロペンタシラン(CPS)(注3)の重合過程を実験と理論面から詳しく研究し、CPSの重合体であるポリシランの分子量分布、その液体中での形態、経時変化等を正確に把握しました。また、ポリシランを溶かす適切な溶媒も発見し、塗布プロセスに安心して用いることができる液体Si、すなわち「Siインク」の開発に成功しました。

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図1. 3種類のSiインク。ボロンをドープしたp型のSiインク(左)、

i型(真性) Siインク(中央)、リンをドープしたn型Siインク(右)

 

 2)ポリシラン膜の塗布技術の確立 

 液体Siから制御性良くポリシラン膜を基板上に形成することは、これまで非常に困難でした。本研究グループでは、塗布プロセスの基本に立ち返り、分子間力の基本パラメータであるハマカー定数(Hamaker Constant)(注4)を算出して、制御性の良いポリシラン膜の形成技術を確立しました。これによって、欠陥のない均一なポリシラン膜が基板上に形成でき、膜厚も制御できるようになりました。

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図2. 液体シリコンから作成したアモルファス・シリコン薄膜

 

 3)優れた半導体特性のアモルファスSi薄膜の開発

 ポリシラン膜は加熱すると脱水素で固体のSiになります。その際に、ポリシラン中のSi原子は4本の結合手を一旦切り離して、再度Si原子同士で結合します。これは未結合手(ダングリングボンド:dangling bond)(注5)を生み出す過程であり、従来はポリシランから良質のアモルファスSi薄膜は作製できないとされていました。本研究グループでは、分子量、液体状態、塗布プロセス、焼成条件を詳細に見直し、ダングリングボンドの低減(1×1016/cm3)に成功し、Siインクから優れた半導体特性を有するアモルファスSi薄膜を作製することに成功しました。

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図3. 液体シリコンから作製したアモルファス・シリコン薄膜の半導体特性改善の経緯半導体特性の指標として光伝導度を縦軸にとってある。光伝導度の改善は、欠陥の低下と移動度の上昇を

示している。

 

 4)塗布プロセスで高効率の薄膜太陽電池を開発

 p-i-n型の薄膜太陽電池の試作を行いました。pおよびn膜に関しては、ボロンとリンを液体ドープした材料を開発し、それを焼成して得たドープドアモルファスSi薄膜が十分な電気的活性を示すことを確認しました。p-i-n型の界面形成に対しては、薄膜を形成する温度(約400℃)で、ボロンとリンが真性Si層に拡散せずに界面が形成できる条件を見いだし、良質なp-i-n型の界面形成に成功しました。このような技術をベースにして薄膜太陽電池を試作して、高効率を達成しました。プラズマ誘起CVD(PE-CVD)法で作製した太陽電池と比較すると、真性Si薄膜のみを液体プロセスで形成したセルでは現状のPE-CVDセルで70%の効率、p-i-n三層を液体プロセスで形成したセルでは20%の効率を得ています。

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図4.  試作した太陽電池セルの構造。


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(b)  *膜厚換算 は膜厚3倍で効率2倍として行った。

図5. (a) 試作した太陽電池の電流電圧特性

(b) 効率の実測値、膜厚換算した効率、そしてCVDセルとの比較した達成度

 

3.今後の展開

 本研究成果によって、液体Si材料から優れた薄膜Si太陽電池が作製できることが明らかになりました。今後は、Si薄膜のさらなる高品質化、セルの作製技術の向上、最適セル構造の開発などを行って高効率化を達成し、それとともに、塗布・焼成プロセスの技術確立、Siインクの低コスト化などにより、総合的な低コスト化を実現する計画です。それによって現在の商用電力と同等のコストを可能にするコストパフォーマンスの高いSi太陽電池が可能になると期待されます。

 さらに、本研究の成果はいままで真空・気相プロセスによってSi薄膜を作製していた分野、例えば液晶ディスプレイ用のアモルファスTFT(薄膜トランジスタ)の製造等においても、材料使用効率の向上、製造時間の短縮化、製造装置の簡略・小型化、Si材料の保管・輸送の簡略化、などによって製造ならびに工場建設全体に大きな改善効果をもたらすものと期待されます。

 本研究は、本学、JSR株式会社との共同研究です。また、株式会社東芝に協力を得ました。太陽電池セル作製に関しては、国内の大手太陽電池メーカに協力を得ました。

 今後、本研究は、本学とJSR株式会社、そして国内の大手太陽電池メーカを加えた研究グループが中心となって実用化のための研究を行い、当初の性能を達成して製品化を目指していきます。

 

 ⇒下田教授の略歴(PDF:119KB)

 

【専門用語解説】

(注1)p-i-n型

 現在、アモルファス太陽電池で採用されている3層の半導体を接合した構造である。ここで、p層、n層は不純物元素をドープした層でそれぞれp型とn型半導体であり、i層は不純物を含まない純粋なintrinsic(真性)半導体である。このp-i-n型は通常のpn接合での境界の空間電荷領域(空乏層)が層全体にわたっているような構造をとっている。ドープ層はこのi層に内蔵電界(内蔵電位、built-inポテンシャル)を形成する役目を果たしi層を空乏層化して高電界をかけ、この電界により光生成キャリアを電極へ輸送する。

 

(注2)ポリジヒドロシラン(ポリシラン) 20110208_shimoda/zu8.jpg

 SiH2が鎖状に結合した高分子。各々のSi原子は、隣同士のSiと2つの水素と結合している。鎖状に結合した状態が基本であるが、ところどころにSiが分岐した構造を持つことが示唆されている。

 

(注3)シクロペンタシラン(CPS)  20110208_shimoda/zu9.jpg

 化学式はSi5H10の分子。Siの5員環の骨格を持ち、各々のSiに水素が2つ結合している。常温常圧では無色透明な低粘度の液体で、沸点は194.3℃である。極めて酸化されやすく、低酸素の雰囲気で取り扱う必要がある。

 

(注4)ハマカー定数(Hamaker Constant)

 オランダの物理学者H.C. Hamaker(ハマカー)にちなむ定数で、ファンデルワース力の大きさを与える物質固有の定数である。ファンデルワース力は、付着や液体の表面張力などに関わる力として知られているが、物質が存在するところには常に存在する普遍的な力(すなわち相互作用エネルギー)であり、物質のあらゆる現象に関与する。ファンデルワースエネルギー(EvdW )は、原子間ではその距離rの6乗(力の場合は7乗)に反比例する。しかし、原子が集まって大きさを持つと、加算性があるために物質間の相互作用エネルギーは距離の6乗よりも小さな数に逆比例するようになる。例えば、平行な平板間では2乗に逆比例し(式1)、球の間では1乗に逆比例する(式2)。このように、ファンデルワースエネルギーと距離との関係は巨視的な物質においては、その大きさや配置によって異なった式になるが、そこに現れる定数Aは一定であり、ハマカー定数(Hamaker Constant)と呼ばれ、物質固有の値を持つ。

20110208_shimoda/zu10.jpg(式1)

20110208_shimoda/zu11.jpg(式2: R1とR2は球の半径、Dは球の表面間の距離)

 

(注5)未結合手(ダングリングボンド:dangling bond)

 原子における未結合手のこと。結晶に於いて、結晶の表面や欠陥付近では原子は共有結合の相手を失って、結合に関与しない電子(不対電子)で占められた結合手が存在する。この手をダングリングボンドと呼ぶ。ダングリングボンド上の電子は不安定なため化学的に活性となり、特に結晶表面の物性には重要な役割を果たす。

 

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