ミーティングにおける沈黙と笑いの機能についての対話分析

 

950047 島田浩樹

950050 高木恵太

 

 

 

1章 序論                   島田浩樹

 

1. 概要

1990年代に入り、企業の持続的競争優位の源泉としての、知識についての関心が高まっている。そしてここ数年、どのように知識が創造されるかというプロセスに、注目が集まるようになっている。その知識が創造されるプロセスでは、人と人との対話が重視される。具体的には、ミーティングのような複数人による会話などが考えられる。しかし、どのようなミーティングが、知識を創造しやすいのかは、実証的に明らかになっていない点が多い。そこで我々は、探索的調査を行うためにあるミーティングを録音した。そしてその録音されたミーティングの中に、笑いと沈黙が頻繁に現れることに我々は注目し、笑いと沈黙がミーティングにおいて何かしらの役割、機能があると考えた。そしてそれらを明らかにするために笑いと沈黙の数量化を行った。さらに数量化した笑いと沈黙に統計的処理を加えた結果、笑いと沈黙に周期性があることを見つけ、なぜその周期性が起こるかについての原因を探り、第4章にて仮説を立てることを試みた。

 

.はじめに

 企業が所有する最も価値ある資産は、知識であるとの認識が学界、実業界を問わず広がっている。そのため企業の持続的競争優位の源泉としての知識創造について関心が高まっている。さらに組織において知識が、どのように創造されるかを明らかにするために、ここ数年で知識を創造するプロセスに注目が集まるようになってきた。野中の組織的知識創造理論(1995)によれば、知識の創造が起こるプロセスには、共同化、表出化、連結化、内面化の四つのモードがあり、それら四つのスパイラルで知識創造が持続的に起こるとされる。

この野中の組織的知識創造理論では、共同化が組織的知識創造の発端として位置づけられている。共同化とは、グループレベルでの濃密な対話を通じてグループのメンバーが持っている知識を共有し、知識を創発する過程をいう。また共同化は、知識を“組織的”に創造する上で重要な役割を果たす。多くの日本の企業では、その重要性を強く認識している。そしてブレーンストーミング、ワイガヤ[1]等のミーティング手法を用いて従業員間の知識の共有、創発を積極的に行ってきた。最近では、共同化を『場[2]』と呼ばれる概念から新しく捉えようとする動きがある。 

このように、知識の共有、創発についての関心は、ますます高まっている。しかしこれらが具体的に現れると考えられるミーティングにおいて、どのようなミーティングが知識の共有、創発を促進するかについての研究は少ない。我々は、それらの問題意識に立脚した上で、あるミーティングの探索的調査を行った。調査は、あるグループのミーティングの様子をVTRおよびDATで録音・録画したことによる。

ここで本稿の調査対象となっているミーティングは、知識科学研究科の講義科目のひとつである、知識社会論のグループワークである。知識社会論では、受講する学生をいくつかのグループに分け、分けられた各グループワークに対してビジネスプランの作成を課し、そのビジネスプランの優劣を競わせるという形で授業が行われる。この調査の対象となったミーティングは、ビジネスプランの発表前日に行われたものであり、ミーティングで話し合われる内容は、主にビジネスプランの最終的なまとめ、ビジネスプランを発表するプレゼンテーションの打ち合わせなどが中心である。

 ミーティングはあらゆる人に必要である。そしてしっかりとしたミーティングを運営するためには、ミーティングの運営の設計案を構築し、それに関心のあるメンバーを集め、終了時間を守るといった基本規則を前もって決めて、承認しなければならない。

ここで行われたミーティングは、あまり形式的なものではないため、ミーティングに参加しているメンバーに対する発言の制約度は薄い。しかし、ミーティングを運営の基本原則である、上で述べた点については、充分に注意しながらミーティングを進めた。ミーティングの運営目的は、すでに述べたとおり、ビジネスプランの最終的なまとめと、プレゼンテーションの打ち合わせである。メンバーは授業を履修しているメンバーであるので、当然自分たちの成績に関わるこのプレゼンテーションには関心を持っている。そして、時間は2時間と決めていた。

このような条件下で記録したミーティングを振り返ってみると、形式的なミーティングではみられない笑いと沈黙が多く見られた。ゆえに本分析ではミーティングにおいて笑いと沈黙が何らかの機能、役割といったものがあるのではないかという疑問を持つようになった。そこで、さらに笑いと沈黙に焦点を当てて、分析をした結果、ミーティング中の会話の中で、笑いと沈黙がある一定の頻度で、交互に現れるという、相関関係があると考えるに至った。その理由は、笑い、沈黙ともに、会話本体の中ではアクセント的な役割を担っており、会話全体で、ある一定の弛緩が必要な場合に生じるからである。長い時間会話があると、全体の流れが非常に緊張した感じとなり、人間が精神的に適度な開放感を求めると推測される。

本稿は、第2章で笑いについて、第3章では沈黙について述べている。そして、第4章では笑いと沈黙の相関関係を記した。なお、序論および、笑いに関する文献調査、分析、考察は島田が、沈黙および、結語は高木が担当し、笑いと沈黙の相関関係は両者が担当した。


2章 笑い                  島田浩樹

 

 

1.先行研究

笑いは、ギリシャ時代にプラトンが笑いについての考察を始めて以来、多くの哲学者、心理学者等によって議論されてきた。笑いについての研究はおもに二つの流れに分けることができる。一つは、なぜ人間は笑うのかということをひたすら探求する流れである。古代ギリシャでは、プラトン、アリストテレスを中心にしておもに笑いの悪性について論じられ、17世紀ホッブズの頃になると、笑いの原因についての考察が見られ[3]、さらに1920世紀に入ると、笑いの原因を社会という枠組みから考えられるようになった[4]。そしてここ数十年では、笑いを統一的に把握しようと試みられた。モリエール(1983)によると、笑いには伝統的に優越の理論、ズレの理論、放出の理論があり、それらを『愉快な心理的転位』という概念から統一的に把握できるとした。さらに笑いの現象そのものをコンピューター工学の知識を利用して、顔の筋肉の動きを数量化し統一的に把握しようとする動きも見られる。[5]しかし現在に至るまで笑いとは何かという本質的な問いに対して明確な答えを出していない。

 

 もう一つの流れは、笑いの本質が何であるかを解明することに主眼を置くよりも笑いの果たす機能、効能といった実利的側面から笑いにアプローチしようとする流れである。医学の分野では、1960年代に笑いが膠原病に対して、好影響を与えるということが、紹介されて以来[6]、がん、心筋梗塞、膠原病等にも好影響を及ぼしていることが報告されている。教育の分野においては、笑いの一つの形態と考えられているユーモアをより多く用いる人と創造的思考の間には正の相関関係があり、それは統計的に有意であるとの研究結果がある[7]。さらにビジネスの分野でも笑いが従業員のパフォーマンスに好影響を与えているとの報告もある[8]

そのような笑いの研究に関する様々な動きの中で、人と人との対話のなかで笑いがどのような影響を対話に果たしているかについての研究が関心をもたれ始めている。笑いは、人間関係を円滑なものにし、より良い信頼関係を築く上で不可欠なものであるとの認識は、多くの笑いについての研究をする者が共有するものである。一見笑いとは無関係と思える厳しいビジネスの分野においても笑いの重要性に変わりはない。近年企業の間で、持続的な競争優位の源泉は、組織的な知識創造にあるとの認識が広まっている。その組織的な知識創造のプロセスにおいては、メンバー間同士の濃密な対話が重要な役割を果たすと考えられている。例を挙げると、ディスカッションなどが活発に行われるミーティング、会議等が考えられる。それらのミーティングや会議等、複数人が集まって行われる対話において、ディスカッションを活発、有益なものにするための前提条件としてメンバー間の信頼関係の構築は欠かせない。もしミーティングや会議に参加するメンバーのお互いの強い信頼関係がなければ、お互いに率直な意見を交わすことができずミーティングや会議の生産も低調なものとなるだろう。笑いは、ディスカッションにおいて重要だと考えられる信頼関係を構築するために重要な役割を果たすと考えられる。

 そこで、録音されたミーティングのテープをもとに笑いと信頼関係の構築の関連性を明らかにすることを試みる。さらに笑いが会話の促進を促すかどうかについても検討する。

 

2.手法

笑いの数をカウントする際、唯一かつもっとも困難な問題となったのは、どのような動作を笑いと判定するかである。笑いは、喜、怒、哀、楽、全てにおいて表出する現象であり、それこそ無限といってもよいほどの形態を見せるため、笑いの判定基準を作ることは非常に困難である。今回の研究においては、録音されたテープから笑いの数をカウントしようとする制約上、笑いを判定する基準は、全て音声の次元から規定することにした。その基準とは、「は、は、は」、「ひ、ひ、ひ」、「ふ,ふ、ふ」等、音声の次元において「Xn、Xn、Xn・・・・・」と形式的に表現できるものである。その特徴は、音の次元では、音と音とが分節していてかつ反復構造を持っており、意味の次元では、発声された音自体に全く意味をなさないものである。この基準を作ることに関しては、神奈川大学人文学研究所偏『笑いのコスモロジー』のなかにある 小馬徹「笑い殺す神の論理」の論文からの知見を全面的に採用した。

さらに笑いが会話の促進機能かあるかどうか検証する際に、1013秒から20分までのサンプルを使い、笑いが起こる前後の言葉の語数を、音節単位で数える作業を行った。

 

3.分析、考察

前述した基準に従って、笑いの数をカウントした。笑いの数は、10分から20分の録音テープで24あった。それから時間を1分ごとの間隔の階級に区切り、それぞれの階級にあてはまるサンプルを数え、図表21のように度数分布グラフにして表示した。

 

 

 

 

 

このグラフから見て読み取れることは、こののサンプルでの最初の時間帯に笑いが頻繁に起き、しばらくすると笑いが急激に低下し、またミーティングの半ばに笑いが頻繁に起きそれから終了に向けて、急激に減少することである。

この現象から考えられる仮説としては、ミーティングが始まった時間帯は、まだメンバー間の緊張関係が強く、その緊張関係をほぐすために笑いが多用されているということである。

さらにこの仮説を確かめるために録音テープ全体について調べてみる。このテープ全体で笑いが起こった回数は、全部で210回である。それらを、今度は10分の階級幅を設定して度数の分布をグラフで見る。

 

 

 

 

この上の全体の度数分布を見ると、ミーティングの最初の時間帯では、先ほどのサンプルの分布と同様笑いが頻繁に発生しており、メンバー間の緊張を解きほぐそうとすることが読み取れる。ゆえに先ほど立てた仮説はある程度実証できたといえる。しかしここで二つの問題点が浮かび上がる。一つは、サンプル分布も全体の分布も始めの時間帯に笑いが頻発した後で、一時笑いの頻度が激減し、中盤以降から笑いの頻度が増えること、二つ目は、サンプルの分布と全体の分布の外観をながめると、自己相似的な分布になっていることである。第一の問題点は、第四章の笑いと沈黙の比較とで明らかにし、ここでは第二の問題点だけ考察する。

 それでは、なぜ自己相似のような分布が現れてきたのだろうか。まず、笑いの発生する性質が考えられる。あるメンバーが一旦笑いを生むような言動すると、その言動に刺激されて、他のメンバーも次々と笑いを呼ぶような言動をとることで、笑いの頻度の集中化が起こり、それらが全くランダムで起こると、結果的に自己相似的な分布になるのではないかということである。もう一つ考えられる理由としては、ミーティングのあるゆる時間帯でその瞬間話題になっていることに関して、我々は、ほぼ同様の行動をとり、それらが一種の階層構造になっているのではないかということである。つまり、ミーティング全体の話題に関する我々の反応、そのミーティングのある部分に対する我々の反応、そのある部分の一部分における我々の反応という風にして、階層構造をなし、それらの反応が自己相似の全体像を形成しているということである。ミーティングというものは、そのミーティングの議題になっていることだけを話しているのではなく、その議題に関する細かなことも同時に話すことを考えれば、ミーティングが一つの階層構造になっているということは不自然ではない。以上の理由からサンプルと全体の分布が自己相似的な形で現れると考える。

次に笑いが会話の促進を図る機能を検証する。もし笑いがなんらか会話を促進する機能があるならば、笑いが起こる前にしゃべった語数に比べて、その後にしゃべったこと語数の方が多いことが考えられる。ゆえに、笑いの直後の語数が直前の語数より多いという仮説を立てて、その仮説を検証する。

ここで用いるサンプルは、会話がもっとも弾んだと思われる1013秒から2000秒である。そのサンプルから22回の笑いの前後の語数を取り出し、それらを平均してみると、

 

笑いの直前の語数平均 15.72727

笑いの直後の語数平均 8.590909

 

となり、仮説が求める結果と全く逆になる。この平均の差は統計的に有意であるとの結果が出ている。

次に、分析の範囲を広げて、笑いの起こった前後の語数だけでなく、それらが次の沈黙または笑いが起こるまでの語数も数えることにして分析を試みた。ただし直前は逆算して数えた。以下、上と同じようにすると、

 

笑いの直前の語数平均 36.4545

笑いの直後の語数平均 32.4545

 

この場合においても笑いの直前の語数の方が直後の語数より多い。ただしこの差は統計的に有意ではなかった。

さらにこの仮説を検証するために別の方法を用いた。それは、笑いの前後においてどれだけの会話のやりとりがあったかということである。例えばある人が何か発言をすればやりとりが一回、続いて誰かが発言をすればやりとりは二回これを次の沈黙または笑いが起こるまで数える。直前に関しては直前の語数の平均と同様逆算して数える。そしてそれぞれの笑いについてその作業を行い、平均してみると、

 

直前のやりとりの平均 3.318182

直後のやりとりの平均 2.772727

 

となり、やはり仮説を支持できない。

 最後に、そのやりとりが果たしてどれくらいの時間間隔で現れるのかということを考えた。もし短い時間であるやりとりから次のやりとりに移れば、会話がいくらか促進されたと考えることができる。この仮説を測定するために、笑いが起こった時間から次の笑いまたは沈黙が起こった間の時間を求め、その間に交わされた会話のやりとりの数を割り、その出た値を全て足して平均を求めた。そして、

 

直前の一やりとり当たりの秒数平均 3.286364

直後の一やりとり当たりの秒数平均 3.172727

 

以上の結果のようになり、直後の数値に若干前向きなものが見うけられるが統計的には有意とは言えず、結局仮説を検証することはできなかった。

以上の分析の結果をまとめると、笑いの直前と直後は、直後よりは、直前のほうが会話を多く発している傾向がみられる。特に、笑いの直前直後に発せられた語数に関して言えば、直前の方が直後に比べて語数が多く統計的にも有意である。その理由として考えられるのは、直前は、笑いを誘うとする意図から言葉数が多くなり、一方直後の方は、その笑いを誘う言動に単純に反応するだけで、それ以上なにか言おうとする傾向が少ないのではないかと考えられる。さらに今回の結果からは、笑いが会話に好影響を及ぼすという決定的証拠を得られなかった。むしろ笑いの機能としては、ミーティングをよりよくするための環境を提供する役割(緊張関係の緩和など)が大きいのではないかと思う。

 

4.インプリケーション

今回の研究では、笑いは、意味をなさない音の断続的発生が現れたとき一律に笑いであると判定した。しかし、笑いには多種多様な種類があるのが実態である。その笑いの様々な形態を区別するために科学的な方法を用いて分類することも試みられている。もしその試みがうまくいけば、そこで得られた分類基準をもとにして、どのような笑いのときに会話の活性化が図られ、またはその逆があるのか、会議の種類によって笑いにも違いが出てくるのかなどといったことに新たな研究の進展が期待できる。

さらに今回の研究では笑いが会話促進に繋がる決定的な証拠を得られなかったが、もしサンプルを増やせば、違った結果を得られることも考えられる。

最後にこの論文で少し紹介した『場』についても新たな研究の糸口を提供できるかもしれない。『場』の理論の趣旨は、人間が、誰かとコミュニケーションを行うとき、最も理想的な心理状態であると暗黙に仮定したうえで、その理論化を図ろうとしている。しかし物理学における場の理論とは違い、観察対象となるものが物理現象ではなく、人間の心理現象なため客観的な因果関係の記述が困難である。笑いは、その困難な理論化を行う可能性を秘めている。具体的には、笑いは、場の定義にあるメンバー間で共有する一貫した関係性というものを、現象的に裏付けているものである。もしある会議のメンバー間において過去における一貫した関係性、文脈といったものを共有していなければ、笑いという現象が起こることは考えにくい。ゆえに笑いを『場』という現象が起こっている指標として使うことで、新たな場の理論化の試みは十分に期待できる。

 

 

 

 

 

第3章         沈黙 

 

1.概要

 ミーティングをしている時、何もしゃべらないで黙っている人を良く見かける。小学校や中学校といった、若いときから話し合いをするときに、静かにしている人がいる。こういった話し合いの場での沈黙は、いささか消極的であると感じられるではないだろうか。われわれは日常生活の中で、会話は絶対不可欠な要素である。

 広辞苑第五版によると、沈黙は@だまって、口をきかないこと。A活動せずに静かにしていること。とある。広辞苑の定義からも、沈黙からはマイナスのイメージを感じる。

 人は、対人的コミュニケーション[9] を成立される上で、かつ自分の意見や気持ちを相手に伝える手段として「話す」行為が行われるが、それ以外でも相手に考えを伝えることができる。それは、非言語コミュニケーションである。非言語コミュニケーションは、意識化される程度が低いので、感情の伝達に適していて、言語的コミュニケーションを補う機能を持っている(Argyle,1972)。つまり、我々は沈黙といわれる音声がない部分で行われている動作、すなわち非言語コミュニケーションを分析することによって、相手からの情報をある程度得ることが出来るのである。

 メラービアン(Mehrabian,1968)は、メッセージの全体の印象について次のような公式を示している。

 

メッセージ全体の印象=0.07(言語内容)+0.38(音声)+0.55(表情)

 

この式では、対面コミュニケーションにおいては、音声や表情つまり非言語コミュニケーションが重要であるということを表現している(第4章)。

 西洋のことわざに、「沈黙は金、雄弁は銀」[10]というのがある。このことわざは、沈黙のほうがよいと言っている。岩波哲学・思想辞典によると、沈黙とはたんなる言語の欠如態ではなく、言語を超えた根源相に感応する積極的能作である。と書かれている。さらにハイデガーによれば、沈黙は語りの一存在様式として、「ある事柄について他者に向かって明確に自己を表明すること」と述べている。メルロ=ポンティにあっては、「哲学は沈黙と言葉との相互転換である」と述べている。さらに、言葉それ自体には、コミュニケーション内容の全容や真実は搭載せずに、言外の身体的な表現、まなざし、いいよどみ、そして沈黙に重要な情報をのせることもある。

 以上のことから、沈黙は一見、消極的な行動のように思えるが、沈黙の間に行われる非言語的コミュニケーションが行われている限り、消極的ではないということが言える。では、沈黙の状態の時に、人は何をしているのだろうか。いくつか羅列してみることにする。

 

人の話を聞いている。

同じ案件について考えている。

別のことを考えている。

何も考えていない。

 

 人は、コミュニケーションを行っているとき、聞く→考える→話すといった一連の流れを組むので、沈黙の時に人間は、当然上記のような行動を行うことが推測される。考えているときには、人は自分の意見を整理して知識創造を行っている。そして表出化された知識を、言語的コミュニケーションを利用して、話すのである。その結果、我々はことわざにあるように、沈黙には説得力があると考える。また、本分析では、個人による沈黙の効果の他に、ミーティング全体でみた沈黙の効果について調べることにした。

 我々は、ミーティング全体における沈黙の効果とは、「場全体のリズムを整う機能を持ち、同時に知識創造を行うための重要なプロセスである」という仮説を構築した。さらに、「沈黙後の会話の文字数は少なく」そして、「沈黙間の会話数も少ない」と考えた。ここで、一つの問題が生じた。沈黙の定義をどのように行うか。そして、無音の状態が何秒以上続いたら沈黙としてカウントされるのかという問題である。その解決案として、沈黙のデータを2種類に分けることにした。1つは、無音の状態が少しでもあった場合に沈黙としてカウントをする。そして、もう1つは3秒以上無音の場合の沈黙としてカウントをするである。この両方の結果に相違点が見られた場合、沈黙の定義づけを行わなければいけないと考える。データの検証は以下の通りに行った。

 最初に、沈黙の数をカウントした。カウント方法は、無音状態が少しでもあった場合(A)3秒以上無音状態だった場合(B)である。次にそれぞれの状態で、沈黙と沈黙の間にある会話の数をカウントした(図表31)、(図表33)。3番目に、それぞれの状態で、沈黙後の会話の文字数を分析した(図表32)、(図表34)。以下が検証の結果である。

 

 .各データの検証

 


 

 



(1)沈黙の数

 データ内の沈黙の数は、A57B31である。全データ時間の942秒の間に57の沈黙があるので平均するとほぼ10秒に1回無音時間があることになる。

(2)沈黙と沈黙の間にある会話の数

 図表31の場合、全56回中47回が1〜5会話しかない。また、図表33の場合も同様に全30回中、20回が1〜5会話である。前者は総沈黙の84%で、後者は67%で沈黙間の会話の数が1〜5会話となっている。

(3)沈黙後の会話の文字数分析

 図表32の場合0〜5語数が10回、6〜10語数が14回、1115語数が12回と全57回中、36回が15語数以下である。割合では、63%となる。図表34の場合も同様に15語数以下の場合が全31回中20回ある。こちらも割合では全体の65%が15語数以下である。

 

3.ミーティングにおける沈黙の効果

 1〜3の結果を総括すると、無音状態が少しでも起こった場合から沈黙として見ることが出来る。無音状態の時間の長さによって会話の語数に関しての変化がなかったために、沈黙という動作そのものが重要な意味を持つと考えられる。また、沈黙間の会話の数が少なかったが、これは、サンプルのミーティングが集団によるアイディア生成にもっとも適したブレインストーミング(brainstorming)法[11]を用いていることが要因である。つまり、アイディアを出す目的のために、意見を交互に言い出していく、建設的な場面が多く、また、それらの発言の中にはひらめきがあったからである。さらに沈黙の間に行われていた思考の結果を早く言語的コミュニケーションとして表出化するために、一言で表現できる単語が多い。

 沈黙は、対人コミュニケーションを行う時に、消極的な行動である。しかし、ミーティングを行う際に、沈黙は建設的な意見の構築を行う上で重要な役割を担っている。まさに「沈黙は金、雄弁は銀」である。ただ、終始沈黙を保つことは避けなければならない。ミーティングは我慢大会なのではなく、コミュニケーションなのだから。

 

 

 


 

第4章 笑いと沈黙の相関関係        島田浩樹 木恵太

 

笑いと沈黙については、第2章と第3章でそれぞれ述べた。この章では笑いと沈黙がどのように関係しているのかを記す。

3章で、言語コミュニケーション、非言語コミュニケーションについて述べた。ここでは、笑いと沈黙という非言語コミュニケーションについて総括的に考えてみたい。

 

,非言語コミュニケーション

 人間の情動には、喜怒哀楽がある。これらの感情なしには、人間とは語ることが出来ないだろうし、こういった感情があるからこそ、人間である。エクマン(Ekman,1972)は、基本情動として、幸福、悲しみ、怒り、嫌悪、驚き、恐怖の6つをあげている。人は、どのような表情(facial expressions)がどのような情動を表出するものか知っている。葬式の時には、喜ばないだろうし、嫌なことがあった場合楽しいことはありえない。その場その場の状況に応じて、表情が現れる。その他に、非言語コミュニケーションは「視線」、「身体動作」、「パラ言語」がある[12]。パラ言語(paralanguage)は、発話の内容以外の側面を指す。声の大きさ、抑揚、沈黙、言い間違いなどである。つまり笑いという表情と沈黙のパラ言語は同じ非言語コミュニケーションであり、ともに、会話上では同様のはたらきを行うということが言える。それでは、ミーティングではどのような働きが行われているのか。以下のデータに示す。

 

2,沈黙と笑いの相関関係

 図表41、図表42、図表43は、沈黙と笑いの時系列をグラフにしたものである。図表4-1は、笑いの後にある会話の数を、図表4-2と図表4-3は沈黙の後にある会話の数を無音の秒数で分けている。すなわち、グラフの値が少ない場合は、笑い(もしくは沈黙)がすぐに起こるということをあらわし、グラフの値が大きい場合は、笑い(もしくは沈黙)があまり起きていないということを表している。

 沈黙と笑いのグラフを見てみると、沈黙が多いときは笑いが少なく、笑いが多いときは沈黙が少ないことがわかる。言い換えれば、会話中すべてにおいて沈黙と笑いという非言語コミュニケーションが行われていることになる。また、沈黙と笑いが交互に発生している点については、われわれは思考や人の話を聞くという人間の緊張状態と、笑いという弛緩状態が交互に行い、ミーティング全体のリズムを保ち、集中力などといったミーティングに注がれる能力をうまく維持するという考えが起こるからである。

 

 


 


 

 

 


3.今後の展望と仮説

 この章では、笑いと沈黙の相関関係を調べた。笑いと沈黙はともに、非言語コミュニケーションであり、沈黙と笑いにおける緊張状態と弛緩状態により、ミーティング全体のリズムを保つことがわかった。

 我々は今後の展望として、新しい仮説を提案する(図表44)。野中他の知識変換モード(SECIモデル)の表出化(Externalization)と連結化(Combination)では言語コミュニケーションが行われており、内面化(Internalization)と共同化(Socialization)では非言語コミュニケーションが行われている。また、知識創造が行われるときに、沈黙と笑いは知識の充填効果が行われている。充填効果とは、知識創造が行われているとき、沈黙と笑いが一種のトリガーとなり、表出化や連結化へ向けて、知識を開放するということである。沈黙と笑いが知識創造に大きく関わっている点を、今後の展望とする。


5章 結語                    木恵太

 

われわれはミーティングにおける、笑いと沈黙について調査研究をしてきた。ミーティングでは笑いと沈黙がある程度、交互に出現する。つまり、緊張と弛緩の相互作用が望ましいという結論になった。サンプルデータが授業の一環のミーティングということもあり、ある程度ルーズな場でもあったのだが、いかなるミーティングの場であっても、対人コミュニケーションを図る上では、このような緊張と弛緩の必要性を感じる。しかし、いくつかの課題が残った。まず第一に、笑いと沈黙以外の非言語コミュニケーションが、ミーティングでどのような効果をもたらすのかを調査することである。次に、今回のサンプル以外のミーティングでも、同様の結論が真であるかである。時間的制約から課題に対する挑戦が困難な状況であったが、われわれの挑戦として次回につなげたいと考える。

本原稿を書き上げるために様々な刺激と勇気を与えてくださった本研究科の創造性開発システム論の藤波努先生に感謝の意を表し、ここに筆を置くことにする。


<参考文献 一覧>

Avener.Ziv. (1984) Personality and Sense of Humor. New york: Springer.[高木保幸訳(1995)『ユーモアの心理学』大修館書店].

Bergson, H.(1975 Originay published 1899) Le rire. Paris: PUF [H・ベリクソン 林達夫訳(1899)『笑い』岩波書店].

CousinsN 松田銑訳(1979)『笑いと治癒力』岩波書店.

D.C.Gause and Gerald M.Weinberg. 黒田純一郎監修 蜷志津子訳『要求仕様の探検学』共立出版(1993

ドナルド.C.ゴース 他著 木村泉訳 『ライト、ついていますか』−問題発見の人間学 共立出版(1987

Everett M.Rogers著 安田寿明訳『コミュニケーションの科学』1992 共立出版

橋本良明編著 『コミュニケーション学への招待』1997 大修館書店

井上宏ほか(1997)『笑いの研究』フォー・ユー

神奈川大学人文学研究所(1999)『笑いのコスモロジー』勁草書房

LoehrJ 高木ゆかり訳(1992)『ビジネスマンのためのメンタル・タフネス』TBS・ブリタニカ

松尾太加志『コミュニケーションの心理学』1999ナカニシヤ出版

Morreall. J. (1983) Taking Laughter Seriously. New York: State University of New York Press. [森下伸也訳 (1995)『ユーモア社会をもとめて』新曜社.]

Nonaka, I. and H. Takeuchi.(1995) The Knowledge-Creating Company. New York: Oxford University Press.[梅本勝博訳(1996)『知識創造企業』東洋経済新聞社.]

清水彰 (1998)『「笑い」の治癒力』PHP研究所.

Shimizu, H. (1994). What is “Ba”, and the Significance of the Research of “Ba”, Holonics, Vol.4, No.1:pp53-62. 

Porter, M.E. (1980) Competitive Strategy. New York: The Free Press. [土岐坤・中辻萬治・服部照夫訳(1982)『競争の戦略』ダイヤモンド社]

末永俊郎 他編 『現代社会心理学』,東京大学出版会(1998

高橋伸夫 編 『組織文化の経営学』中央経済者(1997

 

 

 

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[1] ワイガヤとは、以前に本田技研で用いられたミーティングの手法の一つで、その特徴は、ミーティングの参加者がミーティングの参加する前の期待をはるかに超える結果を求めるプロセスでのことである。

 

[2]清水(1994)によると、場とは様々な出来事の間で一貫した関係が作られる環境の機能のひとつと定義される。さらに知識創造理論における『場』とは、知識を創造するための理想的な環境であるとされている。

 

[3] ホッブズは、笑いの原因は、「他人の欠点、または以前の自分自身の欠点との比較によって、自分の優越性を突如として認識することから生じる突然の栄光以外の何物でもない」と述べている。

[4] ベルクソンは、笑いは、社会の慣習から外れた行動を取る人間に罰であり、その罰がその人間を慣習的な行動を取らせる社会的インセンティブ機能を果たすと考えている。

[5]『日本経済新聞』2000416日付朝刊を参照

[6] N・カズンズ著『笑いと治癒力』の中で、著者自身が笑いについての医学的効果を最初に実証した例として紹介されている。

[7] アブナー・ジップ著『ユーモアの心理学』10,11章参照

[8] ジム・レーヤー著『ビジネスマンのためのメンタルタフネス』P220P221によるとある有力な保険会社の中間管理職を笑い療法のミーティングに参加させた結果、緊張の低下とエネルギー増進の結果として、三ヶ月間に44%の生産性の向上がみられたという。

[9] 対人的コミュニケーション(interpersonal communication)とは、身体や事物などの媒介を介して個人相互間にメッセージの伝達が行われる過程のことである。この中には、知識や意見の表明や感情の表出なども含まれる。なお対人コミュニケーションは、言語的コミュニケーション(verbal communication)と非言語的コミュニケション(nonverbal communication)とに分類される。

 

[10] 沈黙の方が雄弁よりも説得力がある。口をきかぬが最上の分別という意味

[11] オズボーン(A.F.Osborn)によって1939年に初めて提唱された。目的は、人を自己抑制,自己批判、他社からの評判から解き放つことによって、特定の問題に対して多様なアイディアをなるべくたくさん生み出そうとするものである。

[12] 松尾太加志著『コミュニケーションの心理学』