Daily Archives: 2013年11月30日

税関による妨害

8月26日夜 私からMへ

あぁ、ひどい知らせだ。しばらくの間、ショックで動けなかった。君もショックだったろうね。

そうだな、古いピアノの価値は様々だ。大がかりな修復が必要なものは1000ユーロ以下で売られている。話を作り上げてピアノの売却額を切り下げられないだろうか。君は諦めているみたいだけれど。専門家に頼んで、そのピアノの価値は1000とか2000ユーロくらいのものだと言ってもらったらどうだろう。税関の人たちはそういう作り話を信じたふりをしてくれないほど冷血なのかな?

8月26日夜 Mから私へ

問題はピアノの輸送を請け負った業者がピアノの請求書のコピーを税関に渡してしまったことだ。ピアノに保険を掛けるために必要だというので写しを渡したのだが、それが税関の手にも渡ってしまった。今更金額を変えても信じてもらえないだろう。

とりあえず文化遺産局に行って交渉してみる。というのも、自分の家財道具の一部としてピアノを運んでも、無知な税関職員が税を課す恐れがあるからだ。少なくともそういう事態が起きないようにしないとな。

いっそのことトラックで荷物を運んでやろうかとも思ってる。そうすれば税関の目を逃れて荷物を運べるだろうから。とにかく必死になってこの馬鹿げた問題を解決するよ。

8月27日夜 Mから私へ

文化遺産局に行ったが、どうしようもないと言われた。「1884年に作られたものはアンティーク品です。それ以外の何ものでもありえません。」と事務官が言った。今度は弁護士に相談してみる。状況はこんな感じだ。今夜はよく眠ってくれ。

8月27日夜 私からMへ

連絡ありがとう。そうだな、その事務官の言うことはまったくもって正しい。:-< 弁護士に相談に行くなんて、そんな面倒なことになって申し訳ない。どれほど交渉に時間がかかろうと我慢するよ。先ほど、帰国したところだ。家にいる方が寛げる。怯むことなく困難な状況に立ち向かう君の勇気を賞賛する。

8月28日午前 私からMへ

イギリスでのCITES手続きだけど、Pleyel社の証明書があれば問題ないでしょうとのことだった。

8月28日午後 Mから私へ

要点は、マルタの税関がピアノを楽器としてではなくアンティーク品と見なしていることだ。あのピアノには通関規則92012000項(楽器類に関する規定)が適用されるはずだが、税関は規則9706000090項(美術品、収蔵品、およびアンティーク品)を適用するという。その変更に伴い輸出許可が取り消された。文化財保護税を課すだけじゃない、虚偽の税申請をしたから訴えると言われた。

8月28日夜 私からMへ

深刻だな。そんな非道いことになって申し訳ない。いくつか教えてくれ。

  1. ピアノを自分の家財としてイギリスに運んでも文化財保護税を課せられるのか?
  2. そのピアノをマルタ国内で誰かに売っても文化財保護税を課せられるのか?
  3. 虚偽の税申告を咎められたというが、それはピアノを「間違った」項目で申請したからか?
  4. ピアノを売らず自分の家財として所有しつづけても彼らは虚偽申請で訴えるのか?

「虚偽の税申告につき訴える」のは文化財保護税を払わせるために圧力をかけているのだろう。もし文化財保護税をおとなしく払ったら訴えを取り下げるだろうか?

8月28日夜 Mから私へ

回答は以下のようになる。

  1. No. EU内で自分の家財を動かす分には税がかからない
  2. No. そんなことはないよ
  3. Yes. 税関の言い分は、ピアノが楽器としてではなく美術品として申告されるべきだったというものだ。
  4. Yes. それを防ごうと頑張っている。この騒ぎでピアノを売るのが嫌になったと税務官に言ったが、ひねくれた心を持った彼らはそれを税と罰金を逃れるための言い訳としか受け止めていない。

(圧力について)皆、この国の税関はとんでもなく腐敗していると言っている。(文化財保護税をおとなしく払ったら訴えを取り下げるだろうか?)わからない。彼らは虚偽の申請で訴えることと輸出の話は別と見なしている。あたかも「君は嘘をついただろう、だから罰金を払いなさい」と言っているようなものだ。

カフカの小説みたいだな。でもこれは実際に起きている悪夢だ。

8月28日夜 私からMへ

返信ありがとう。どういう状況なのかよくわかったよ。二つの側面があるわけだな。ひとつはピアノをどうするかという問題、もうひとつは税関からつけられた因縁にどう対応するかという問題だね。引っ越しに関してだけど、ピアノはイギリスまで持って行くんだろう?税関の訴えについては防衛しなければならないわけだな?今の時点ではピアノの輸送より、税関の訴えの方が気がかりだというわけ?

(すぐ後のMからの返事:いずれもYESであった)

8月28日夜 私からMへ

状況がだいぶ明確になった。税関が実際に訴えることはないんじゃないかな。「訴えてやる!」なんていう捨て台詞はドイツに住んでいる時よく聞いたし、言われた。でも実際に訴えた人はいなかったよ。相手を威嚇するための陳腐な台詞だ。

それだけ税関が高飛車に出る背景には、彼らが触れて欲しくない何かがあるからじゃないだろうか。たとえばピアノが楽器なのかアンティーク品なのかということ。その点は大いに議論の余地があるところと思うが、彼らはそれを議論したくないわけだろう?実際に法廷に持っていくには税関は君が意図的に嘘をついたことを証明しないといけない。しかし、ピアノは楽器として使われていたわけだし、それを証言してくれる人は大勢いる。もし法廷で争うことになったら、負けるかもしれないと税関は考えているのではないかな。だからそんなに威圧的な態度をとるんだと思うよ。

無実の市民を訴えて税金を無駄遣いするとはひどい奴らだ。少し痛い目に遭わせてやらないと気が済まない。新聞記者に知り合いはいないのか?その事例を話したらどうだ?税関の態度も変わるだろう。というのが私の意見だが。。確信はないけど彼らも黙るんじゃないか。

8月28日夜 Mから私へ

心強い言葉をありがとう。心に留めておくよ。生徒の父親が有名な弁護士だから電話した。24時間以内に物事はもう少し明確になるだろう。

8月28日夜 私からMへ

経験上、実際に法廷で戦った経験のある人は示談でことを収めようとするものだ。というのも法廷で争うというのは大きなストレスを引き起こすからね。「訴えてやる」なんていう台詞は無知な輩が使う脅し言葉だよ。

(つづく)Mとその家族がマルタを発ちイギリスに向かうまであと6日

文化遺産管理局による介入

CITESの手続きをするなかで税関とのやりとりがあり、文化遺産管理局 (the Superintendence of Cultural Heritage) に輸出許可を申請するよう言われたことは既に述べた。Mは命ぜられるがままにピアノの諸情報と写真を文化遺産管理局に送り、12日後の8月19日に輸出許可が降りたことも述べた。Mはその許可証を受け取っている。

ピアノを輸出するためにCITESの手続きについていろいろ調べたが、文化遺産管理局なる機関に言及しているものはなかった。なぜそこが絡んでくるのかわからなかったが、名称からいって貴重な文化遺産が国外に流出しないよう目を光らせている部署であろうことは想像できた。輸出しようとしているピアノが貴重なものであるとの認識はあったが、楽器であって美術品ではないから該当しないだろうと考えていた。

しばらく前にフランクフルト空港の税関で演奏家が持ち込もうとしたヴァイオリンに法外な関税がかけられて一悶着あったことは知っていたが、結局アンティーク品ではなく楽器であるとの主張が認められ、税金を払うことなく解放されたと聞いていたので、ピアノをアンティーク品扱いされても抗弁できるだろうと踏んだ。そもそもピアノはフランスで製造されたものだからマルタが輸出を禁ずる筋合いはない。多少緊張したが、文化遺産管理局が輸出を許可したので安心した。

8月25日午後、私は学会発表のため韓国に移動した。翌26日はピアノがMの家から運び出される日だ。26日は日中、学会に参加し、夜は懇親会でいろいろな人に会って話して、充実した一日を過ごした。満足してホテルの一室に戻り、シャワーを浴びて眠る前にメールを確認したところ、Mからピアノを運び出せなかったとの連絡が入っていた。

8月26日の経緯は次の通りである。

午前10時10分、ピアノの輸送を請け負ってくれたC社の担当者Gにマルタの税関からメールが届く。そこには Cultural Heritage Act Chap 445. Art 41(文化遺産管理法 445条41項)を参照せよ、そしてと課金表を見よと書かれていた。添付されてきた書類の29ページをみると、それは Control of exportation and re-exportation (輸出と再輸出に関する規定)であった。その内容は以下の通り。

(1) No person may export or re-export any cultural property without the written permission of the Superintendent.

文化財を輸出あるいは再輸出するには管理局が発行する許可証が必要である。

(2) The export and re-export, when permitted shall be subject to the payment of the ad valorem duty as set out in the Schedule to this Act and shall be subject to such other conditions as may be imposed by the Superintendent.

許可が得られた上で輸出あるいは再輸出する際には管理局が課す税を支払わなければならない。ほかにも管理局が条件を付ける場合があるのでそれに従うこと。

(3) Permission for export and re-export may be granted for a limited period and without the payment of the duty referred to in subarticle (2) for the purpose of restoration, exhibition or study. The Superintendent may, in granting such permission impose guarantees for the return of the cultural property so exported or re-exported at such amount as shall be fixed by the Superintendent.

修復、展示あるいは学術調査が目的であるときは一定期間、無課税で輸出・再輸出を認める場合がある。ただし指定された期間内にその文化財をマルタに持ち帰ること。

(4) The value of the objects for the purpose of the payment of the duty referred to in subarticle (2) shall be fixed by one or more experts to be appointed by agreement between the Minister and exporter or, in default of agreement, by the Court of Appeal (Inferior Jurisdiction) on the demand of the exporter, to be made by an application. The cost of the evaluation shall be borne by the exporter.

課税に際して専門家にその文化財の査定を依頼することがある。その費用は輸出する者が負担すること。

(5) In lieu of the payment of duty, the exporter may, with consent of the Superintendent, give to the Government by way of datio in solutum, one or more objects of a value equivalent to the duty due.

管理局が同意すれば、税を支払う代わりに課税額同等の物品を提出してもよい。(物納可)

(6) It shall be competent to the Government to acquire any object proposed to be exported, at such price as may be fixed in the manner laid down in this article within two months from the making of the valuation referred to in this article after notice of the intended export is given to the Superintendent. All expenses in connection with the valuation shall, in such cases, be at the charge of the Government.

輸出申請後2ヶ月以内であればマルタ政府が査定された額で当該文化財を購入する権利がある。

最終ページ(p.37)にある課金表 (Schedule re Rate of Export Duty)は次のようになっていた。

課税表

課税表

すぐに税関から担当者Gに電話があり、次のように告げたという。「輸出しようとしているピアノは100年以上前の物なので 9706 00090条に定められたように申告されなければならない。手続きは以下の通りである。」

  1. ピアノの輸出には許可が必要である
  2. ピアノの価格は文化遺産管理局が定める
  3. 添付の書類にある通り税を支払うこと
  4. これらの手続きが終了するまでCITES検査員は訪問しない

Mが事情を説明してくれた。マルタには独自の「文化遺産管理法」があり、製造後50年以上経ったものは何であれアンティーク品と見なされる。文化遺産省はマルタからアンティーク品が輸出される場合、一律50パーセントを課税する。これは輸出品に対する税ではなく、マルタから文化遺産が流出するのを防ぐという名目で制定された制度である。輸出税ではないから輸出先がEU圏内であってもマルタからアンティーク品を持ち出す場合はこの法律が適用される。輸出税としないのは、EU(ヨーロッパ共同体)に税収として報告したくないからである。輸出税となるとEUが黙っていない。関税を撤廃することで域内の交易を活発にするのがEUの趣旨だからだ。

マルタからピアノを日本に送るには、ピアノ売却額の半分を税として文化遺産管理局に納めなければならない。これは実際、結構な額である。このことを知らされたとき、どれほどのショックだったか想像してみてくれ、こういう制度があるなんて誰も知らなかったんだ、しかもピアノを運び出す日の朝、まさにCITES検査官が来て許可証を発行する間際に知らされたんだぞ、とMが嘆いた。心臓麻痺で死ぬかと思った、とつけ加えた。

Mから送られてきた資料を読んでみたが、自国の文化遺産を保護するという趣旨からほど遠いものだった。そもそもマルタは小さな国なので文化遺産といえるものが少ない。首都 Valletta にはマルタ騎士団の壮麗な大聖堂があり、カラヴァッジオの大作があったりもするが、そういう歴史的に重要な作品は僅かである。国外に売られることもないだろう。マルタ国内で製作された貴重な美術品を引き留めるという趣旨には賛同するが、それをどう都合良く拡大解釈したのか、「自国で製作されたか否かに関わらず」マルタ国民が楽しめるものが国外に持ち去られないようにするのが目的だという。意味がわからない。

輸出されるとしたら50年前までマルタを占有していた旧大英帝国の植民が世界各国から持ち込んだガラクタであるが、そんなものを国の宝として保護する意味はまったくない。施行当時は文化財保護という崇高な目的があったのかもしれないが、実際には製造後50年以上経ったものであればどんなものでも5割の税金をかけられるようにする悪法であり、無知な観光客から金を巻き上げるための方便としか思えなかった。

Mはマルタ政府が何かと難癖付けて外国人から金を取ろうとすると憤慨していたが、確かにそういう扱いを感じることがあった。たとえば水道代や電気代は自国民か外国人かによって料金が変わる。外国人は2割程度、割高な料金を課せられるのである。マルタの社会インフラを維持するため、所得税を払うことのない外国人旅行者から税を徴収することは仕方がないが、水道や電気の料金を二重化するのは妙な気がした。バスの乗車料金も自国民には安価な料金体系を設定し、外から来る旅行者は高い乗車賃を払わざるを得ない仕組みにしている。文化遺産管理法も含めて、須く外国人から金を巻き上げることに執心しているように思われた。

ともあれ、50パーセントの文化財保護税から免れるにはMの家財道具の一部としてピアノをイギリスまで運ぶほかないというのが結論だった。こうして我々はカフカ的不条理の世界に突入していくこととなる。