Daily Archives: 2013年12月2日

ピアノは楽器である

8月28日。税関との諍いは決着していなかったが、ピアノを運ぶ手はずは整えなければならない。Mは大きめのコンテナを借りて、ほかの荷物と一緒に船でピアノを運ぶと連絡してきた。荷物を自宅に運び込むとき、別のトラックが側で待ち構えていてピアノを受け取るというアクロバティックな方法がとられることになった。「スイス時計のような正確さで」ピアノの受け渡しが行われなければならないとMが表現した。うまくいくかどうか不安だが、こうなったら運送業者を信じて任せるほかない。

Mによれば、彼の弁護士が税関の責任者と話し、Mが意図的に虚偽の申告をしたわけではないと説明した。税関責任者は偏見のない目で状況を調べて、二三日中に結論を出すという。罰金を科されるのか、無罪放免されるのか、まだわからない。もう一つの問題は税関がピアノの輸出を差し止めていることだ。税関がピアノを放してくれない限り、イギリスへ持って行くことも出来ない。今週末まで(8月30日金曜日まで)出来る限りのことをするとMは言った。

もしどうしても9月3日までに片が付かなければ、とりあえずピアノを置いたままイギリスに行く。そして新居を探して荷物を受け取って片付けなどして少し落ち着いてから、二、三週間後にマルタに戻ってピアノを送るよ。とんだ災難だが、仕方がない。とMは締めくくった。

我々のピアノをアンティーク品であると言い張って50パーセントという法外な税をかけてきた税関に何とか対抗しなければならない。そのためには同様の古いピアノが楽器として輸出された例を提出すればよいだろうということになった。

この点で我々はピアノ技術者Aさんにずいぶんお世話になった。AさんはPleyelなどの古いピアノをフランスから輸入し、修復して販売している方である。フランスの工房で長い間修行し、帰国した後はお店を構えて、日本でPleyelピアノのことを最もよく知る技術者として活躍されている。そのAさんに助けを求めた。

Aさんによれば、数多くの古いピアノをフランスから輸入したがアンティーク品として課税されたことは一度もないという。このことをMに伝えたところ大変よろこび、証拠として税関に提出したいから手紙と書類の写しを送ってくれと頼まれた。そのことをAさんに相談したところ快く引き受けて下さり、ピアノがアンティーク品として扱われたことがないと証言した手紙と、フランスから古いピアノを輸入したときの書類をスキャンして送ってくださった。初めてスキャナーを使ったと聞き、そのご厚意に深く感謝した次第である。Mはこれらの書類を携えて税関に乗り込んでいった。

Aさんにはピアノを運ぶ話が持ち上がった当初からいろいろとご助言いただいていた。7月20日に日本までのピアノ輸送について質問し、丁寧な回答を頂いている。この時Aさんが紹介して下さったTさんが優秀かつ親身に接して下さる方で、マルタから日本までピアノを運べる会社を見つけてくれた。それがC社であるが、マルタから日本までの移送を引き受けてくれたのはこの会社だけだった。結局、税関との戦いでC社の出番は無くなってしまうのであるが、Mがピアノをロンドンに運んだ後、日本までの輸送はTさんが手配してくれることになった。

マルタからイギリスへのピアノの輸送について、Tさんから次々と質問がくる。ピアノはどのように梱包されましたかとか、イギリスではどちらの港から荷物が入りますかなど。引っ越しと出発を翌週に控えて忙しいようでMからの連絡が途絶えた。Tさんからの質問に答えようにも事情がわからず困った。

8月30日、8月31日、連絡がない。税関との交渉はどうなったのだろうか。9月1日、9月2日、連絡がない。彼らの荷物を運び出したはずだ。ピアノは一緒に運び出せたのだろうか。9月3日。この日はマルタを発ってイギリスに移動する日だ。連絡は無理だろう。9月4日も静かに過ぎた。移動したばかりで忙しいのだろう。

ピアノはまだ税関が差し止めているのだろう。簡単にはあきらめないようだから、長期戦になるのではないか。その間、ピアノはどこに保管されるのだろうか。無事でいてくれればよいのだがと気遣った。ピアノを日本へ持ってこられるかどうかはまったくわからなくなった。Mの話しぶりからは最悪差し押さえという事態もあり得そうだった。ひどい状況だが、私にできることはなにもなかった。ただ耐えて待つだけだった。