Daily Archives: 2013年12月4日

失ったもの

マルタの税関から受けた嫌がらせのせいで予定が大幅に狂った。マルタから日本まで一気に空路でピアノを運ぶはずだったが、一度イギリスまで運び、そこから日本へ送り直さなければならなくなった。マルタでCITESの許可を得る準備をしていたがそれも無駄となり、イギリスでCITESの手続きをする必要が出てきた。これまで手配したことすべてが無駄になり、余計な仕事が増えて、ゼロからやり直すことになった。

マルタの税関が我々から徴収した罰金が540ユーロ(約7万円)。その他の損害はマルタからイギリスへの運送料、それから運送料に比べれば僅かだがCITESの手続きに要した申請料も無駄になった。マルタの税関が得たものに比べて我々が失ったものがいかに大きいことか。イギリスでピアノを積み替えるのにも費用がかかる。

損害は大きかったがどうしようもない。50パーセントの税金を課されるよりはましだ。50パーセントの税金なんて聞いたこともない。しかも自国の文化財でもないものに課すなんて。狂気の世界からピアノを運び出すことができてよかったと思うことにした。

とはいえその時点でピアノはまだマルタにある。Mはほかの家財とピアノをコンテナに詰め込み、船便で送ると言っていた。Mが家財をイギリスの新居に運び込むとき、我々のトラックが待ち構えていてピアノを受け取り、日本へ運ぶ手続きを始めるという段取りだ。

9月5日、イギリスでのCITES手続きについて調べ始める。多少、手数料が高いが(37GBP)、メールにて受け付けてくれることがわかった。一通り調べて、手続きの仕方をMに知らせた。それを受けてMは申請書に記入する住所をどうするか思案した。彼らはイギリスに移ってきたばかりで仮住まいだ。ここで変なことを書いてイギリスの税関と揉めたくない。マルタからピアノを輸出していると知れたら面倒なことにならないだろうか。事前にピアノの検査があるとしたらやっかいだが、かといってピアノを家には入れられないし。イギリスに住んで使っていたピアノを日本へ輸出するというストーリーに合わない。困ったな。

対する私からの返答は次の通り。ピアノが海上輸送中にCITESの手続きを始めるのがいいかどうか、私にもわからない。誰にもわからないだろう。安全策をとってピアノがイギリスに到着するまで待つというのもひとつの手だろう。とりあえず申請書を提出してしまうという方法もある。仮に手続きが順調に進んでピアノ到着前に問い合わせがあるかもしれないが、その時は待ってもらえばよい。そんなにすぐに物事は進まないと思うけどね。

書類に記入する住所については住む場所が見つかってからでもよいと思う。でも申請時にピアノが実際にイギリスにあるかどうかは問題にならないんじゃないかな。というのも検査官が実際に倉庫にやってくるまでは書類審査で進んでいくから。

どうだろう、直接電話して聞いてみたら?名前をあかす必要は無いだろう。ピアノが輸送中だからといって罰金を科されるようなことはなさそうだよ。問題は、申請できるかどうか、手続きを始められるかどうかということではないかな。つまり、ピアノが到着する前に申請できるのか、届くまで待たなければならないのか、その条件の違いでしかない。もし検査官がピアノが国内になければ手続きできないと言ったら、届くのを待てばいいだけじゃないだろうか。

申請時にピアノが輸送中だったと知れたところで、彼らがその後永遠に申請を受け付けないとは思えない。ピアノが届くまで待つように指示はするかもしれないけど。申請書を提出する前に聞けばいいだけなんじゃないか?素朴すぎるかな、この考え方は。

それから税関と揉めたくないことについては同感。ピアノの検査についてだけど、調べた限りでは現物が自宅にある必要は無いみたいだ。ピアノを梱包して倉庫に運び入れた後で検査を受けるのが通常の手順であるかのように書いている解説があるから。

ピアノをイギリスから送った場合、輸出と見なされるかどうかという点についてだが、確かにそれは輸出ということになるだろう。ただピアノがヨーロッパ圏外に輸出される時は無税らしいよ。日本に輸入するときは関税ではないけど消費税がかかる。ただ君には関係ないことだよね、それは。

ただ少し背筋が寒くなったことはある。製造後50年以上経った物品はアンティーク品と見なされて輸出許可が必要と書かれていた。一瞬これはまずいと思ったけど、この規則にはひっかからないとわかった。規制されるのは「並外れて」重要な文化遺産で、その判断基準は価格だ。43,484GBP(約726万円)というのがその基準で、我々のピアノはそれより安いから対象外だ。もうひとつ別の規則で65,000GBP(1000万円以上)のものにかかってくるのもあるけれど、もちろんそれとも無関係。そもそもイギリスに関係ないものは対象外。

マルタとの違いは、これが税を取り立てるための仕組みではないことだ。純粋に国宝を守るための審査であって、許可を得るために手数料とか税金を徴収されることはない。国宝だと見なされれば国外に持ち出せないし、保護する必要もなかろうと判断されれば持ち出せる。それだけのことだ。文化財の保護というのは、こういうものだよね、本来。

9月9日夜、MからCITESの手続きを始めたとの連絡があった。Pleyel社からの製造証明書が功を奏したらしく、何事もなく受け付けられた。これが文明国というものだ、と思った。

マルタの暗い面

9月4日夜遅く、Mから連絡があった。結局、税関に罰金540ユーロ(約7万円)を払って赦してもらったという。ピアノを取られそうだったから他に方法がなかったとのこと。Aさんに送ってもらった手紙と書類をマルタの税関に見せたが、「マルタにはマルタの法律があります」といって一顧だにしなかったという。ピアノは今、マルタで最高の業者に梱包してもらっている。イギリスから先、日本までの輸送を早急に手配しよう、という文でメッセージは終わっていた。

税関と裁判で争うという選択肢もあったと思うが、Mもほかの荷物と一緒にピアノを運び出したかっただろうから、罰金を払って解放してもらうほかなかったのかもしれない。イギリスへの引っ越しを控えて多忙な中、税関や文化遺産管理局に行って交渉したり、輸出業者や弁護士と対策を相談したりしていたのだから、それ以上のことを彼に求めるのは酷だろう。

しかし、マルタ税関のやり口は道義に反する。そもそもピアノをアンティーク品だと言い張るなら、最初にMが手続きしに行ったときに書類の不備(記入の間違い)を指摘すべきだった。税関がアンティーク品か楽器かの判断ができなかったので文化遺産管理局に判断を仰いだというのであれば納得だが、そうだとしたら文化遺産管理局が判断を下した後にMが嘘をついていたと弾劾するのはおかしい。後になって「間違い」とわかったことを以て、最初の時点で「嘘をついた」という結論を出すことはどんな詭弁を弄しても不可能だろう。最初の時点では申請の仕方が正しいか間違っているか判断できなかったのだから。

Mからの申請を文化遺産管理局に回し、アンティーク品だと言わせた上で申請を差し戻し、虚偽の税を申告したと訴えるのは作為だ。彼らは最初からそれがアンティーク品だと知っていた。(アンティーク品とするつもりだった。)ただ自分たちはそのことを知らないという芝居を打ち、判断を別の部署に任せたのだ。そして判断が下された後、自分たちが騙されていたとわめいて相手を非難する。なんという卑怯なやり口だろうか。彼らは最初から罰金をせしめるつもりだったのだ。Mが自分の家財としてピアノを運び出したら彼らは手を出せない。ピアノ代金の50パーセントを税として徴収することはできないのだ。だからMが嘘をついたと主張して、罰金をとることだけを考えていたのだ。

もちろん彼らとて我々がそのことを見抜いていないとは思っていないだろう。しかし見抜かれていたとわかっていても、主張を引っ込めるようなことはしないだろう。そんなことをしたら儲けを失うことになる。彼らにはおそらくそれなりのノルマがあるのだ、目標税収のようなものが。自分たちが詐欺を働いているということがわかっていても、罪の意識にさい悩まされて行いを改めるようなことはしないだろう。彼らを罰する人はいないのだから。国ぐるみで詐欺を働いているのだから。彼らは権力を与えられ、それを濫用しているのだ。

私はマルタの人たちからいろいろな点で恩義を受けているが、税関との一件でこの国の暗い一面を見せつけられて裏切られた気持ちがした。Mが言うように、マルタは事あるごとに外国人から金をむしり取ろうとする。正当な理由は何もない。お前たち外国人は金を持っているんだから少しくれよという乞食の精神があるだけだ。いっそのことユーロは外国人用の貨幣、地元民は昔ながらのマルタリラを使い、あらゆる物についてユーロとリラで違う料金設定にすればよい。30年前の中国がそんな感じで二種類の貨幣が流通していたが、それに倣えばいいのだ。

Mがマルタを出る理由がわかった気がした。