Daily Archives: 2013年12月5日

ISPM15

ピアノはなかなかマルタを出なかった。ようやく9月20日にMから連絡があり、ピアノはほかの荷物と別便で送られること、また船ではなくトラックにて輸送されるとのことだった。イギリスには10月2日に到着する予定だという。ピアノ単独で届くので引き取りも簡単となった。イギリス到着後はロンドン近辺の倉庫に収められるので、そこに取りに行くだけでよい。スイス時計のような正確さでトラックからトラックへ、Mの家の前でピアノを引き継げるとは思えなかったので、この変更はありがたかった。翌日9月21日にはCITESの許可証も送られてきた。すべては順調だった。ここまでは。

新たな問題は9月24日、運送会社Tさんからの問い合わせによって発覚した。最初の質問は梱包された状態でのサイズと重さに関することで、これは調べればすぐわかることだった。二つ目の質問は”ISPM15″という規制に関係することで、この基準を満たしたことを示す認証の印が梱包材についているかどうかというものであった。

“ISPM15″のことはこのとき初めて聞いた。調べてみたところ、梱包に使われる木材については、これをすべて燻蒸し、中に潜んでいる害虫を駆除することを求めるものであった。過去、梱包材を介して病害虫が輸出先に渡り、当地の生態系を乱したという苦い経験が多発したため、そうしたことが起こらないよう、このような規制が設けられたらしい。

日本に輸入する場合、使われる梱包材はこのISPM15の基準を満たしていなければならない。ISPM15の基準を満たしていなかったら、荷物は元の国へ送り返すか、その場で破棄・焼却処分となる。そしてその費用は受取人の負担となる。

重大な問題なのでMに問い合わせた。Mは「嫌な予感がするな」とつぶやいた。数日後、報告があり、ピアノはISPM15を意識して梱包されていないと判明した。梱包材は大部分が合板でその部分は対象外だが、台の部分は「木材」が使われており、それはISPM15の基準を満たしていないという。少なくともEU圏内はISPM15の規制がかからないため、そういう部材を使ってしまったらしい。

さて、どうするか。マルタかイギリスかどちらかで梱包を一度解き、箱を分解して台の部分を交換しなければならない。9月27日時点で、ピアノはまだマルタにあり、なかなか運び出されない。ここでまた梱包業者にピアノを戻して、箱を組み直すと少なくとも数日はかかるだろう。その間にトラックが出てしまったらまた次の便を一月近く待つ羽目になる。多少、高くつくかもしれないがロンドンで組み立て直した方が輸送機関が短くなるのではないかと思われた。

その旨、Tさんに伝えて対応を依頼した。また余計にお金がかかりそうで頭が痛かったが仕方がない。そのまま輸送して日本で問題に気づき、またイギリスへ送り返さなければならないなんていうことになったら目も当てられない。問題が明らかになって良かったと考えなければ。

その時、マルタから日本まで直接ピアノを送っていたら、ISPM15を満たさない部材が使われていたかもしれないということに気づいた。プロだからそんなことはしないかもしれないが、ピアノをそういう形で日本へ送ったことのある人は誰も関わっていなかったから、気づかれないまま輸出されてしまったかもしれない。少なくともC社と梱包についてやりとりしたときにそういう話題は出なかった。だから問題が起きる可能性は高かったと思われる。

マルタのようなヨーロッパの辺境から荷物を送るときのリスクは高いと思った。たまたまロンドンを経由することとなり、日本への輸送に慣れた人が関わってくれたから何とかなったけど、もしマルタから日本へピアノが直行していたらどうなったことか。こういうのを不幸中の幸いというのだろうか。それとも簡潔に、「幸い」なのだろうか。