7度の和音は深い森

数日前に内視鏡を使って大腸を見てもらい、ついでにポリープをとってもらった。この検査を受けるべきか逡巡したが、三親等内に大腸がんで亡くなった者が二人いるし、父もがんだったので大腸癌のリスクは平均より高いと考えなければならない。腫瘍を疑わせる証拠があれば精密検査を受けないわけにはいかない。淡々と過程を踏んだが、前夜に飲んだ下剤が明け方効いてきて苦しかったのが予想外であった。だが、検査前に腸内を完全に空(から)にしたときは爽快な気分で、たまには断食するのも体にいいかもしれないと思った。

準備を整えて待合室で順番を待つ間、ある和音が頭の中で響きだした。弾いたことがあるメロディーだが何だったか思い出せない。看護士の方に呼ばれて手術となった場合の対応を相談される。入院となったら大部屋に入れてもらうよう頼んだ。生まれて初めて、腕に点滴の管を入れられた。何かあればすぐにそこから各種の薬が入れられるように確保しておくのだという。何だか大事になってしまったなと気弱になる。

診察台の上で横になり、検査してもらった。チューブが体内奥深くへ入ってくる不快感は如何ともしがたいが、予想していたことなので耐えられる。しかし思ったより上の方まで腸がきていることを実感した。盲腸まで達した後、少しずつ入り口に戻りながら腸内を検視していく様子をモニターで見られた。なかなかきれいな色だと我ながら感心した。最後の方で小さなポリープが見つかり、切除される様子を見守った。少し血が出たがすぐに止まった。しかし苦痛はなく、今度焼肉屋に行ってもモツは食べられそうだと妙な安心をする。

無事終わったが体の違和感はすぐには消えない。休むように言われ、点滴を受けながらソファで30分ほど横になった。幸い入院には至らず、日帰りできることとなった。7度の和音はフォーレのバラード(作品番号19)だと気づいた。主旋律ではなく、テーマが切り替わる際に挟まれる短い間奏である。なぜそんな目立たないところに意識が向くのかと不思議だったが、むしろこちらが主題なのかもしれない。今回、手術を予感し、少し死に近づいたが、そのとき思い出したのがこの曲だったのが発見だった。フォーレは曲想を森の風景から得たという。穏やかな心持ちで深い森に入っていく、というのが自分にとっての死のイメージかもしれない。

今日は東京で仕事があって朝、金沢から新幹線に乗った。点滴の針を入れたところがアザになっている。窓からの景色と腕のアザを同時にフレームに収めるにはどうしたらよいのだろう。などと考えていたら上越妙高で停車した。軽井沢の先で停電しており、長野と東京の間が不通だという。2時間くらい車中で待たされた挙げ句、全員降ろされた。自分は東京に行くのをやめて金沢に戻ることにした。行ったところで当初予定されていた仕事には間に合いそうになかったから。帰りの車中、Skypeを使って遠隔参加し、何とか役目を果たした。手術後2週間は出張するなと医師に言われていたので最初から行かないことにしておけばよかったなと反省した。でもこの程度のことで仕事を左右されるのは嫌だった。コーヒーや酒が飲めないのは受け入れるけど。

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