Thermoscore: 熱で伝える新しい形態の楽譜
西本研究室 D2 宮下芳明 (http://www.homei.com)
 

 

Thermoscore(サーモスコア)は、鍵盤の温度をダイナミックに変化させることにより演奏者に提示される、新しいタイプの楽譜です。
 
楽譜というと、まず五線譜を思い浮かべる人も多いと思います。注意して欲しいのは、そこに記載されている情報というのは、音楽を正確に記録したものではないということです。音の高さとそれらを鳴らす順序は間違いなく記載されていますが、音の強さが音符ごとに記載されていることはまずないですし、速度に関する記述もイタリア語の形容詞ひとつで済まされるなど、ある意味「不正確」な点も多いのです。しかし、演奏者はこうした不足分のある情報を解釈し、補い、あるいはしばしば新規な解釈により無視したりして、よりいきいきとした音楽に再現しているわけです(同じ曲でも演奏者によって大きな違いが出るのはこのためです)。
 
さて、20世紀の現代音楽に用いられる図形楽譜には、さらに解釈の幅が広がるものもあります。あるいは、シュトックハウゼンの楽曲「Right Durations」のように、音の長さに関しては詳細に記述しているにもかかわらず、その音の高さに関しては一切記述されていないテキスト・スコアすらあります。こうした楽譜は、演奏者の即興演奏に加えられた制約、とよぶこともできます。
 
筆者の作品「動く図形楽譜と2台のピアノ」では、左右に分割された図形楽譜のアニメーションが投影され、2台のピアニストがそれぞれの映像を解釈し、演奏を行うというものです。ビデオを見ていただいてもわかるように、即興的でありながらも完全な即興ではない表現が得られます。この場合、楽譜は指揮者としての役割も果たしています。
 
Performance of "Graphic Score Animation for Two Pianos" (Homei Miyashita)

【 ビデオ再生 (Real Player 2.18MB) 】
 
 
ところで、演奏者が演奏に集中するとき、しばしば目をつぶることがあります。そういうときは、指先と耳の感覚を鋭敏にしているに違いありません。視覚情報処理は演奏にそれだけの負担になっているのです。こうしたことから、視覚的ではない形で音楽情報を提示する研究が、最近はじまっています。
 
代表的なのが、静岡文化芸術大学の長嶋先生らによるBio-Feedback Systemで、低周波マッサージとしても商品化されている電気パルスを用いて、ダンサーに同期信号を送る試みを行っています。ちょっとサディスティックですが、新しい身体動作を引き出すことにも成功しています。他にもバイブレーションを用いて伝達するVibriotactile Suit というのがあります。
 
しかし、こうした器具はウェアラブルなもので、演奏者の身体運動を阻害している側面があります。私たちは演奏者が楽器とインタラクションを行っているまさにその「接点」において情報提示ができないかと考え、温度を用いることにしました。そのひとつの理由は、con fuoco(炎のように)という音楽用語にも代表されるように、音楽の情動表現と温度感覚というのは直感的につながっているところがあるからです。また、電気パルスやバイブレーションが瞬間的なオン/オフ信号であるのに対し、温度は量的に変化させることができ、かつ持続的に伝達できるというメリットがあります。
 
システムは、ピアノ鍵盤にペルチェ素子を敷きつめることによって実現しました。これは、熱を片側の面からもう一方の面に移動させることができる素子で、電流の極性によって熱くも冷たくもできるという特徴があります。システムはMIDI信号を受信し、それに応じて鍵盤の温度を変化させることができます。MIDIシーケンサを利用すれば、各鍵盤における温度変化を構築することができます。
 
 

Thermoscore System
 
 
このシステムを実際にどう使用するかですが、私たちは二つのアプローチを提案しています。ひとつは、熱いモノは長く触っていられないというメタファーを利用し、作曲者が弾いて欲しくない鍵盤を熱くするというものです。(もちろんピアニストの大事な指をやけどさせる必要はないので、情報が伝わる程度の温度に加減します)。熱い鍵盤を弾いてしまったとき、演奏者はその音を短くしたり、熱くない音への「経過音」にしたりすることで反応します。
 
 
   
Example of (a) music image in composer's mind and (b) corresponding thermoscore image

 
もうひとつの使用法は、クロマプロファイルを使用するという方法です。これは筆者らが提案する楽曲分析の方法で、MIDIデータからCやC#がそれぞれ何回登場しているかをカウントし、レーダーチャート上に表示するというものです。例えば、ベートーベンのピアノソナタ「月光」は下図のようなクロマプロファイルを持ちます。嬰ハ短調で作曲されているため、主音のC#や属音のG#が高い頻度で鳴っていることがわかります。
 
"Moonligh Sonata" Op.27 No.2 (L.v. Beethoven)
 
これに対し、たとえばシェーンベルグの楽曲は、無調主義の影響をうけ、どの音もより近い頻度で用いられていることがわかります。
このように、クロマプロファイルは楽曲の調性や作曲者、さらには作曲された時代の特徴をも視覚化する方式なのです。
 
"Six little pieces for piano" Op. 19 (A. Schoenberg)
 
 
さて、このクロマプロファイルの頻度を即興演奏に適用するにはどうしたらいいでしょうか?筆者は、クロマプロファイルにおいて高頻度な音ほど鍵盤の温度を下げ、低頻度な音ほど温度を上げることによってその確率制御を行うことを提案しています。もちろん、最終結果としての音楽が、意図通りの確率頻度で演奏されるかどうかは演奏者によって異なるります。熱い鍵盤であっても演奏者がそれを鳴らしたいというのならば、別に鳴らしてもかまわないわけです。それはちょうど、楽譜の解釈によって演奏が人それぞれ異なるのと同じようなものです。
 
 
Thermoscore that is expected to lead to the performance of the "Moonlight Sonata" Op.27 No.2
 
 
音楽というのは、作曲者と演奏者のコラボレーションであるといえます。楽譜というのも、作曲者から演奏者への「命令」というよりは、協調作業のためのコミュニケーションメディアなのです。サーモスコアを使用すると、作曲者の存在感や感情、あるいはぬくもりが演奏者に伝わります。通常、作曲者と演奏者が会うことはない(あるいは会うことができない)ですが、サーモスコアはこの協調作業に対する意識を覚醒するという意味でも革新的であるといえるでしょう。






Homei MIYASHITA, Kazushi NISHIMOTO:"Thermoscore: A New-type Score with Temperature Sensation", NIME04, Shizuoka University of Art and Culture Hamamatsu, June 3-5, 2004 
【 PDFファイル ダウンロード 】
 

宮下芳明,西本一志:"MIDIデータからのクロマプロファイルの抽出と分析",情報処理学会, 情処研報2003-MUS-51,pp.97-101, 2003.

 

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