■ 最高の食材+腕利きの料理人 −『サトラレ』−

 小さい頃、もしかすると自分以外の人間はみんな宇宙人で、突然うしろを振り返ると全員化け物の顔に変わっているのではないか…などと思ったことありませんか? 「そんなんお前だけじゃ」と言う人もいるが、後に読んだり見たりした作品にもしばしば幼少時にそういう妄想を抱いたという人物の記述があり、自分だけではないことを知って少し安心した。だからこの漫画のような「自分だけが特別な立場にいることに自分だけが気付いていない」という状況の物語には感情移入してしまう。

 民間伝承の妖怪に、人の心を読む「サトリ」というのがいる。本作品に出てくるサトラレはその逆で、思っていることが周囲に筒抜けになってしまう人のこと。それだけならなんだか筒井康隆のショートショートに出てきそうな情けない人物で、ノイローゼになって自殺してしまうというオチで終るような話だ。ところが作者はもう一ひねりして、このサトラレたちはずばぬけた優秀な頭脳の持ち主であるという設定を加えている。彼らが自殺でもすれば人類にとっての大損失である。そこで、彼らに自分がサトラレだということを絶対に悟られないよう、政府は秘密裏にサトラレにSPをつけて厳重に身辺警護している。かくして「自分が特別であることに気づいていない」サトラレたちの悲喜劇が生まれる。

 うまい設定だなぁ。この設定で作者は半分勝ったも同然だな。料理に例えれば、最高の食材を手に入れた料理人のようなものだ。もちろん最高の食材も料理の腕が下手では台なしで、この設定からどのような話を展開し、どのような結末へと導くのかは作者の腕の見せどころ。本作品では「もしもサトラレが恋愛したら」「もしもサトラレが医師だったら」…といった命題を置き、それに対して「こうなるだろう」というアイデアを次々に繰り出して、読者との知恵比べともいえるシチュエーションドラマを繰り広げる。それはある時はラブストーリーに収束し、またある時は涙を誘う人情噺に結実する。が、各エピソードに共通して言えるのは、どれもサトラレという宿命故に人一倍傷つきながら、それを克服して強く生きる道を見つけていく彼らの姿を描いている点だ。それゆえ読者は心を動かされる。作品全体に人間肯定の姿勢が貫かれていて、清々しい読後感を味わわせてくれる。作者の料理人としての腕は確かだ。

 一つ気になったこと。作品に登場する西山というサトラレは、自分がサトラレであることは知らないが、世の中にサトラレという人種がいることは知っているらしい(1巻1話 13 ページ)。優秀な頭脳を持つ彼のことだから、いくら周囲がひた隠しにしても「もしや俺はサトラレなのでは?」という疑いがふと頭をよぎることはないのだろうか。サトラレにはサトラレの存在そのものを秘密にするのが政府のとるべき方針なのではないか? もちろんそのためにはサトラレのサの字もマスコミに乗せられなくなり、非サトラレへのサトラレ情報の伝達が難しくなるのは確かだが。他にも、子供2人が落ちた縦型の排水溝は、なぜ落ちた時は空だったのに落ちた途端に水が溜まり始めるのか(1巻2話)など、細部に合点のゆかぬ点が無きにしもあらずであるが、ま、とにかく面白い作品なので細かいことは言うまい。

 物語のメインキャラクター的なサトラレは西山と里見の2人である(もちろん彼らは互いに面識はない)。注意して見ると、2人とも左利きだ。おそらく作者の意図だろう。実際、天才には左利きの割合がふつうより多いのはよく知られた事実。何か関連があるのかもしれない。
 ストーリー上、西山は主に情けない妄想や恥ずかしいハプニングの担当、里見は生命や倫理といったシリアスな問題に直面する担当、というふうに役割分担しているようだ。「日本に13人しかいない」サトラレのうちすでに7人が作品に登場した。今後は様々なタイプのサトラレの描写よりも、サトラレを取り巻く普遍的な状況や問題がより深く堀下げられる模様。

 サトラレは不幸なのだろうか。
 確かに彼らにはプライバシーというものがない。動物園で見せ物になっている動物と同じだ。彼らが真相に気づけば、ストレスによる苦痛は想像を絶するものだろう。
 しかしある意味では幸福だとも言える。なぜなら、彼らは他人から誤解されることがない。疑われることもない。言いたくても言えないことで人間関係がぎくしゃくするようなトラブルとは無縁だ。考えを他の人に伝えるのがどちらかというと不得手な私としては、サトラレの思念波が周囲50mに伝わる様子に軽いカタルシスすら感じているようなのだ。
 「人の心が見えないことの方が、現在では人の心を苦しめているのかもしれない。そしてそんな時代が彼達(サトラレ)を生み出したのかもしれない」という東医師の独白(1巻4話 145 ページ)が、そのまま作品のテーマを語っていると思う。

 この先、終盤が近づくにつれて、サトラレどうしが出会ってしまったり、サトラレが自分の正体を知ってしまうシーンも描かれるのであろうか。最後にはサトラレたちが自分の不思議な性質を受け入れて、SPなどいなくとも非サトラレたちと幸福に共生する方法が提示されるよう願わずにいられない。いずれにしても、今後の展開から目が離せない。(01. 10. 4)


■ 佐藤マコト『サトラレ』月刊イブニング連載中/コミックス2巻まで既刊(2001- 講談社)

After 5