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Aphanothece sacrum

スイゼンジノリ由来多糖類「サクラン」について

1920年にStaudingerが高分子という概念を提唱する論文を発表して100年が過ぎようとしています。当時、このような概念は異端的とされ認められるものではありませんでしたが、その後の高分子科学の発展は目覚ましいものがあります。特に現代生活に欠かせないプラスチック製品をはじめ、増粘多糖類や粘結剤など食物や薬剤成型に欠かせない大きな物質系を形成しています。プラスチックの耐衝撃性や多糖類の粘性は共有結合で結ばれた糸状構造に由来します。あらゆる結合の中でもっとも強い結合で作られた分子の糸は物質中で絡み合い、外部刺激により絡み合い点が移動したりほどけたり、再度絡み合ったりしながら独特の粘りを生み出しています。従って、この分子の糸は長ければ長いほどその高分子性が強く示されます。実際、グルコース1分子の分子量は180 g/molですが、その10倍の1,800 g/mol程度のオリゴ糖では若干粘性が高いような気がする程度の効果がみらるにすぎません。高分子性は18,000 g/mol程度から現れ始め180,000 g/molでは顕著となります。増粘多糖類はさらにこの10倍の100万g/molを超える分子量を持ち、極少量の添加でも多くの食品を増粘させゲル化させます。マヨネーズの粘性を思い出せば分かりやすいと思います。12年前、金子研究室では、さらにさらに10倍にもなる1000万 g/molを超える多糖類「サクラン」の抽出に成功しました。現在ではそのけた違いに高い物性・性能、つまり「超・高分子性」を利用した製品が世界で流通し始めています。

サクランはAphanothece sacrum(和名:スイゼンジノリ)という日本固有ラン藻(写真左)から新規に抽出された硫酸化多糖類です。スイゼンジノリは養殖方法が確立されている数少ないラン藻であり、我々はスイゼンジノリの単細胞がサクランなどの細胞間物質と相互作用して集合しコロニーとなったものを江戸時代から食してきました。抽出により繊維状のサクランを得ることが出来ますが(写真右上)、この繊維は空気中でも安定しており、自然に吸湿して潮解する現象は見られません。この繊維状のサクランを水に溶解させるためには加熱し、機械的に撹拌する作業を要します。またサクランの水溶液は非常に粘性が高く、増粘剤として用いられるキサンタンガムと比較しても、数倍高い値を示します。

サクランの構造を分析するために元素分析法やあらゆる定性分析法や分光学的手法を駆使した結果以下のことが分かりました。まず、主成分は多糖であり、かつビュレット法で陰性であったことからたんぱく質の存在は否定されました。また、一つの単糖構造の中にアミノ基、カルボキシル基、硫酸基の3つの官能基を有する硫酸化ムラミン酸という新規糖の存在が確認され、ムラミン酸にヘキソースが連結した状態のオリゴ糖も検出されました。ムラミン酸は一般にはグラム陽性菌の細胞壁中のペプチドグリカンに含まれる物質です。従って、これらの菌が混入した可能性もありますが、ムラミン酸に硫酸化やヘキソース化が行われると水溶性が付与されペプチドグリカンとしての機能が失われます。これにより細胞壁が破壊されてしまうためグラム陽性菌の混入は考えられませんでした。そうなると、やはりムラミン酸誘導体はサクランの構成糖の一つとして考えるのが妥当で、サクランは新規糖を含む新規多糖類であると判断しました。そこで、我々はこの多糖類をスイゼンジノリの種名である「sacrum」の語尾をan(多糖類という意味の接尾語)に置き換えることでsacran (サクラン)と名付ました。サクラン分子鎖全体における硫酸基の割合は、各糖残基当たり約12%程度、カルボン酸は約27%程度であり、総じて負電荷の量は39モル%程度つまり2~3個の糖残基中に1個の負電荷が存在し、サクラン分子鎖には極めて多くの負電荷が密集していることが分かりました。アミノ基の総量は1%にも満たない程度の少量ですがこれがサクランの機能の一つである非線形光学効果を示すために重要な役割を果たしていることが、本学水谷研により発見されています。次に、サクランの分子量をプルランとの比較によりサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)法で調べた結果、平均分子量は1000万から1700万であると推定されました。しかし、この値は一般の高分子と比較すると、例えば、ペットボトルで使用されているポリエステルの分子量は5万程度、この世で最も大きい分子量を持つとされるDNAでさえ抽出後は600万くらいまで落ちることを考えると、あまりにも大きい値でした。そこで、荷電化粒子検出器という一般の屈折率測定法の100倍もの感度の検出器を用いて低濃度による測定を行った結果、0.001重量%の超希薄溶液においてサクランの分子量は1000万を超えることが示されました。さらに超高分子量体であることを決定付けるために絶対分子量を測定できる多角度静的光散乱(MALLS)装置を検出器として組み込みました。これにより、サクランを何度も抽出しなおしてその絶対分子量を測定しなおしても1600万から2900万程度であることが分かりました。この測定法では想定される様々なモデルを用いて分子量が計算されますが、いずれのモデルを用いても1000万を超える値となり、サクランが超巨大分子であることが証明されました。次に、サクランのサイズを直接測定するために、原子間力顕微鏡によりその姿を観察したところ13μmもの長さの物質が存在することが分かりました。人間の産毛の太さが50μmであることを考えると、サクランは実に大きい分子であることが分かります。その主な構成糖はグルコース、ガラクトース、キシロース、フコース、ラムノースなどの中性糖といくつかのウロン酸と硫酸化ムラミン酸などの酸性糖、および上述のように少量のアミノ糖が含まれます。

最近はこのサクランをあらゆる手法でハイドロゲル化し(写真右下)、サクランがそもそも細胞体を包む物質であることを生かして組織工学への展開を目指して研究を進めています。

Aphanothece sacrum (日本名:スイゼンジノリ)
Aphanothece sacrum (日本名:スイゼンジノリ)は日本固有種の非常に希少で重要な藍藻です。現在は福岡県と熊本県で人工的に養殖されています。



Aphanothece sacrum (日本名:スイゼンジノリ)
多糖類サクランはA. sacrumから当研究室で初めて抽出された分子量が1000万を超える超巨大分子です。
アミノ酸で架橋した サクランゲル
アミノ酸で架橋したサクランゲル
サクランの特徴
  1. 保水力に非常に優れている(当研究室の調べでは純水を自重の6000倍近く、塩水でも2000倍程吸水出来る事が分かった。)
  2. 構成単糖の種類が11種以上同定され、非常に多様で複雑な構造を有している。
  3. 非常に高い溶液粘性とチキソトロピー性を示す(キサンタンガム以上)。
  4. 低濃度水溶液(0.2%程度)でネマチック液晶相を示す。
  5. カチオン(重金属、アレルゲン、ウイルスなど)効率よく吸着する。