SHG顕微鏡による蜘蛛の糸の観察

 光の倍音(SHG)の顕微鏡は、「対称性の破れ」を選択的に見ることができる顕微鏡です。 例えば、下の図に示しているトランプのカードのマークをそれぞれ分子だと思ってください。 4つのマークの中で、ハート、スペード、クラブは上下対称ではありません。一方、ダイア モンドのマークは上下左右対称です。このような分子が混ざって存在した場合に、その集団 を普通の顕微鏡で見ると左の図のように全ての分子がみえるところが、SHGの顕微鏡で見ると 右の図のようにダイアモンドの マークは見えず、他の3つのマークが選択的に見えます。これはダイヤモンドのマークは 反転対称性を持ち、他のマークはその対称性が破れているからです。


 

 この性質を用いて色々な試料を見てみると面白いことが期待されます。 対称性が破れているということは、何かの状況が空間的に変化しているということですから、 物質の表面や界面の現象も選択的に見えますし、生物の成長点なども見えるかも知れません。 ここでは、蜘蛛の糸を見てみた例を紹介します。



 下の図は、蜘蛛の巣の糸を拡大して見た図です。



 (a)の図は、普通の光学顕微鏡で見た、蜘蛛の巣の拡大図です。上下方向に横糸(spiral line)が見えます。獲物を捕まえるための粘着球(Sticky ball)も見えます。左右方向には縦糸(radial line)が見えます。蜘蛛はこの縦糸を伝って、自分は足が囚われることなく移動することができます。(b)の図は(a)と同じ箇所をSHG の顕微鏡で見たものです。左右方向の縦糸のみからSHGが出ていることがわかります。粘着球からも光が出ていますが、これは蛍光であることが別の測定からわかりました。縦糸のみから出ている理由は、蜘蛛の糸を形つくっているfibroinというタンパク質の中のβシート構造が縦糸にのみ含まれていて、それが配向して対称性の破れが発生しているからだと考えられます。


  下の図は、蜘蛛の牽引線(dragline;蜘蛛が高所から吊り下がっていくときに使う糸)を引き延ばして、SHG顕微鏡で観察したものです。蜘蛛の糸はゆっくりと切れていくのですが、その間にSHG 像に変化があることがわかりました。まず力を加える前(左上の図)は、上から1/3程度のところにほのかに糸のSHG像が見えることがわかります。0s(秒)の時に、Aの箇所にSHGの強い箇所が現れました。60sから960sまでは、SHGが強い場所がどんどん長くなりました。そして1080sにはB点で、1200sではC点で新たにSHGの強い場所が発生し、最後に1380sに蜘蛛の糸は切れました。



 これは一体何を意味しているのでしょうか?


 下に私たちが考えたモデルを示します。



 まず蜘蛛の牽引線は実際は2本の糸からなっていることに注意します。牽引線を両側から引っ張ると、まず一本の糸が切れます。次に、残った方の糸は1本だけで同じ力に対して持ちこたえようとします。そうすると糸は伸びますが、その時に下に描いたように、タンパク質中のβシートが整列し硬化が起こると予測されます。その整列によって対称性の破れが起きて、この部分からSHGが発生すると考えられます。蜘蛛の糸はこのようにして、切れるまでの時間を稼ぎ、蜘蛛がその間に危機を脱出することができるのです。





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