土清水の謎




土清水の地名と由来

 「つっちょうず」「つちしょうず」とも云う。開村以前は土清水野と云う原野であり湧清水が多かった事が地名の由来と推定される。 正保三年「一六四六」加賀藩の命により田中覚兵衛が 現 寺津町より寺津用水を開削。 上野 牛坂と共に灌漑の恩恵を受ける。慶安四年「一六五一」現石引二丁目にあった加賀藩火薬製造所が焼失後万治元年「一六五八」当村に移転し廃藩まで煙硝蔵として続いた。 寛文六年「一六六六」土清水新開地は一村立を認められ 上野新 横江 牛首 徳光 増泉 館村井 上安原の八カ村の出身者が土清水村を築いた。宝暦十三年「一七六三」当時の村の名産はソバであった。 明治四年廃藩置県により金沢県が誕生。 翌明治五年石川県石川郡土清水村となり明治九年時には戸数二十 人口百二十七名であった。明治二十二年に崎浦村字土清水と名称が変更昭和十一年金沢市に編入土清水町となり当時より果樹栽培が盛んとなる。平成元年には戸数一五八 人口七百名に発展。これ偏えに祖先の恩恵と住民の努力の賜である。 ここに土地区画整理事業の完成を記念し 永く郷土の歴史に残すものである。