北の国から 2001

駒澤大学 文学部 自然科学教室
上原 隆平
uehara@jaist.ac.jp

はじめに

5月某日、私の尊敬する研究者の一人であるT北大学のA野さんから メールが届きました。

きっと今ごろはWaterloo大学にて,充実した研究生活を送っておられる ことと思います.そこで,もし可能でしたらば,そちらの様子や, ``行く前''と ``行ってみて''のギャップなどについての原稿など
について何か書け、という打診のメールでした。

前回のLAの会誌にうっかり書いてしまったのですが、非常に幸運なこと に、私は今年度は駒澤大学の在外研究制度を利用できることになりました。 これを利用して現在は Canada の University of Waterloo に滞在させていた だいております。そんなわけで、今回は前回の続きということで、 カナダ生活についてレポートします。 ただしまだこちらに来てから2カ月強しかたっていないし、なにより こちらの冬を体験しておりませんので、やや中途半端かもしれませんがお許し 下さい。在外研究を考えている方の一助にでもなれば幸いです。

カナダ生活

私が住んでいる Waterloo は Ontario 州にあります。 日本から見るとちょうど最も遠い方で、 時差も夏は13時間、冬は14時間あります。 Waterloo は Kitchener という町とセットで Twin city と呼ばれています。 二つの町を合わせても人口は20万人前後の小さな田舎町です。 Toronto からは150Kmくらいしか離れていないのですが、 町の雰囲気はまったく違います。 Toronto は大都会なのですが、Waterloo 近辺はかなり田舎です。 ちょっと町を外れると、馬も牛も鹿もアライグマもいます。 ゴルフ場やスキー場もあります (私はゴルフもスキーもやらないのですが…もったいない??)。 Waterloo の北には St. Jacobs と呼ばれるもっと小さな町があり、 ここにはメノナイトと呼ばれる人々が住んでいます。 彼らは自給自足を原則とし、近代文明を拒否して、農耕中心で、 今でも馬車で生活しています。 でも別に排他的でもなんでもなく、そこの Farmers Market では、 彼らの農作物や加工品を買う事ができるのですが、とても安くておいしいです。

では町の紹介が終わったところで、カナダ生活のあれこれを思いつくままに 並べてみます。

買い物

「なんでもデカい」の一言につきます。 スーパーマーケットで売っている食料品 の単位も大きく、3L の牛乳とか、15L のミネラルウォーターとか、 最初はビビります。店舗も広く、天井も高く、カートも巨大なので、 まるで自分が子供に戻ってしまったかのような錯覚に陥ります。

私がもっとも印象的だったのがDIYの店で、 『ドア』とか『窓枠+窓』とか、こんな巨大なものを…と 思うようなものを天井から吊して売っています。 さすがに吊してはありませんでしたが「温泉用のバスタブ」なんかも 売ってました。『今日は暇だからちょっと窓でも変えてみるか』とか、 『今度の週末は、庭に温泉でも作るか』とか、 そういう人がけっこういるんでしょうか…?

公共の交通機関と車

Toronto や、私がすんでいる Waterloo は公共 の交通機関(特にバス)がかなり発達していて、乗りこなせばそれで十分生活で きます。 私の同僚も車なしで生活しています。ただ、やはり買いものに不便をするよう です。体力と気力が十分あればバスでも生きていける、 という感じかもしれません。

ちなみに私はやっぱり自転車で通学しているのですが、妻が買いものに不便な ので中古車を買いました。日本車は高いので、 Chevrolet (シボレー)という左ハンドルの外車(?)です。 夫婦揃ってペーパードライバーだったのですが、 カナダでの運転は簡単そうです。 しかし保険や、免許証の書き換えなどの事務手続きは大変でした。

気候

ここの気候は、北海道よりちょっと寒い、というくらいです。 つまりとても寒いです。こちらについた3月後半は 湖が凍てついていましたし、4月の半ばまで雪が降りました。 6月上旬現在は、日中の最低気温は10度前後、最高気温も20度弱といったとこ ろです。基本は長袖です。夏はとても快適なはずです。 冬は… University of Waterloo では、すべての建物が地下道でつながってい るそうです。たぶんそれくらいキビしい、 ということなのでしょう(今はまだヒトゴト…)。

電話

カナダの一般家庭の電話は、市内通話は無料です。しかしもちろん国際電話は それなりに高いです。国際電話を安くかける方法はないか、いろいろな人に聞 いてみると、こちらでは選択肢が無数にあることがわかってきました。 なかなか deep な世界なのですが、私が今までに見つけた 最も安いプリペイドカードの場合、 日本まで1分6円程度でかけることができます。 日本の国内通話よりも安いとは、不思議な世界です。

郵便 v.s. WWW

あるとき、私の母が EMS で郵便を送ってくれたのですが、 行方不明になってしまいました。 しかし、今は郵便物を自分で追跡できる Web ページがあるのです。 便利ですね〜 (ちなみに 『郵便ホームページ』から たどりつける 『郵便追跡システム』 です)。外国に到着後も、現地の同様のシステムでさらなる追跡が可能です。 カナダではなんと受け取り人のサインまで画像で確認できます!!

同僚にそれを聞いた私は、早速追跡してみました。すると、どうも隣町(と言っ ても50Kmくらいは離れてますが)に誤配され、それっきりそこで止まってしまっ ているようでした。そこで早速 E-mail でクレームをつけてみると、 驚いたことに数時間後には自宅に届いていました。う〜む、すごい!

子供の小学校

Toronto の日本人学校は、土曜日しか開校されません。 そのため私の子供は、月曜日〜金曜日は地元の小学校、 土曜日は Toronto の補習授業校、と二つの学校に通うことになりました。 土曜日の補習学校は、日本の学校と進度を合わせる ために、どっちゃり宿題を出してくれます。家族で在外研究に来て、一番大変 なのは実は子供かもしれません。私の子供の場合は、月曜日〜金曜日は「サッ カー、サッカー」、土曜日は「バスケ、バスケ」と楽しそうにそれぞれの学 校に行っているので、なんだか大丈夫そうですが。最近は「おとうさんの英語 は発音が悪い」などとキビシイことを言うので、ドキドキしています。

おまけ…日の目を見なかった問題(その3)

これで終わってしまっては、単なるカナダ紀行文になってしまうので、おまけ クイズです。個人的には「お気に入り」なのですが、後で出てくるような事情 で日の目を見ず、お倉入りになってしまった問題です。

背景:

グラフの再構成問題、と呼ばれる有名な未解決問題があります。

頂点数nのグラフGから、1つの頂点(と付随する辺)を取り除きま す。この操作はn通り可能です。 こうしてできた頂点数n-1n個の部分グラフたちを、Gの Deck と呼びます。 さてここで問題です。 どんなグラフGでも、その Deck はユニークなのでしょうか。 つまり、ある Deck が与えられたとき、その Deck を生成するような グラフGはただ一通りに決まるのでしょうか。答えはたぶん Yes だ ろう、と多くの人は思っている(ホント?)のですが、いまだに部分的 な解決しか得られていません。 (文献[Nas78,BH77]がわかりやすいですが、内容が古いです。 文献[Bon91]が内容も新しいです。)

アイデア:
『1つの頂点』なんてケチ臭いことを言わずに、k個の頂 点を取り除いてみましょう。このとき Deck の中には頂点数n-kの 部分グラフが(nk) 個あることになります。この Deck を Deckk(G)と書くことにしましょう。すると、、、 といったことがわかります。直観的には『グラフの局所的 な類似度が高ければ高いほど、より小さなkDeckk(G1)=Deckk(G2)になる』と言えそうです。 そして、このモノサシを使えば、 任意のグラフ間の『類似度』が測れそうな気がします。
問題:
上記のモノサシで『最もよく似た二つのグラフ』とは どんなものでしょう。 つまり、同型でないG1G2なのに、かなり小さなk に対してDeckk(G1)=Deckk(G2)となるものを見つけて下さ い。これだけではちょっと漠然としているので、 レベル分けしてみましょう。
初級
G1,G2はそれぞれ 2m 個の頂点を含むとします。 このとき、Deckm+1(G1)=Deckm+1(G2) を満た すG1,G2を 作って下さい。またそれを証明して下さい。
中級
G1,G2はそれぞれ 2m 個の頂点を含むとします。 このとき、Deckm(G1)=Deckm(G2) を満たす G1,G2を作って下さい。またそれを証明して下さい。
上級
中級以上によく似たグラフはあるのでしょうか?
実はこの問題(と答)は日本にいるときに、ふと思いついたものなのですが、 私が考えた解答と証明では『鳩の巣原理』が意外なところで効力を発揮します。 そのあたりがなかなか楽しいのですが、ここではヒミツとします。

さて[初級]や[中級]の解答を見ると、それ以上改善するのは難しく見えます (ヒミツにしておきながらナンですが…)。 n/2は一種の Threshold なのではないか、、、という気がしてきます。 私は日本をたつ直前に、[中級]の解答を得て『もしかして新しい結果なの ではないか』と思い、Waterloo についてから、早速調べてみました。 すると文献[BH77](pp.253)に、[初級]の解答が既存の結果として 指摘されていました。 しかし、いかにも古い文献なので、もっと新しい文献を、、、と 探しているうちに、文献 [Bon91]にたどりつき、そこからイモズル式に 文献[Nyd92]にたどり着きました。これは[上級]への解答 になるので すが、私が古い文献片手に n/2 あたりでもたもたしている間に、 上級者はとっくにcn(cは任意の正定数!!)にたどり着い ていたのでした。 群論恐るべし、です。

おわりに…おまけの蛇足

Waterloo について、私は早速上記の結果を調べるために図書館を利用するこ とにしました。そこで私は最初のカルチャーショックを味わうハメになりまし た。まず Waterloo の図書館は膨大です。いきなり行っても、迷宮に迷い来ん で脱出することができません。そのためデータベースが非常に充実しています。 いろいろな手がかりから文献を検索することができます。そして 文献の電子化もかなり進んでいます。Waterloo での私の文献検索の手順は、
  1. 例えば The Collection of Computer Science Bibliographies などのデータベースでキーワードを与えて、関連がありそうな文献を ピックアップする
  2. Waterloo の図書館の Web ページをアクセスして、その文献を探す
  3. 電子化されていれば、そのPDFファイルをダウンロードする
以上で終わりです。最近の主要なジャーナルはほとんど電子化されているの で、即座に入手できます。つまり研究室の端末に向かっているだけで、 文献のPDFファイルが入手でき、必要なら印刷もできるわけです。 電子化されていない文献も、上記の index をメモして図書館に行けば、ピン ポイントで見つけることができます。ちなみにこの図書館は、私の研究室と同 じ建物の中にあります。 特に古い文献を遡って行くのではなく、より新しい文献を探す場合は、こうし たシステムの利用は、非常に有効です。しかし…はたして私はこの環境から元 の日本の環境に戻れるのでしょうか…。それが今の最大の問題です。
[BH77]
J.A. Bondy and R.L. Hemminger. Graph Reconstruction --- A Survey. Journal of Graph Theory, 1:227-268, 1977.
[Bon91]
J.A. Bondy. A Graph Reconstructor's Manual. In Surveys in Combinatorics '91, pages 221-252. London Mathematical Society Lecute Note Series Vol. 166, Cambridge, 1991.
[Nyd92]
V. Nýdl. Finite Undirected Graphs Which are not Reconstructible from Their Large Cardinality Subgraphs. Discrete Mathematics, 108:373-377, 1992.
[Nas78]
C.St.J.A. Nash-Williams. Selected Topics in Graph Theory, chapter 8. The Reconstruction Problem, pages 205-236. Academic Press London, 1978.

Last modified: Fri Nov 8 16:42:38 EST 2002
by R.Uehara (uehara@jaist.ac.jp)
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