研究内容

 Bregmanは、聴覚が音を通じて情景解析問題を解くために利用している制約条件を四つの発見的規則としてまとめた。 この発見的規則は、聴覚の情報処理に関する定性的な関係を示している。 そこで、情報科学の見地から、聴覚における音の物理的情報表現とこの発見的規則に対応する定量的な制約条件を検証することで、聴覚の計算理論を構築できる。
 本研究では、音の分離・抽出に関する聴覚の計算理論の構築を試みるため、音の分離における情報表現と発見的規則に対応する制約条件を議論し、聴覚の情景解析に基づいた信号分離の計算モデルを構築する。 その後で、この計算モデルにおける制約条件を定量的に検証し、その必要十分条件を導くことで、雑音中から望みの信号を分離・抽出するときの聴覚の計算理論を構築する。 具体的には以下の手順で研究を行う。

1. 音響信号の情報表現:

 本研究では、物理量として振幅スペクトルと位相に着目し、これらが聴覚フィルタ群で処理されることを模擬する。 聴覚フィルタ群は、基底膜の特性をより良く模擬しているgammatoneフィルタを利用した聴覚フィルタバンクとする。 また、これらの物理量を用いて、二つの信号波形を厳密に分離できるように定式化を行う。

2. 聴覚処理の制約条件:

 本研究では、四つの発見的規則を、信号分離問題を解くための制約条件として利用する。 また、自然界に存在する単純な音の分離問題から、より複雑な音の分離問題へと拡張し、制約問題を定量的に検証する。 そのため、分離対象となる信号を(1) 純音、(2) AM音、(3) AM調波複合音、(4) FM音、(5)音声信号の順に拡張し、この信号分離問題に取り組む。

1.、2.を議論した結果から、雑音中から望みの信号を分離・抽出する問題における情報表現と制約条件を明らかにする。 このとき、制約条件は十分条件であるため、聴覚が音を分離するときの「入力、出力、処理過程」を示したにすぎない。 そこで、この結果から必要十分条件を導き出すことで、雑音中から音声などの信号を分離・抽出する際の聴覚の計算理論を構築することが可能となる。


Masashi Unoki(unoki@jaist.ac.jp) Apr 14, 1995