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学長メッセージ

学長対談[前能美市長 酒井 悌次郎氏]

学長対談(能美市長)
 北陸先端科学技術大学院大学は、平成28年度から、研究科統合という一大改革をもって体制刷新と機能強化を図ります。こうした大学の取り組みとこれからの展望を、緊密な連携を結んできた能美市の酒井悌次郎市長と本学の浅野哲夫学長との対談を通して広く社会に発信します。

能美市の課題解決に本学が協働

学長対談(能美市長)

浅野 北陸先端科学技術大学院大学(以下、JAIST)は1990年、わが国最初の「学部を持たない大学院大学」として誕生しました。他の大学の学部生を受け入れる特別な存在です。留学生が全学生の3割を超え、仕事を持つ社会人あるいは仕事を辞して入学してきた人が4割を占めます。こうしたグローバルな環境ゆえに日本人学生は鍛えられ、社会で生き抜くために必要な力を身に付けることができます。私は学長就任当初から、「知的たくましさ」ということを強調し、学ぶ場所を変え、分野を変えることで、幅広い経験と知識を果敢に求める姿勢を身に付けさせようとい教育方針を打ち出してきました。
 もう一つ、提唱してきたのは、「地域に根ざそう」ということです。地域との良好な関係を確立した上で世界へ進もうという姿勢を貫きたい。能美市や北陸経済連合会との連携活動や、学生の地元への定着を重視したいと考えています。

酒井 平成2年、旧辰口町に北陸先端科学技術大学院大学が開校し、平成27年の今年、四半世紀になります。平成17年には旧辰口町、寺井町、根上町が合併して能美市が発足。翌年、JAISTと学官連携協定を結び、能美市が直面する課題に対し、JAISTの知見を生かした助言をいただくようになりました。
 能美市は伝統工芸九谷焼のまちです。かつて150億円あった売上高が3分の1に落ち込んでしまい、地場産業である九谷焼の振興は喫緊の課題でしたが、JAISTの知識科学研究科は伝統工芸イノベータ養成講座を開き、ここに九谷焼の若い経営者、市役所の職員などが参加することで大いに刺激を受け、従来、装飾品や食器の生産であった九谷焼に新製品開発として玩具のチョロQ、USBメモリの外装などが生まれました。このように、JAISTの国際的視野と地域密着体制により能美市の創成期の振興にお力添えをいただいたわけです。
 また、高齢化社会の今日、元気な能美市をどう築いていくのかも大きな課題です。これに対しても、JAISTの学生たちが市民とともに認知症予防のための実験調査を行い、私たちに有意義な示唆を与えてくれました。また、一般に、独り暮らしの高齢者が閉じこもるようになると認知症のリスクが高まるといわれていますが、高齢者の外出支援システムの構築にも学生に協力していただきました。
 その取り組んだ結果が、27年度の日経グローカルの「介護・高齢化対応度調査」で全国813市区のうち能美市は総合で第5位。さらに、JAISTとの連携に喚起された医師会が認知症対策に乗り出し、JAIST、医師会、市の連携の成果もあって能美市は個別部門「医療・介護」では全国第1位と、地域創生のための具体策を次々と提示してくれたことに感謝しています。

情報科学拠点として市の活性化に協力

学長対談(能美市長)

浅野 私は、新たな取り組みとして「StarBED」に注目しています。この装置は、1000台以上のPCサーバで構築された世界最大規模のシミュレーション基盤で、仮想的なインターネット環境をつくり出すことができます。いしかわサイエンスパーク内の情報通信研究機構(NICT)北陸StarBED技術センターに設置されており、本学の篠田教授、丹教授が管理運営しています。
 この装置を使ってサイバーセキュリティの演習が行われていますが、ほかにも多様な利用法が考えられます。たとえば、StarBEDは5~6万件の大規模なシミュレーションが可能であり、この数値は能美市の人口とほぼ同じ。ユニークなことができるのではないかと思います。

酒井 まもなくマイナンバー制度が始まり、個人情報保護の問題が懸念されます。地元の中小企業経営者にとって費用のかかる情報保護システムを導入するのは難しい。情報化社会の多様化や複雑化に応じた安全システムを構築するために、JAISTが情報科学の研究開発拠点として機能を強化してくれるよう期待しています。

浅野 情報セキュリティにおいて、本学は国内機関ではトップクラス。これほどの規模の装置、そして教員を有するところはないでしょう。情報科学研究の量、質ともに揃い、お役に立てると思います。

酒井 JAISTには情報科学研究科、NICTには北陸StarBED技術センターがあります。これを背景に情報関連の企業や新分野の企業を誘致しようと私たちは動いています。地元にとってJAISTは大いなる地域資源。大切にしたいと思いますね。

若者の地元定着や交流を促す能美市の取り組み

浅野 本年度から能美市と本学が協力し、Uターン奨励金制度を設けました。石川県、福井県、富山県は、住民の幸福度が全国的にも高い。地元に帰りたいという人は多いと思います。都会の大学を出てJAISTに進み、学部とは異なる専門分野を研究して地元に就職する。そういう期待をしている親御さんもいらっしゃるのではないでしょうか。

酒井 若者のUターンやIターンは、地方活性化のテーマの一つ。学長のご理解を得て能美市だけでなく、加賀市や小松市にも呼びかけ、この制度に参画していただくことになりました。これは政府の進める地方創生の方向にも沿ったものと思っていますし、現在策定中の市の総合戦略にも織り込んでいきたいと思っています。

浅野 本学ではまた、女子学生の発掘に力を入れています。女子は大学を出て就職というケースが多い。大学への進学率は、男女がほぼ同率であるのに、大学院進学率では、男子16%に対し、女子は7%です。留学生の場合、女子が4割を占めています。

酒井 留学生は優秀ですね。母国語、英語、日本語を使いこなす。JAISTを卒業して地域に就職し、定着してくれれば市の人口増加にもつながりますからありがたいことです。

浅野 本学は、交通の便はよくありませんが、これを弱点と見るのではなく、自然が豊かである、地域住民との距離が近い、そういうことを強みとして活かしたいと思っています。
 留学生が3割を占め、増加傾向にありますが、彼らには日本の文化を知ってもらうことが大切なことです。地域住民との交流については、国際交流協会にご助力いただいています。私が研究科長だったころ、インターンシップの外国人学生の滞在先として、当時の協会長さんが「ホームステイをやりましょう」と提案してくださり、それは、いまも続いています。ホームステイは、互いの文化を理解し合う格好の場になっています。
 また、毎年、春には山菜採り、冬は餅つきに、集落の方々から招いていただき、多くの留学生が参加しています。

酒井 能美市は、ロシアのシェレホフ市と姉妹都市として長年、交流を温めてきました。シェレホフ市やイルクーツク市へは前学長や浅野学長とともに訪問したことがあり、国際交流をサポートしていただきました。イルクーツク国立工科大学とJAISTと学術交流協定を結ぶにいたりましたが、今後もシェレホフやイルクーツクからの留学生の招へいなどを市から働きかけ、JAISTのお役に立てればと考えています。

学官連携の深化と社会の課題解決へ向けてJAIST大改革

学長対談(能美市長)

浅野 能美市には技術レベルが高く、ニッチトップの企業やユニークな製造業があります。これまでに、「日本でいちばん大切にしたい会社」に2社が選ばれていますね。

酒井 いま、人口減少は大きな社会問題。県内市町のほとんどは人口が減っています。しかし、能美市はここ10年間で2000人以上増えています。能美はものづくりの町であり、企業誘致に力を入れてきました。日本ガイシ、ジャパンディスプレイなど10年間に10社以上が進出し、来年には日本ガイシの子会社・NGKセラミックデバイスの工場が新設されます。こうした企業による雇用拡大が人口増加の背景となっています。
 市では、JAISTとの学官連携を一層推し進めたいと思っています。地元中小企業に学生を就職させてくだされば、企業の技術力、経営力が高められることになります。
 一方、能美市の経営者や市民には、「JAISTは大学院だから敷居が高い」と一線を引いている人たちがいるのも否めません。能美市の商工会は、地元へJAISTのことをもっとアピールすべきです。能美市の発足以降、JAISTと市と商工会は意見交換交流会を毎年実施し、コミュニケーションを育んできました。JAISTには国際的な活躍だけでなく、地域に密着した指導力の発揮にも期待しています。
 また、市では毎年、JAIST在学生を対象に企業見学会を行っています。その結果、地元企業や市役所に就職する学生が少しずつ増えてきました。市では、JAISTの卒業生を採用した企業に対し、毎月5万円を1年間、給与分の補助をしています。

浅野 私は学長就任以来、産学連携を大学運営の一つの柱とし、全教員参加で連携をしようという意気込みで臨んできました。市の経営者には、「JAISTは難しいことをやっている」という印象があるというお話ですが、それを払拭したいのです。
 本学の産学連携本部では、URA(リサーチアドミニストレータ)を通じて企業から大学への要望を聞き取り、企業と研究者のマッチングを図る仕組みを整えました。能美市をはじめ北陸が抱える課題を大学資金によって教員が検討し、見通しが立てばURAから企業へフィードバックし、共同研究へと繋げていくというものです。
 平成28年4月からは、本学は3つの研究科を「先端科学技術研究科」として1つの研究科に統合します。統合されても、卒業時には知識科学、情報科学、マテリアルサイエンス、どれかの学位を取得できます。また、入学時には、知識科学研究科、情報科学研究科、マテリアルサイエンス研究科の選択をせずにスタートすることになります。28年度以降の入学者は2カ月間、講義を受けながら進むべき研究室をじっくりと検討できます。従来は、所属する研究科が定める科目を受講したのですが、今後は、学生自身が将来の進路に照らし合わせて幅広い分野の科目を選択し、勉学する。学生の自主性と判断能力に期待しています。

酒井 社会の現場、日常の生活から課題は続々と発生しています。高齢者の健康維持、空き家対策、環境や自然の保護…。大学院には市民のニーズに応える研究をお願いしたい。そして、視野の広い人材、情報セキュリティの知識豊かな人材、ものづくりの発想力に富む人材を世に送り出していただければ、と思います。これからもよろしくお願いいたします。

浅野 従来、大学院というのは、研究で得たシーズを社会に向けてその応用を問うという姿勢でした。これからは、社会の課題やニーズに対し、これを解決する方策を探索する存在をめざす。これが改革の最たるねらいです。
 本学の改革の推進に向け、今後ともご協力をお願いいたします。本日はありがとうございました。

平成27年10月掲載

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