講演要旨: 人間のもつ高度な認知能力(高次脳機能)については、かつては行 動を分析することでしか計ることができませんでしたが、1990年代 から発展した脳機能イメージング技術(機能MRIや近赤外線分光法 (NIRS)などの脳機能イメージング技術を使って脳の活動状態から 私たちの考えていることを読み取ろうといった試み)によって、行 動分析から脳内メカニズムの解明、その研究成果を利用した新しい 産業の展開、というように、基礎から応用の時代へと、変遷の速度 をはやめています。 薬や機械によって本来の脳に備わっていない機能を加味したり、や、 ブレイン・マシーン・インターフェイスという、脳に電極を装着し、 そこから取り出した電気信号によって機械を動かしたり、逆に外部 信号を電極を介して脳に送り込んだりする技術が「応用」の例とし て挙げられます。 21世紀の今、ニューロエコノミクス、ニューロポリティクス、ニュー ロエデュケーションといった、脳科学の応用技術によって人間の経 済行動を予期したり、政治的志向性を調べたり、あるいは教育現場 においてよりよい学力や行動・態度を示す子どもを養成することを 目的に据えた学問領域さえ作り出されてきています。 このような、従来の医療倫理や生命倫理だけでは対処が難しいので は?と思われる社会的・倫理的問題が、脳科学研究の現場で、そし て脳と関わりを持つ種々の社会現場で登場しつつあります。ニュー ロエシックスはそのような背景を踏まえて発展してきた新しい学問 領域で、「人間のもつ普遍的な倫理・道徳・哲学観などの脳科学的 な探究(倫理の脳科学)」と「脳科学の手法や研究成果の社会的な 適用における倫理問題の検討(脳科学の倫理)」という二つの側面 を持っています。 セミナーでは、ニューロエシックス成立の背景と経過について概説 した後、世界の現状と日本で特に問題になっている事例の紹介、お よびそれらを踏まえた今後の展望を考察しながら、生命倫理・医療 倫理・研究倫理などから学ぶべき知識、そして、脳科学者ひとりひ とりに求められる「科学者倫理」とは何か、を皆さんと一緒に考え ていきたいと思います。 キーワード:ニューロエシックス、脳機能イメージング、ブレイン・ マシーン・インターフェイス、脳文化人