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研究

教員インタビュー(この人に聞く)

松本正教授

情報通信の本質に迫り不可能を可能に変え続ける情報通信理論のトップランナー

松本正教授

情報科学研究科 松本正教授

慶應義塾大学工学博士。
1980年、日本電信電話公社(現NTT)入社。2002年、フィンランド・オウル大学無線通信研究所教授、2006年独・イルメナウ工科大学客員教授。2007年より現職。専門はワイヤレス通信、情報理論、符号理論など。

2011年7月、情報科学研究科の松本正教授が、電気電子学会移動体技術ソサエティ(IEEE Vehicular Technology Society)の特別招聘講師(Distinguished Lecturer)に指名されました。
同ソサエティは、モバイルワイヤレス通信や自動車、鉄道、ワイヤレスセキュリティなど、モビィティに関する技術に関わりや関心があるエンジニア、学生、研究者のためのフォーラムであり、国際会議の開催を通じて彼らが技術情報やアイデアを共有する場を提供しています。
特別招聘講師は、ソサエティ理事会の特別招聘講師プログラムコミッティーが指名するもので、松本教授は2013年6月までの期間、世界中にある同ソサエティの各支部からの要請に応じて講演を提供します。
「特別招聘講師に指名されたことは、JAISTとオウル大学、両研究室スタッフの熱意と研究成果が世界的に認められたことの証」と語る松本教授に、これまでの研究の歩みと今後の展望についてうかがいました。

シャノン限界への飽くなき挑戦

 インターネットや携帯電話などのデータ転送速度には、情報機器ごとにこれ以上どうやっても上げることができないという理論的な限界があります。情報理論の父といわれる米国の数学者Claude E. Shannonは、1948年、この限界値を初めて式で示しました。これを「シャノン限界(Shannon Limit)」といいます。
 これ以降、情報通信産業では、いかにシャノン限界に近い性能を実現するかが技術開発の基本的な指針となっており、文字どおり世界中の研究者がしのぎを削っています。
 1993年、フランスのC.Berrouらが、シャノン限界に近い特性を現実的な処理で実現する新しい手法として「ターボ符号」を提案したことで、情報理論に新たなパラダイムが生まれました。これはPoint to Pointに情報を送る際の情報の符号化/復号化方式の一種で、ふたつの復号器間で情報の交換を繰り返しながら復号を行うというものです。「ターボ」の名称の由来は、排気をフィードバックすることでエンジン性能を高めているターボエンジンに構造が似ていることにあります。
 私たちの研究室でもターボ符号の流れを取り込み、新たなターボアルゴリズムの開発、符号器のパラメータの最適化などの研究を進めています。最新の成果としては、符号化/復号化に要する演算量が極めて少ないにもかかわらず、シャノン限界に漸近すること0.48dBという、Berrouらによるターボ符号を破る値を出しています。しかも符号設計のためにスーパーコンピュータを必要とすることもありません。この条件でこの値は世界一であると自負しています。共同研究を行っている企業では、すでに私たちの理論をベースにしたシステムを社内のシステムに導入しています。
 シャノンの情報理論はPoint to Pointの通信を想定していますが、私たちは複数の発信者、もしくは受信者がいる場合の通信モデルを扱う「ネットワーク情報理論」についての研究も進めています。
 こうした研究の先にあるのは、究極にエネルギーを使わない情報通信の世界です。今、全世界の情報通信産業が排出するCO2は、全世界CO2エミッションの約2%。これは航空業界と同等です。私たちの理論を持ってすれば、限界に近い少ない電力で確実に情報を伝送することができ、CO2の削減に大きく寄与できるのです。

日本を飛び出した情報理論の革命児

 私は大学を出た後、大手通信会社の研究所で、ワイヤレス通信の信号処理に関する研究に従事しました。第三世代の携帯電話の技術開発が行われていた頃、私は携帯電話などを用いたブロードバンドモバイル通信を実現させるには、電力効率がいいシングルキャリア方式という技術が最も適していると主張しました。しかしその主張が研究開発の俎上に上ることはありませんでした。受信側の処理が難しいことから実現不可能であるということが当時の通念だったのです。
 しかし私には必ず実現できるという信念がありました。挑戦的な研究やメインストリームとは異なる研究を認めない研究開発体制に限界を感じた私は、単身フィンランドに渡り、公募でオウル大学の教授のポストを得ました。フィンランドは人口五百万人強の小国ですが、世界シェアトップを誇る携帯電話端末メーカーであるノキア社に代表されるように、IT産業を中心に高い国際競争力を誇る国です。その強さの源泉は教育・研究環境の充実です。大学では世界各地から優秀な研究者や留学生が集まり、授業は英語で行われています。
 オウル大学で取り組んだのが、「ターボ原理の大規模分散判断システムへの応用」という研究テーマです。私たちのグループはターボ原理を適用することでシングルキャリア方式による広帯域モバイルワイヤレス通信が実現可能であることを示しました。現在シングルキャリア方式は、第四世代のブロードバンドモバイル通信の技術候補として再び広く認知されています。
 学問によって己を強くし、自尊心を守りながら独立して生きていくという研究者精神を、私はいかなる場面でも固持していきたいと考えています。

アジア諸国台頭の今、日本経済の勝機はクリエイティビティにある

 オウル大学での研究活動が高く評価されたことで、2007年、私はフィンランド政府から日本人で初めて特別招聘教授に指名され、2012年まで北陸先端大教授を兼任しつつフィンランドでも研究生活を送ります。
 私たちの研究グループは、ユビキタス環境におけるワイヤレス通信の研究を看板に掲げ、実際に大きな研究成果をあげてきました。しかしワイヤレス通信はあくまで応用の一例です。我々のミッションは、情報理論の進化をいかに先取りして情報通信に応用するか、あるいは情報理論の進化そのものをどう後押しするか、という点にあります。このことからワイヤレス通信に限らず未開拓な研究分野に貢献ができると考えています。
 これまで日本のものづくり企業は、世界の製造業をリードしてきました。しかしアジア諸国の躍進が目覚しい今、ものづくり中心の旧来のビジネスモデルはもはや成り立ちません。時代はプロダクティビティからクリエイティビティへの転換期を迎えています。私は、他の国々ができないことを他の国々に先んじてすることが、これからの日本のあるべき姿だと強く思います。そのためには今あるものをどう使うかという小手先の技術改善を繰り返していても意味がありません。本質的な問題である情報理論の進化を先取りして、原理として見せていくことが重要なのです。必ずしもハードウェアをつくる必要はないのです。

師として、友として、学生と交わる

 情報通信分野は日進月歩で進化しています。その中で私がやれること、やりたいことはまだまだたくさんあります。私のモットーは、「従来、誰もが不可能だと思っていたことを可能にすること」です。私自身、その醍醐味を、これからの研究人生でまだ2、3回は体験できると思っていますし、学生にも味わってもらいたいと思います。
 企業の未来を国が保障する時代は終りました。これからの企業は、自らの未来を自らの手で拓いていかなければなりません。私はそこに貢献できる人材を育てていきたいと考えています。
 当研究室の公用語は英語です。学生は将来、各企業で世界に勝てる研究開発を展開していくことになります。そのためには世界に通用する技術力と、それを発信するコミュニケーション能力を身につける必要があります。研究開発のプロとしての意識を醸成することも大切ですから、可能な限り学生をプロジェクトに配置し、対価に基づく責任のある研究を行うことの重要性を理解してもらっています。
 研究室の運営方針として、世界中の人が見ることができる論文のデータベースを有する学会以外での発表は禁止しています。唯我独尊に陥らず、世界の競争相手が注視する中で堂々と論文を発表して、世界に羽ばたいていってほしいと願っているからです。
 学生は私にとって、志をともにする友人のような存在です。定年でこの大学を去る30秒前まで、学生と議論を交わしていたいと思っています。

EXITチャート解析
EXITチャート解析
シャノン限界への挑戦
シャノン限界への挑戦
EXIT(Extrinsic Information Transfer)チャートは、ターボ原理に基づくアルゴリズムの動作を理化する上で不可欠な相互情報量の伝達特性を評価するためのツール。
松本研究室では2011年、
シャノン限界から0.48dBという値をシミュレーションにより導き出している。

平成23年7月掲載

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