研究

教員インタビュー(この人に聞く)

富取正彦 教授

原子・分子を見て、測って、操作するナノ科学技術を拓く。

富取正彦教授応用物理学領域 富取正彦教授 Tomitori Masahiko

東京工業大学博士(理学博士)。
東京工業大学大学院総合理工学研究科助手を経て1994年にJAIST材料科学研究科(当時)に着任。
専門は表面科学、ナノプローブテクノロジーによる表面構造と電子物性の研究、ナノ力学。

研究室ガイド 研究室HP

私たちの身の回りにあるさまざまな物質の性質を決めているのは、ナノスケールの構造、すなわち原子・分子の配列やそれらの動きです。複雑な生命現象や物理現象も、原子・分子間の相互作用で決まります。「なぜこの材料はこういう物性なのか」「どうしてこの現象が起きるのか」を理解するには、ナノの世界を見て調べる技術が欠かせません。
富取正彦教授は、走査型プローブ顕微鏡を操り、ナノスケール科学技術の開拓に挑んでいます。



走査型プローブ顕微鏡の歴史としくみ

当研究室では、原子・分子レベルの分解能を持つ走査型プローブ顕微鏡(scanning probe microscope(SPM))の開発と、これを用いたナノスケールの表面・界面現象の研究を進めています。 SPMとは、微小な探針(プローブ)を駆使してその形状や性質を観察する新しい顕微鏡の総称です。1980 年代に発明され、発展し続けています。プローブ先端を試料表面に近づけ、試料と探針の間の相互作用を検出しながら走査することで、試料表面の凹凸像や物性の情報を得る、という仕組みです。
代表的なSPMには、微弱なトンネル電流を利用する走査型トンネル顕微鏡(scanning tunneling microscope(STM))や、プローブと試料表面との間に働く原子間力を検出する原子間力顕微鏡(atomic force microscope(AFM))があります。STMは1981年に、AFMは1986年に発明され、前者の発明者にはノーベル物理学賞が授与されました。

STMの動作原理の写真
STMの動作原理の図
STMの動作原理

私たちの実験室には自作の超高真空STM・AFMがあります。装置はプローブの位置を精確に制御するピエゾ素子、トンネル電流を検出して一定に保つ計測・フィードバック回路、プローブの動きを制御・記録し画像化する電気回路・コンピュータシステム、プローブを試料に接近させる粗動機構、揺動を防ぐ除振システムなどからなります。原子レベルで鋭く尖らせたプローブは、人間をナノの世界へと繋いでくれる究極のツールです。SPMの性能のカギとなるこのプローブは、私たちが実験室で作製しています。
装置は故障しても自分たちで修理し、改善を重ねて使い続けています。SPMの動作を実現するための機構や装置の背景にある物理・技術を熟知し、デバイス・装置を自作するノウハウを有している点は、当研究室の大きな強みです。

STMを使って得られたシリコン結晶表面の原子の配列像の画像
STMを使って得られたシリコン結晶表面の原子の配列像
コンピュータで処理すると、原子の規則的な配列が分かる画像
これをコンピュータで処理すると、原子の規則的な配列が分かる

走査型プローブ顕微鏡の開発と応用に関する研究に黎明期から取り組む

私がこの研究に携わるようになった頃は、SPMがまだ世間に知られていなかった時代です。当時大学院で別の分野を専攻していたのですが、学術雑誌でSTMの紹介記事を読んで強烈なショックを受け、自分も開発してみたいとこの世界に飛び込みました。当時は日本にSTMが1台もありませんでした。そこで、文献を読み、自分でできそうな仕掛けを考え、材料を購入して加工し、機械部品から電子回路、制御プログラムまですべて自作して手のひら大の自作一号機を完成させ、金表面のナノスケールの凹凸の観察に成功しました。

1990年代に入ると、DNA分子の構造解明に端を発するバイオ科学技術の躍進がありました。2000年には米国がナノテクノロジーを国家戦略として取り上げ大規模な資金投入を決定します。その後各国でナノテク戦略が舵取りされるようになり、現在はいよいよ原子・分子のレベルで材料やデバイスを開発する状況になっています。
こうした時代の推移の中、当研究室ではSPM技術を土台に、半導体や酸化物、生体分子の観察や、表面・界面で発現する原子・分子の移動や反応、電荷移動現象などの物性の探求に取り組んできました。
最近では、プローブ先端原子と個々の試料原子・分子との間に働く微弱な力を計測・制御する研究も進めていますし、ナノ構造創製やデバイス創製につながる手法の開発も重要な研究テーマとなっています。
産学連携の研究開発としては、新世代のSPMとして「大気中・液中で動作する原子分解能分析顕微鏡」を島津製作所と共同開発しました。「原子を見るなら真空で」という従来の常識を破り、大気中・液中で原子・分子を観察できる装置が完成しました。
フジ・インバックと共同開発したのが、超高分解能走査型電子顕微鏡の試料ホルダー内に収まるペンシル型SPMです。これにより、ナノスケールの分解能をもつ2つの顕微鏡の機能を同時にシームレスに動作させることが可能になりました。


ペンシル型SPM

ナノの世界では、弱い力で硬い金属が簡単に変形し、よく知られた元素同士の組み合わせでも予想外の性質を持つなど無限の可能性があります。こうしたことからナノサイエンス・ナノテクノロジーは、エネルギー関連、環境関連を含め広範な産業技術分野に革新的発展をもたらす科学技術として位置付けられています。
対象を正確に理解できれば、その物性や現象を精密に制御することができます。そのための一歩としてまず原子や分子が一個一個見える、ということがサイエンスとして重要なのです。


研究者として、ひとりの人間として豊かに生きるために

当研究室では、研究を通じた教育を重視しています。 科学技術は先人の知恵の集大成であり、切磋琢磨されて今に継承されています。最先端の研究を行うにはまず、先人が蓄積してきた知識を吸収する必要があります。私たちの研究を進めるうえで、人類が蓄積してきた英知としての原子・分子の概念は非常に貴重なものです。その概念を使って、材料の中で原子・分子がどのように結びつき、束縛され、動き、機能しているかを理解していきます。
先人に敬意を払いつつ、一方で「疑ってみる」ということも大切です。既存の科学の理論は誤りを含んでいることがあり、将来覆される可能性を残しています。 研究にはロジックが欠かせないということは言うまでもませんが、新しいものを生み出すには、正しいところにより早く行きつくための「直観力」を鍛える必要があります。勉強をする、研鑚を積むということは、物事を見通す「直観力」を養うことだと思います。こうした姿勢は、研究者としてはもちろん、一人の人間として生きていく上で重要な姿勢だと私は考えます。

研究について他者にどう伝えるか、ということも大きな課題です。東日本大震災とそれに伴う原子力発電所の事故を機に、科学技術の負の側面がクローズアップされるようになっています。研究に携わる者には、科学技術を背景にしたコミュニケーション力が求められます。学生の皆さんには、基礎学力や専門力はもちろん、自分の研究やその意味を分かりやすく話す力、相手の言葉に真摯に耳を傾け、自分の理解を自分の言葉で相手に伝える力を養ってほしいと思います。

令和元年7月掲載

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