世界初キヌアからアマランチン合成酵素遺伝子の発見 アマランチンの生産に成功
世界初キヌアからアマランチン合成酵素遺伝子の発見
アマランチンの生産に成功
石川県立大学、北陸先端技術大学院大学、株式会社アクトリーは、共同でキヌア(Chenopodium quinoa)からアマランチン合成酵素遺伝子の発見し、アマランチンの大量生産に世界に先駆けて成功しました。 本研究成果は、「The Plant Biotechnology Journal」誌のオンライン版で公開されました。
本共同研究は、株式会社アクトリーからの資金提供による産学共同研究体制(研究代表機関:石川県立大学 森 正之准教授、今村 智弘研究員)により行われました。また、分析機器の使用に関して、文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム事業の支援を受けました。
<ポイント>
- ベタレイン色素の一つであるアマランチンを合成する遺伝子を単離
- 植物培養細胞(タバコBY-2細胞)を用いてアマランチンの生産系を構築
- アマランチンの新たな生理作用を発見(乳がん細胞増殖抑制活性、HIV-1プロテアーゼ阻害活性)
<発表論文>
論文タイトル | Isolation of amaranthin synthetase from Chenopodium quinoa and construction of an amaranthin production system using suspension-cultured tobacco BY-2 cells |
論文著者 | Tomohiro Imamura, Noriyoshi Isozumi, Yasuki Higashimura, Akio Miyazato, Hiroharu Mizukoshi, Shinya Ohki, and Masashi Mori |
雑誌 | The Plant Biotechnology Journal (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/pbi.13032) |
<研究の背景>
南米アンデス原産のキヌアは、必須アミノ酸・ミネラル・植物繊維を豊富に含み高い栄養価を持ちます。さらに、非常に高い耐乾燥性と耐塩性を合わせ持ち、国際連合食糧農業機関(FAO)は、世界の食糧問題解決の切り札になり得る作物として注目しています(図1)。キヌアは、芽生えにおいて、ベタレイン色素のアマランチンを合成します。アマランチンは、ベタニンにグルクロン酸が結合したベタレイン色素の一つであります。その生合成経路は、アマランチンの前駆物質であるベタニンの合成までに関わる遺伝子が報告されています。しかし、アマランチン合成に関わる遺伝子は報告されていません。
植物色素の一つであるベタレイン色素は、ナデシコ目と菌類の一部で生産されています。ベタレイン色素は、赤色から紫色のベタシアニンと黄色から橙色のベタキサンチンの二つに大別され、その鮮やかな色彩から、食品添加物に使用されています。また、植物において、環境ストレスに対する耐性に関与していることが知られ、高い抗酸化活性を持つことから、医薬品やサプリメントとしての利用が期待されています。これまでの研究で、ベタレイン色素を豊富に含むビーツなどの植物抽出物に、抗炎症作用、抗がん作用およびLDLコレステロールの酸化抑制などの生理作用が報告されています。様々な生理作用を保持するベタレイン色素ですが、これらの生理活性は、数種類のベタレイン色素の混合物の活性です。単一のベタレイン色素について生理活性を調べるためには、大量の単一色素が必要です。ベタレイン色素生産植物からの抽出は、複数のベタレイン色素が存在しているため、単一のベタレイン色素を抽出・大量精製するには、大変な労力と手間がかかります。そのため、生理活性が明らかになっているベタレイン色素は僅かです。様々なベタレイン色素について、それぞれ各色素の生理活性を明らかにするためには、人為的なベタレイン色素の大量生産系の構築が必要です。しかし、その生産に必要なベタレインの生合成に関わる遺伝子は、僅かしか単離されていません。
本研究では、ベタレイン色素生産系の構築を目指し、ベタレイン色素生合成に関わる遺伝子の単離を試みました。その結果、キヌアからアマランチン合成酵素遺伝子の単離に成功しました(図2)。その単離した遺伝子をベタレイン非生産植物であるタバコBY-2細胞に導入し、アマランチンの大量生産系を構築しました。さらに生産したアマランチンが、乳がん細胞の活性抑制効果とHIV-1プロテアーゼの活性阻害効果を併せ持つことを明らかにしました。
<研究の内容>
1.アマランチン合成酵素遺伝子の探索
キヌアゲノムからアマランチンを合成する遺伝子を単離するために、別の植物色素であるフラボノイドの糖転移酵素のアミノ配列をもとにして、相同性検索と系統樹解析を行ない8つの候補遺伝子を選抜しました。さらに、キヌアの芽生えにおける遺伝子発現解析、ベンサミアナタバコを用いたアマランチン合成能力の評価によって、アマランチン合成酵素(Amaranthin synthetase, CqAmaSy1)遺伝子の単離に成功しました(図3)。
2.植物培養細胞でのアマランチン生産
アマランチン合成酵素遺伝子が単離できたことから、その合成に必要な遺伝子(CqCYP76AD1-1, CqDODA-1, CqCDOPA5GT, CqAmaSy1)をキヌアから得ることができました。次に、ベタレイン色素を生産しない植物培養細胞(タバコBY-2細胞)でアマランチンの生産を試みました。上記の4種類の遺伝子を導入した植物培養細胞(アマランチン生産系統)を作成し、得られたアマランチン生産系統について、HPLC、質量分析を実施しました。その結果、アマランチンとベタニンの蓄積が観察されました(図4)。アマランチン生産系統におけるベタレイン色素の生産量は、1L培養あたりアマランチンが13.67 ± 4.13 µmol、ベタレインが26.60 ± 1.53 µmolでした。この実験で、大量培養が容易なタバコBY-2培養細胞で、人為的にベタレイン色素を生産することが可能になりました。
3.ヒト乳がん細胞に対するベタレイン色素の効果
これまでに、ベタニン・イソベタニン混合物がヒトの乳がん細胞(MCF-7細胞)に対して細胞死を誘導することが報告されています。そこで、アマランチン生産系統から抽出・精製したアマランチンおよびベタニンを用いて乳がん細胞に対する影響を評価しました。その結果、アマランチン、ベタニンともに、50 µMの濃度で乳がん細胞の活性を有意に抑えていることが明らかとなりました(図5)。
4.HIV-1プロテアーゼ活性に対するアマランチンの効果
他の研究グループよって、天然物由来のHIV-1プロテアーゼ阻害剤の有力候補として、アマランチンがコンピュータシミレーションから予測されています。しかし、実際にアマランチンがHIV-1プロテアーゼの活性を阻害するという報告はありません。そこで、我々は、アマランチン生産系統で生産したアマランチンおよびベタニンを用いて、これらベタレイン色素が、HIV-1プロテアーゼの活性を阻害するか評価しました。その結果、HIV-1プロテアーゼに対して100倍量のアマランチンを加えた場合に、HIV-1プロテアーゼの活性を有意に阻害していることが明らかとなりました(図6)。
<今後の展望>
本研究により、生理活性を持つベタレイン色素を人為的に大量生産できるようになりました。今後は、様々なベタレイン色素の大量生産を行ない、医薬品や健康サプリメントへの利用を目指します。
図1 研究に用いたキヌア (A)芽生え(B)植物体(C)穂
図2 ベタレイン色素(ベタシアニン)の生合成経路
(Gene name):キヌアから単離したベタレイン生合成遺伝子
図3 アマランチン合成酵素遺伝子の探索
(A)系統樹解析による選抜。8個の機能未知の新規グループに属するキヌアアマランチン合成酵素候補遺伝子を選抜。(B)アマランチンが蓄積している胚軸組織での遺伝子発現解析。3個の候補遺伝子を選抜。 (C)ベンサミアナタバコを用いたアマランチン合成能力の評価。Bar = 4 cm(D)ベンサンミアナタバコ感染葉に蓄積した色素の解析(HPLC解析)。赤矢印:アマランチン、黒矢印:ベタニン
図4 タバコBY-2植物細胞でのアマランチン生産
(A) ベタレイン生産植物培養細胞
(B)アマランチン生産系統におけるHPLC解析。 赤矢印:アマランチン、黒矢印:ベタニン
図5 ヒト乳がん細胞(MCF-7細胞)に対するベタレイン色素の影響 Bars =100 µm
図6 HIV-1プロテアーゼ活性に対するアマランチンの影響
<用語説明>
- キヌア
ヒユ科アカザ亜科アカザ属の植物。南米アンデス原産の穀物で必須アミノ酸・ミネラル・植物繊維を豊富に含み高い栄養価を持ち、さらに、環境適応能力が高く、非常に高い耐乾燥性と耐塩性を合わせ持ち、国際連合食糧農業機関(FAO)は、世界の食糧問題解決の切り札になり得る作物として注目している。近年、キヌアゲノムが解読され、キヌアが持つ特性(環境ストレス耐性、高栄養価)についての遺伝子研究が進められている。 - ベタレイン色素
ナデシコ目と菌類の一部で生産され、赤色から紫色のベタシアニンと黄色から橙色のベタキサンチンの2つに大別され、その鮮やかな色彩から、食品添加物に使用される。ビート、ブーゲンビリア、アマランサスや多くのサボテンに見られる深い赤色の色素。 - ベタニン(図2)
ベタレイン色素のベタシアニンの一つ。ビートから抽出され、着色料としてアイスクリームや粉末飲料等に使用されている。 - アマランチン(図2)
ベタレイン色素のベタシアニンの一つ。ベタニンにグルクロン酸が結合した色素で、ヒユ科ヒユ属のアマランサスやキヌアの赤色の主成分。 - フラボノイド
ポリフェノールの一種で天然に存在する有機化合物群の植物色素の総称。アントシアニン、カテキンやセサミンなどもフラボノイド系に分類され、抗酸化作用や抗菌作用などを持つことで知られる。 - タバコBY-2細胞
葉タバコの品種であるブライトイエロー2号由来の植物細胞株。1968年に日本専売公社(現 日本たばこ産業株式会社)において、川島信麿博士により樹立された。形質転換が容易であり、培養速度が速く、容易に大量生産(数百リッターレベル)が可能なことから世界中で利用されている。現在、GMP準拠レベルでの医薬品の生産宿主として利用されている。 - HIV-1プロテアーゼ
HIVの生活環において欠かせないタンパク質分解酵素。AIDS(後天性免疫不全症候群)治療の標的として重要な物質。薬剤分子は、タンパク質分解酵素に強く結合して活性を阻害し、HIVの増殖を抑える。 - MCF-7細胞
1970年に分離されたヒトの乳がん細胞株。数ヶ月より長く生き続けることができるため、乳がん研究に広く利用されている。
平成31年2月28日