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研究概要

テーマ1  環境に優しいソフトマテリアルの創製

 高分子材料は我々の生活に必要不可欠なものとなっていますが、一方で、昨今では地球環境に及ぼす影響も危惧されています。 私たちの研究室では、既に工業化が進められている環境低負荷材料に着目し、その改質を実施しています。 世の中に普及させるためにはコストパフォーマンスに優れることが必須であるため、新規物質を創製するより迅速に大きな効果が期待できます。 持続可能社会の実現に有効な方法として、 ①バイオマスから得られる高分子や副資材の活用、②生分解性を示す物質の利用、③マテリアルリサイクルの推進などが挙げられます。 ③には、製品をひとつの物質から製造するモノマテリアル化、異種高分子を混和させるブレンド技術が含まれます。 我々はこれらのすべてについて、高分子物性や成形加工の技術を用いて取り組んでいます。以下にはその例をいくつか示します。


ポリ乳酸の高性能化

 環境負荷が低いとされているポリマーの多くは、物性や成形加工性などに大きな問題を抱えており それが既存の材料からの代替に際して大きな問題となっています。我々は、ポリ乳酸、セルロース誘導体、 イソソルバイド系ポリカーボネート(論文172参照)、天然ゴム(論文175参照)などのバイオマスから製造される高分子、さらには、 ポリヒドロキシ酪酸(論文33, 41参照)、 ポリビニルアルコール(論文174, 178, 181参照)などの生分解性高分子に着目し、それらの特性向上を目指した 新規アイデアを提案しています。以下にポリ乳酸(PLA)の研究成果を例示します。PLAはバイオマスをベースとしたポリマーの中でも 市場ニーズが高く、汎用プラスチックからの代替が最も期待されている樹脂です。

 図1にはPLAの破壊靭性を改良する新しい方法(論文164)、図2には形状記憶性を付与したPLA、 図3には透明性を維持したまま耐熱性を大幅に向上させたPLAの研究例(論文169)を示します。その他、テーマ3の一部でもPLAを扱っています。

図1 ゴム状物質の添加によるポリ乳酸の耐衝撃性改良
図2 ポリ乳酸をベースに設計した形状記憶樹脂
図3 低分子添加剤と成形加工方法を工夫して得られた高透明・高耐熱ポリ乳酸フィルム

配向相関を利用したセルロース系樹脂の高機能化

 高分子鎖中に分子レベルで相溶している (miscible) 分子は、 高分子鎖に追随して配向することがあります(ネマチック相互作用)。 低分子液体は配向緩和の時間がとても短いので並べることが一般的には困難ですが、 高分子鎖を利用することでそれが可能になります。 図4 には棒状分子を一方向に延伸した際の低分子化合物の配向状態を示します(解説記事26, 30)。 この場合、低分子化合物の屈折率異方性が大きいと複屈折の制御が可能になります。 これまでにセルロースエステルを用いた逆波長分散性フィルムの設計などを行っています (図5、論文81参照)。

 また、分子の形状と屈折率楕円体の長軸が直交している場合には、 フィルムの厚み方向の屈折率を高めることもできます(図6, 論文140参照)。 なお、フィルム成形では一軸延伸のみならず、二軸延伸などを与えることも可能です。 低分子化合物の形状によって、それぞれの変形モードで分子の配向状態も異なります。 例えば、円盤状分子を添加したフィルムを平面伸長(幅固定で一軸延伸)すると 円盤状分子の多くはフィルム面内に存在することになります(論文104参照)。 紫外線吸収剤の多くは円盤状分子ですが、 この方法を利用すると少量の添加で紫外線吸収能の飛躍的な向上が期待できます。

 上記の取り組みではバイオマスのポリマーを石油系プラスチックからの代替としてではなく 新しい機能性樹脂として取り扱っています。

図4 高分子鎖に追随して配向する低分子化合物
図5 セルロースエステル樹脂による逆波長分散性位相差フィルムの設計
図6 フィルム厚み方向への屈折率増加

マテリアルリサイクルを目指したポリマーブレンド

 一度使用した高分子材料の再利用はマテリアルリサイクルと呼ばれ、サスティナブル社会で 強く望まれております。マテリアルリサイクルを行うためには、一種類の原材料で 製品を設計することが最も望ましく、モノマテリアル化技術として注目されています。 我々はポリエチレン系、ポリプロピレン系、ポリエステル系などのモノマテリアル化に必要な 技術構築を行っています。

 異種ポリマーをブレンドする技術の構築もマテリアルリサイクルにとって重要な技術となります。 これまで我々は異種ポリオレフィンの相溶性を決定づける因子を明らかにするとともに、均一相を形成する 異種ポリオレフィンブレンドを提案してきました(論文131, 著書41参照)。また、ポリエステルやポリカーボネートに対しては 混練中における化学反応を利用した均質化技術を提案しています。

バイオマスベース副資材の利用

 高分子材料のほとんどには低分子化合物や無機充填材が添加されます。 これらの副資材の多くは化石燃料由来ですが、我々は天然資源から得られる副資材に着目し、 その応用を提案しています。例えば、シリカをカーボンブラックの代わりに用いたゴム材料(論文84, 91参照)、 植物由来の可塑剤を利用した軟質ポリマーの設計などがこれに該当します。

生分解性ポリビニルアルコールの高性能化

 ポリビニルアルコールは生分解性を示す高分子として有名です。ただし、 水素結合が極めて強く、熱分解温度が低いことから、汎用的な成形加工法で 製品を得ることが困難でした。我々は、特殊な塩により水素結合を操作する技術を 用いて、高強度の繊維やフィルムの設計を行っています(論文173, 178, 181)。 高分子材料のほとんどには低分子化合物や無機充填材が添加されます。
 さらに最近では、ポリビニルアルコールを副資材として用いた新しい熱可塑性樹脂コンポジットを提案しています(論文170)。

テーマ2  インテリジェントマテリアルの創製

 高分子の構造制御技術などを駆使することで、あたかも知能を備えたような振る舞いをする高分子材料の創製を目指しています。あっと驚くような機能を備えた新材料を提案し、我々の生活を豊かにしたいと考えています。以下に、これまで提案してきた技術の一部を紹介します。


傷が癒える高分子 (自己修復性高分子材料)

 臨界点近傍のゲルには、一方の末端はネットワーク構造に繋がっているものの 別の末端が自由に運動可能な"ダングリング鎖"が数多く存在します。 そのダングリング鎖の分子運動によって生じるトポロジー相互作用を利用し、 室温で放置するだけで外部から受けた傷を治癒する自己修復性高分子材料を設計しています。 塗料や表皮材はもちろんのこと、 生体模倣材料として、また、インテリジェント・マテリアルとして今後の実用化が期待される技術です(図7) (解説記事20, 24、著書39参照)。

図7 臨界点近傍のゲルが示す自己修復挙動
一旦切断した(上段中央)試験片を再度接合し (上段右)、10分放置するだけで再び延伸が可能

寒くなると柔らかくなるタイヤ (第三成分の相間移動を利用したインテリジェント材料の設計)

 工業的に用いられるポリマーブレンドにも第三成分として副資材が添加されます。 また、相分離したポリマーブレンドでは添加した第三成分が偏在を生じます。 偏在状態は相互作用パラメータの差によって決定づけられますが、 その温度依存性を制御することで連続相と分散相の可塑剤量を制御することが可能になります(図8)。 夏は弾性率が高く、冬は柔らかくなるゴムブレンドの設計(オールシーズンタイヤ)(論文119参照)、 環境温度が常にガラス転移温度となる優れた振動吸収材の設計などが期待されます。

図8 可塑剤の相間移動を利用したオールシーズンタイヤの設計

暑くなると曇るガラス (屈折率差を制御した調光フィルムの設計)

 ガラス状の高分子物質にゴムを添加して破壊靭性を高めようとする研究開発は古くから活発に行われています。 その際に常に指摘される問題は透明性の悪化です。 これはゴムとガラス状高分子との屈折率差に基づく光散乱が原因です。 すなわち、屈折率のマッチングを行うことで透明性の改良は可能です。 しかしながら、ゴム状高分子とガラス状高分子では熱膨張の程度が異なるため、 温度変化と共に屈折率差が生じ光は散乱します。 本研究では温度変化しても透明性を維持するゴム分散系ガラス状高分子(論文80参照)や、 逆に温度変化により透明性が劇的に変化するサーモクロミックフィルムの創製(論文143参照)を目指しています。 後者のブレンドフィルムを窓ガラスに貼り付けると、 気温が高くなると白濁して日光を遮るスマートカーテンとなります。

加湿により簡単に剥離できるインテリジェント粘接着剤

 粘接着剤はその用途に応じて接着強度がコントロールされねばなりませんが、一部の用途では、普段は強い接着強度を示すのに 何らかの刺激を与えると接着性を失い、容易に剥離できる性能が望まれます。特に、物品の移動時に用いられるマスキングフィルムは その典型例です。我々は強い金属接着性を示すにもかかわらず、一旦、加湿することで急激に接着性を失い 容易に剥離できる粘接着剤を提案しています(論文176参照)

強い力が加わると音が鳴る棒状成形品

 棒状の成形品は我々の身の回りに数多くありますが、どうしても力を与えすぎると 折れて割れてしまいます。折れた部分でケガをすることもあり、とても危険です。我々は飛び移り座屈という 現象を利用し、大きな力が負荷されると音の鳴る棒状成形体を提案しています。これによって過剰な力を与えることなく、 安全に製品を使用することができます(論文184参照)

テーマ3  高分子成形加工技術の深化・構築

 身の回りにある高分子のほとんどは、流動場を与えて賦形を行い製品にされています。 成形加工はこれらの製品を設計するために必要不可欠な技術であり、常に基礎技術の構築や新技術の提案が求められています。 我々の研究室では、実際の成形加工で生じるトラブルシューティングはもちろんのこと、レオロジー的な考えを取り入れることで製品の高性能化や機能付与を目指しています。 この分野では日本の製造業が世界のトップであるといっても過言ではありません。最先端の企業研究に触れてみませんか。


相溶系ブレンドにおける偏析現象の利用

 相溶系ブレンドでは異種高分子が分子レベルで混和していますが、 一部の相溶系ブレンドでは、流動場(速度勾配下)や温度勾配下で偏析を生じることが判明しつつあります。 すなわち、移動現象論で取り扱われる温度勾配や速度勾配が濃度勾配をもたらします(図9)。 この現象を利用すると傾斜材料の設計が可能になります。光漏れを抑制した光ファイバー、 耐傷性に優れるポリカーボネート(図10、論文139参照)やポリプロピレン、 生分解性に優れるポリ乳酸の設計に加え、 防汚性や自己修復性の付与などが期待できます。

図9 速度勾配および温度勾配による傾斜材料の設計
図10 流動場における偏析現象を利用したポリカーボネートの耐傷性改良

機能性ナノ粒子の局在化

 フィラーなどの第三成分は一方の相に局在化させた方が好ましい場合があり、 そのような際には界面張力のバランスを利用して制御します。 なお、図11にはポリプロピレン(PP)とエチレン・プロピレンゴム(EPR)に カーボンナノチューブ(CNT)を添加したナノコンポジットにおける CNTの偏在状態を制御する技術を示しています(論文134参照)。混練条件を変えるだけで、 偏在する相を制御することに成功しています。一方、導電性材料や熱伝導性材料の場合には、 共連続構造を形成したブレンド界面に機能性ナノ粒子を局在化する手法が注目されています。 相界面への局在化も界面張力のバランスを制御すると可能なのですが、 そのような組み合わせは限定されてしまいます。我々は一方の相への拡散を抑制することで 導電パスなどの形成を試みています(論文166参照)。

図11 PP/EPRブレンド中におけるCNT分散状態の制御

結晶性高分子の高性能化

 結晶性高分子では、結晶化に要する時間を短縮し、 また、結晶化度を高めて剛性や耐熱性を向上することが求められますが、 ごく少量の異種物質(結晶核剤と呼ばれます)を添加するだけでこのような目的を達成することが可能です。 我々は成形加工の技術を併用し、結晶性高分子の更なる高性能化を図っています。 例えば、ポリマー自身の結晶化速度が速く 結晶核剤の効果がほとんど認められていない高密度ポリエチレン(HDPE)に、 結晶核剤として作用するカーボンナノチューブ(CNT)を少量添加し適切な流動場を与えることで、 弾性率を二倍近くに高める技術を提案しています(図12、論文162参照)。 同様の技術はポリプロピレンなど他の結晶性高分子にも応用可能です(論文180, 182参照)。

図12 CNT添加によるHDPEの弾性率向上

 さらに、特殊な結晶核剤を用いることで、 結晶化度が高くなるにもかかわらず透明性が向上する技術をポリプロピレン(論文44, 185参照) やポリ乳酸(図3、論文169参照)を用いて展開しています。 さらにポリプロピレンでは、流れと垂直方向に分子鎖が配向する技術(解説記事19, 27、論文55参照)や、 射出成形体においてスキン層は流れ方向、コア層は流れと垂直方向に配向する技術を確立しています (図13、解説記事27、論文94参照)。後者はゴム状物質を添加しなくても優れた破壊靭性を示すとともに、 破損形状がシャープエッジを伴わないなど、自動車内装やハウジング材料として優れた特性を示します。 また、ここで用いている結晶核剤を利用すると、ポリプロピレンの融点が5℃程度上昇し高耐熱の製品となることや (論文97参照)、多孔質フィルムの調製も可能になることを見出しています(論文88参照)。

図13 ベニヤ板構造のポリプロピレン射出成形体と面衝撃後の試験片

伸長流動特性の制御

 フィルム成形、ブロー成形、熱成形、発泡成形など多くの成形加工では、 伸長粘度がひずみと共に急激に増加する"ひずみ硬化性"が望まれています。 ひずみ硬化性を生じると、ネックインの低減、製品肉厚の偏肉抑制、ドローレゾナンスの抑制、熱垂れ(heat sag) の抑制などが期待できます。このような特性を付与する技術を、 材料設計と加工法の両面から提案しています(解説記事29参照)。 図14にはフレキシブルナノファイバー添加法、 図15には臨界点近傍ゲル添加法による伸長流動特性の改良について例示しています。

 また、低密度ポリエチレンを非相溶なポリプロピレンに添加するだけで、伸長粘度のひずみ硬化性を付与できることがわかってきました (論文157, 167, 168, 179参照)。長鎖分岐高分子を分散相として存在させるという本手法は汎用性が高いだけでなく、 工業的な応用に際してのハードルが低いことから今後の普及が期待されます。

図14 伸長粘度成長曲線(左)ポリ乳酸、(右)ポリ乳酸+ポリブチレンテレフタレート繊維(1%)
図15 伸長粘度成長曲線と得られた発泡体の断面写真

高流動化

 可塑剤の添加でポリマーの流動性は向上しますが、 この改質効果は低せん断速度領域で特に顕著です。 一方、粘度低減が常に求められる射出成形では高せん断速度領域での効果発現が期待されます。 我々は高せん断速度領域で顕著に粘度が低下する特殊なブレンド系を見出しました(図16)。 現在、この現象の本質を見極め、 その汎用化を図っています(論文159, 171, 183参照)。

図16 ポリスチレンの添加によるポリカーボネートの粘度低減

トラブルシューティング

 伸長流動特性の改質を目的に、長鎖分岐ポリプロピレンを汎用の直鎖ポリプロピレンにブレンドする場合、 その混合方法によっては改質効果が十分に得られないことがあります。 これはせん断履歴効果 (shear modification) という現象が原因です(著書1、論文36参照)。 その他、成形加工には多くのトラブルがつきものです(著書37参照)。 固体輸送、可塑化、溶融体輸送/混合、賦形、二次加工などの各素工程での問題点を抽出し、 加工時に発生するトラブルの原因とその対策を考えます。

研究設備

レオメータ/力学系

  • ひずみ制御型回転式レオメータ
  • 応力制御型回転式レオメータ(ソルベント・トラップ)
  • 一軸伸長粘度計
  • 毛管粘度計(張力測定, 滑り速度・末端圧損測定, チルロールによるフィルム成形, スウェル測定, 溶融密度測定)
  • ツインキャピラリーレオメータ(芯鞘構造繊維製造装置)
  • 引張型動的粘弾性測定装置
  • 応力-ひずみ/光学特性(複屈折、光線透過率、光散乱)同時測定装置
  • 熱力学分析測定装置
  • 万能力学試験機(恒温槽)
  • DuPont衝撃試験機
  • 硬度計(Shore A, Shore D, 定荷重装置)

分析装置

  • 偏光顕微鏡(ホットステージ, コンペンセータ, 加熱せん断装置)
  • 多波長型位相差測定装置(荷重制御計, 三次元屈折率の計測)
  • 電気抵抗測定装置
  • 表面ラフネス計
  • 温度可変紫外-可視分光光度計
  • 多波長型アッベ屈折率計(温度コントローラ)
  • カールフィッシャー水分測定装置
  • ヘイズメータ, グロスメータ, 色差計
  • 比重測定装置
  • GPC
  • 赤外分光(赤外二色比、ATR)(共通装置)*
  • 冷凍粉砕機
  • DSC(温度変調DSC)
  • 走査型電子顕微鏡(共通装置)*
  • X線回折装置(共通装置) *

成形加工機ほか

  • 二軸押出機(セグメントスクリュー方式、リボンダイ、冷却ロール)
  • インターナルミキサー(5cc, 14cc, 30cc, 60cc; 窒素パージ)
  • 加熱・冷却用圧縮成形機
  • 二軸延伸機(荷重計測装置、CCDカメラ)
  • 恒温恒湿槽
  • ウルトラミクロトーム

Yamaguchi Masayuki Lab.

北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス系
〒923-1292 石川県能美市旭台1-1
TEL:0761-51-1621 FAX:0761-51-1149 E-mail: m_yama at jaist.ac.jp