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はじめに

近年、「知識経営」という概念が注目され、これからの企業経営に対する一 つの指針を示すものと受け止められている。この流れに便乗する形で、IT (情報技術)産業からは知識経営を支援する様々なシステムやパッケージが 提案・販売されている。販売されているパッケージは多くの場合、スケジュー ル管理や顧客管理機能を核に、データベース検索機能などを付加したもので あるが、著者らはこのような傾向、すなわち情報や知識を「管理」すること に熱中することは、知識経営の一側面を過度に強調するものであり、望まし いことではないと警鐘を鳴らしている。

「知識に関する、より基礎的な理論」の重要性が産業界で理解されていない のではないかとの危惧から、本書では知識「経営」という、情報や知識の 「管理」を強く連想させる語を取り下げ、Knowledge Enabling という、新 たな聞き慣れない用語を導入している。用語の意図を汲みながら訳するとす れば、「知力活性化」とでも言い換えられるだろうか。

「知識経営」が指向する社会は、「知識創造社会」であるということは 著者らが長年に渡って主張しており、本書でも一貫して流れている主張であ る。本書において重点的に論じられている点は、「では、いかにして我々は 創造的な社会(あるいは会社)を作り上げられるのか?」という問いである。 Enabling Knowledge(知の活性化)とは、その問いを解く上での重要な概念 である。本書の結論を先取りして紹介すると、Knowledge Creation (知識 創造)に向けて、社会(あるいは会社)は三つの局面を経て発展するとされ ている:

  1. 第一局面では、リスクの最小化を目的として、組織内に散在する知識を収集・整理することから始まり、
  2. 第二局面では、知識の効率的利用を目標に、知識の共有と伝達を促進する。
  3. 最終局面になって、(ようやく)新しい知の創造に取り組むことが目標となり、知力の活性化(Enabling)が作業の中心となる。
段階が進むにつれて、着目される知識は「すでに存在する知識」から「新し い知識」へと変化し、また、経営上の焦点は知識の内容(「何を」)から 知を作り出す過程(「如何に」)へと変化すると指摘している。

本文では、知を活性化する要素として、5つの要素が挙げられている:

  1. 知識に関する展望(ヴィジョン)の醸成 Instill a Knowledge Vision
  2. 対話の促進 Manage Conversations
  3. 知識活動家の活用 Mobilize Knowledge Activists
  4. 適切な場の設定 Create the Right Context
  5. 地域限定的知識の広域的伝達 Globalize Local Knowledge
各要素について、一章が割かれており、概念の詳細化と具体例による肉付け がなされている。本解説では、以降の章で各要素について、概説していく。

野中郁次郎氏と竹内弘高氏による「知識創造企業」(東洋経済新報社 1996)と比較すると、本書は「知識創造社会(会社)」実現へ向けて、より 具体的な指針をまとめたもの、という位置づけができるだろう。また前著 は日本企業の強みを「暗黙知の活用」という観点から分析しており、日本企 業の経営手法分析という一面もあったが、本書では暗黙知の活用が、日本企 業あるいは日本文化に特有のものではなく、欧米の企業においてもなされ、 また有効に働いていることが報告されている。暗黙知の活用が文化や国境を 越えて重要であることを示しており、野中氏らによって提案されている暗黙 知の理論が普遍性を持つことが理解できる。理論的な前進である。