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知識創造の諸段階

知識創造の5段階

まず知識創造の各段階を明らかにしておく。著者らは以下の五 つの段階があるとしている:

  1. 暗黙知の共有Sharing Tacit Knowledge:まず個々人が経験から得た知識を、(暗黙知のまま)共有する。
  2. 暗黙知の概念化Creating Concepts:感覚や勘でとらえている知識を言葉で表現・説明する。暗黙知を形式知に変換する。
  3. 概念の正当化Justifying Concepts:概念が組織にとって有益なものであるかどうか検討する。
  4. プロトタイプの開発Building a Prototype:概念を(物理的な)形に具体化する。
  5. 知識の組織的学習Cross-leveling Knowledge:組織内の多くの(異なった職種の)人々にプロトタイプを見せ、組織内に埋もれていた暗黙知に気づかせる。
以下、それぞれの段階について説明を加える。

暗黙知の共有

暗黙知の共有は言葉を介しては困難なため、物理的あるいは肉体的な工 夫が必要となる。たとえば職人と呼ばれる者の世界では、微細な作業に必要 な肉体のコントロールの仕方を修得するには、入門者は親方のやり方を身近 に観察し、真似ることから始めなければならならない。企業経営という、よ り知的で抽象的な世界では、暗黙知はある企業で長年働いてきた経験から培 われてきた、判断力、決断力、あるいは趣味のようなものと思われる。適切 な言葉ではないが、ここでは「趣味」taste と仮に呼んでおく。他者の趣味 は如何に理解されるのか、言語によっては不可能とすれば、それは日常の些 細な仕草や、表情、話し方や、立ち振る舞い gesture といったものから読 み取れるものと考えられる。また伝達には長い時間を要するだろう。

本書では暗黙知を共有する方法として以下の手段が挙げられている:

暗黙知は上記の手段を組み合わせることにより伝えられる。言葉はあまり重 要な役割を果たさない。暗黙知は分析が難しく、言葉では容易に伝えられる 者ではない。暗黙知を共有するためには、組織を変えたり、プロジェクトの 運営の仕方を変えたりする必要も出てくる。物理的にオフィスの形態を変え ることもありうる。「適切な場の設定 Create the Right Context」という 知を活性化する第4要素は、暗黙知の共有という知識創造の初期段階で大き な影響を与える。「対話の促進 Manage Conversations」(第2要素)も重 要である。

暗黙知の概念化

暗黙知の概念化とは、仲間内で漠然と共有している仕事のやり方や判断 の仕方を言葉で言い表す作業である。概念化の例としては、たとえば 「Intelligent cosmetics 知的美容」、「ubiquitous computing 遍在計算」 などが挙げられる。経験を元に想像力を駆使して、誰もが感じてはいるが、 うまく言葉では表せなかったアイデアに適切な呼び名を与える作業といえる。

実際の企業経営の中では、概念化の過程に注意が払われることはあまりない が、漠としたアイデアに名前を付けることにより、共に仕事をする仲間の間 である一定の目指すべき方向が定まるという点で、非常に重要な段階である。

暗黙知を概念化する際には、「対話の促進 Manage Conversations」(第2 要素)がもっとも重要な役割を果たすが、よい展望(vision)を持つこと(第 1要素)、知識活動家を活用すること(第3要素)、また適切な場を設ける こと(第4要素)も重要である。

概念の正当化

ここまでの前2段階は仲間内での作業であったが、第3段階では概念が 有用で有効であるかを検討するため、より広い範囲から関連部署の人間も含 めて作業することになる。一グループによって提案された新しい概念は、そ れが企業の(将来的な)先進性を高めるか、また(現在の)競争力維持に寄 与するかという二つの側面から検討されることになる。前者の立場からは、 提案された概念が企業の戦略と整合するかどうか、将来に渡って独自の技術 となるか、実現可能なのかなどの点が議論される。後者の立場からは、現在 の競争力にどのような影響を与えるか、利益にどう寄与するのか、顧客はど のように反応するだろうかなどの点が議論される。また出資者に対する納得 のいく説明も必要だろう。

また概念は、暗黙知ほどではないとはいえ、それを提案した個人の経験 や考えと強く結びついているため、概念を議論していると各人の考え方や感 じ方にまで踏み込むことになる場合もある。議論を通して、最初に提案され た概念が大きく変貌していくこともあるだろう。最終的な判断は、「真・善・ 美」という高度に抽象的な判断基準に照らし合わせて行うしかない。筆者な りに解説を試みるなら、ある概念が「真」であるとは、その概念の有用性を 示唆する証拠、事実が現実世界の中に多々見受けられるということであり、 「善」とは、その概念に基づいて開発する製品なりサービスが社会に役立つ ことであり、また「美」とはその製品がわれわれの生活を豊かにしてくれる、 より楽しく生きられるようにしてくれるということであろう。

この概念の正当化の段階では、良いヴィジョンを持っていること(第1要 素)、積極的に対話を押し進めること(第2要素)、また適切な場を設定す ること(第4要素)が重要な役割を果たす。また知識活動家の活動(第3要 素)も重要である。

プロトタイプの開発

提案した概念が正当化されたら、次の作業はその概念を物(あるいはサー ビス)として具体化することである。プロトタイプは、概念から直線的に作 成されるわけではなく、概念を形にする過程でまだまだ紆余曲折を経ること が多い。概念を思いついた当初の想像力を維持しながら、現実に入手可能な 素材や技術を選択し、また組み合わせることにより、概念を具体化していく ためである。概念化の作業に携わった人ばかりでなく、さらにマーケティン グや製造、維持、経営戦略を決定する人々など、広い範囲に渡る部署の支援 が必要となる段階である。

プロトタイプができれば、想定しているユーザーにそれを使ってもらい、反 応を観察することができる。早い段階でユーザーからのフィードバックが得 られれば、設計の修正も容易である。

プロトタイプの開発段階では、積極的に対話を押し進めること(第2要素) が重要である。また良いヴィジョンを持っていること(第1要素)、知識活 動家が十分に活動すること(第3要素)、適切な場が設けられていること (第4要素)も大切である。

知識の組織的学習

プロトタイプが出来上がったら、組織内の様々な人々に見せるとよい。 これは、組織内に埋もれていた暗黙知が、ある製品に結実した例を組織に属 する者全員に示すこととなる。出来上がったプロトタイプは、組織で働く者 全員にとって、新たなインスピレーションの源泉となり、新たな製品開発の 糸口となるだろう。あるいは、仮に出来上がったプロトタイプが満足のいく ものではなかったとしたら、それをきっかけに組織のあり方や仕事の進め方 を見直すきっかけともなるに違いない。

プロトタイプの完成は組織的学習のきっかけとなるため、組織内で経営 に関わる者はこの機会を最大限に生かす責任がある。ひとつには、プロトタ イプ完成までの過程で学んだ経験や編み出した工夫を、別のプロジェクトで も利用可能なように記録しておくことが望ましい。また蓄えた知識が将来に 渡って活用されるよう、努力しなければならない。

知識創造のこの最後の段階においては、知識を活性化する5つの要素す べてを総動員して当たらなければならない。知識創造の過程を、暗黙知の共 有からプロトタイプの開発まで、すべての段階に渡って整理し、他者に伝え ていく作業は非常に挑戦的な作業である。

SECIモデルとの関連

野中氏の提案している知識創造のモデルとしてSECIモデルが知られてい る。SECIモデルでは、知識創造の過程を「共同化」Socialization、「表出 化」Externalization、「結合化」Combination、「内面化」Internaliztion という4つの段階でとらえており、上で説明した5つの段階とは次のように対 応している:

SECIモデル 本書で示された5段階 方向性
共同化 暗黙知の共有 個から仲間へ
表出化 暗黙知の概念化 仲間内
結合化 概念の正当化,プロトタイプの開発 仲間から組織へ
内面化 知識の組織的学習 組織から個へ