「高輝度で指向性が良く波の位相がそろった夢の光」 と呼ばれるレーザーは [1],1958年から1960年にかけて 発明されました。それから40年たった現在,レーザーは私たちの身の回りでも 良く見掛けるようになりました。たとえば, 講演会などでスクリーンを指す赤い光を出す小さな機械, あれがレーザーを利用したレーザーポインタです。
レーザーポインタの内部には半導体レーザー素子が入っているのですが, 半導体技術の進歩によって,小型・軽量化が進むとともに 安価になって来ました。最近では,子供向けのカプセル販売機でも 売っていますし,いろいろなイベントの景品にもなっています。 今まで最先端の実験室の中でしかお目にかかれなかったレーザーが, 簡単に手にはいるようになったのです。これは喜ぶべきことですが, 一方で新たな事故や問題も増えているようです。
レーザーポインタから照射されるレーザーが眼に入ることによって, 視力に回復不可能なダメージを与えることが問題になっていることが, NHKの番組「クローズアップ現代」 でも取り上げられました [2]。 この事故の原因として,単純な操作のミスによるものもありますが, より問題なのは「人間の眼を狙った悪質な遊び」 によるものが報告されていることです[3]。
なぜ,このような「遊び」が行われるのか? 最も大きな理由は, レーザーに対する知識の乏しさではないでしょうか? 実際, 「ただの赤い光だと思っていた」といった意見が 朝日新聞の投書欄にも投稿されていますし,「懐中電灯と同じではないのか?」 といった質問も聞くことがあります。実際には, レーザーは普通の光とは性質が異なるのです。
一言で言うと,レーザーのパワー密度が大きいからです。 具体的な例をあげてみましょう(以下に W/cm2 という単位が 出てきます。これは「単位面積あたりの光強度」を表すのもので, 値が大きいほど強い光ということになります)。
人間の眼が光に対して損傷を受けない限界は,太陽をちらっと見る程度 と言われています。このときの網膜上の光の強度は,およそ 10 W/cm2 です [4]。それでも 「まぶしいっ!」と感じ,視野に残像が残ることは 皆さん経験済みかと思います。
これに対して,レーザーは水晶体のレンズによって網膜上で直径 10〜20 マイクロメートルに集光されます[4]。 手元にあった景品のレーザーポインタのパワーの実測値をもとに考えると, 網膜上で 250〜1,000 W/cm2 の光強度に対応します。これは, 上に述べた限界の 25〜100倍にものぼり, 網膜に回復不可能なダメージを与える可能性を示唆しています。
医療分野には,レーザー光凝固装置を用いた「レーザー眼治療」 というものがあります。これは簡単に言うと,眼内の病変部にレーザーを 照射して熱凝固させることによって治療するものです。凝固に使用される レーザーの網膜上での強度は,約 10〜20,000 W/cm2 です [5]。この文献には,網膜剥離の治療で 120 W/cm2 の例が紹介されています [6]。 これと比較しても,上記レーザーポインタのパワーの大きさ (熱凝固に必要なパワーの2から8倍!)と,その危険性が分かるかと思います。
先にあげた,レーザーに対する知識の乏しさが一番の理由だと思います。 さらに皮肉なことに,レーザーによる身体的損傷が「眼に見えにくい」 ことが起因していると思われます。そう,見えたときには 既に網膜にレーザーは届いているのです! 光の速度より速く瞼を閉じない限り。
このレーザーによる熱損傷を「眼でみる」ことを目的として, 手近のアルゴンイオンレーザーを使って,レーザーポインタ程度の出力 すなわち 2 mW 程度で,生体組織がどの程度損傷されるかを試してみました (身近な生体組織として,私の髪の毛を使いました; 他に思いつかなかったので)。
レーザーのパワーが 1 mW 程度では,髪の毛にはあまり変化は ありませんが,1.6〜2.2 mW になると,レーザーの局所加熱により見事に 丸い穴があきました。この結果は,たとえ 2 mW 以下の 安全基準内でも [7],条件によっては 身体に危険を及ぼす可能性があるということを 示しているように思われます [8]。そして, レーザー照射の危険性と 安全管理の必要性が,充分に認識できるものと思います。
デモンストレーションの詳細と写真は,拙ウェブページ「 生体組織 に対するレーザー損傷のデモンストレーション」をご覧下さい。 ただしウェブページ内の情報の無断転載・無断複製は,これを固く禁じます。
以上の点について熟知したうえで取り扱えば,レーザーポインタは それほど危険なものではありません。その上で次のような注意点をあげて 拙文を結びたいと思います。