Research

研究内容

私たちは、両親媒性脂質分子が自己集合して形成する 膜構造の物理化学を探究しています。 脂質膜は、膜面内での相分離曲率変形など、多彩でダイナミックな現象を示し、 その挙動は弾性エネルギー相転移といった物理的因子によって支配されます。


生体内では、ミトコンドリアや小胞体の複雑な形態形成、膜融合・分裂に伴う物質輸送など、 膜ダイナミクスが生命機能の根幹を担っています。 これらの現象をミニマルな人工系でモデル化・再構成することは、 生命がどのように物性と機能を生み出しているのかという“細胞の設計原理”を理解するうえで不可欠です。


本研究では、細胞と同じスケールのマイクロメートルサイズの 人工膜小胞(人工細胞、リポソーム、脂質ベシクル)を用いた実験系をデザインし、 膜の動的構造や形態変化を高精度に観察・定量化しています。 人工細胞というシンプルな系を通して、 新たな膜物性や生命的ふるまいの発現を見いだし、それらを支える物理化学的原理の解明を目指しています。


そこで得られる知見は、 生命の設計原理に迫るための基礎となるだけでなく、 ソフトマター科学、界面・コロイド科学、高分子科学、生物物理、物理化学といった基礎分野から、ナノ・バイオマテリアル、バイオマイクロデバイス、分子ロボティクスへと広がる応用領域とも接点があります。 さらに、ドラッグデリバリーや機能性材料(化粧品など)の応用分野においても、将来の技術開発を支える土台となり得ます。


     解説・総説(Open Access)» "人工細胞膜のダイナミクス解析と構造制御" 応用物理, 86, 875 (2017)


A. 外場・刺激による膜ダイナミクス -非平衡現象と転移ダイナミクスの統合的理解-

1. 流れがつくる膜の秩序:せん断応力が誘導する非平衡パターン

せん断応力が膜面の相分離ダイナミクスに与える影響を実験と理論の両面から明らかにしました。膜上にストライプ状パターンや波の伝播といった非平衡構造が自発的に生じることを発見し、これらの形成・安定性が膜中のコレステロール含有量に強く依存することを示しました。さらに、シアストレスと界面張力を組み込んだ物理モデルを構築し、数値シミュレーションにより実験結果を再現しました。本成果は、流動環境下における膜の力学的制御機構の理解を深め、細胞膜やモデル膜の機能制御(メカノセンシング等)に示唆を与えます。

"Shear-Induced Nonequilibrium Patterns in Lipid Bilayer Membranes Exhibiting Phase Separation" T. Hamada, et al., Langmuir, 40, 8843–8850 (2024). doi
"Domain dynamics of phase-separated lipid membranes under shear flow" T. Hamada, et al., Soft Matter, 18, 9069-9075 (2022). doi (Open Access)


2. 浸透圧が引き出す膜の相転移:張力が生む新たな相分離

浸透圧による伸展張力が膜の相分離を誘起し、秩序相ドメインを形成することを明らかにしました。 膜脂質組成や温度の系統的調査、界面張力の定量化、そして周囲高分子によるクラウディング効果の解析を通じて、ドメイン形成の支配的なメカニズムが解明されました。膜の熱揺らぎ(エントロピー)抑制を取り入れた物理モデルを構築し、実験で観察されるドメイン生成メカニズムを理論的に説明しました。本成果は、細胞外環境や機械的刺激下での膜構造制御の理解を深め、ドラッグデリバリーや人工細胞設計への応用に向けた重要な示唆を与えます。

"Osmotic Pressure-Induced Lipid Membrane Phase Separation within Macromolecular Environments" S. Yamazaki, et al., J. Phys. Chem. B, in press (2026). doi
"Osmotic-Tension-Induced Membrane Lateral Organization" N. Wongsirojkul, et al., Langmuir, 36, 2937-2945 (2020). doi
"Lateral phase separation in tense membranes" T. Hamada, et al., Soft Matter, 7, 9061-9068 (2011). doi, PDF (JAIST Repository)


3. 光で操る膜ダイナミクス:融合・出芽・相分離を一筋の光で制御

私たちは、光応答性分子を脂質膜に組み込むことで、細胞膜様構造のダイナミクスを光で精密に制御する技術を開発しています。光照射により、膜融合、相分離の生成・消滅、小胞の開閉(オートファジー様挙動)、さらには膜の出芽や陥入(エンドサイトーシス様挙動)といった多様な膜変形を誘導できることを明らかにしてきました。 これらの現象は、光刺激によって分子スケール(ナノメートル)の構造変化が生じ、それが膜の曲率、張力、相状態といったメソスケール(マイクロメートル)の物性変化へと増幅されることで実現します。私たちは、この“分子反応 → 膜物性変化 → 巨視的膜ダイナミクス”という階層的な連動を利用し、光で自在に膜構造をデザインする機能システムの構築に取り組んでいます。 膜融合、ラフト組織化の制御、標的物質の捕捉・放出を可能にする膜ディスク/スフィア構造の生成など、これまでに報告してきた一連の成果は、人工細胞工学、ドラッグデリバリー、光応答性材料の設計に新たな可能性を拓くものです。

"Photo-induced fusion of lipid bilayer membranes" Y. Suzuki, et al., Langmuir, 33, 2671-2676 (2017). doi "Photochemical control of membrane raft organization" T. Hamada, et al., Soft Matter, 7, 220-224 (2011). doi, PDF (JAIST Repository)
"Membrane disc and sphere: controllable mesoscopic structures for the capture and release of a targeted object" T. Hamada, et al., J. Am. Chem. Soc., 132, 10528-10532 (2010). doi
"Reversible Control of Exo- and Endo-Budding Transitions in a Photosensitive Lipid Membrane" K. Ishii, et al., ChemBioChem, 10, 251-256 (2009). doi
"Reversible photoswitching in a cell-sized vesicle" T. Hamada, et al., Langmuir, 21, 7626-7628 (2005). doi


4. 界面活性剤が刻む膜のリズム:可溶化と再構築の非平衡プロセス

界面活性剤によるベシクルの可溶化過程において、膜が自発的に開閉を繰り返す「自励振動」を発見し、その発現条件と動的特性を系統的に明らかにしました。界面活性剤濃度やベシクル径に依存して振動のON/OFFや周期が変化することを示すとともに、可溶化の全過程を通じた観察により、振動を伴う膜ダイナミクスの分類にも成功しています。実験的観察と画像解析、さらに数理的なモデル検討を組み合わせることで、非平衡下における膜現象のメカニズムを定量的に解明することを目指しています。本研究は、ソフトマター物理や非平衡熱力学の基礎理解を深めるとともに、薬物送達やアクティブマテリアル設計、膜破壊を介した抗菌作用のメカニズム解明など、幅広い応用分野への示唆を提供します。

"Physicochemical profiling of surfactant-induced membrane dynamics in a cell-sized liposome" T. Hamada, et al., J. Phys. Chem. Lett., 3, 430-435 (2012). doi
"Rhythmic pore dynamics in a shrinking lipid vesicle" T. Hamada, et al., Phys. Rev. E, 80, 051921 (2009). doi, PDF (JAIST Repository)

5. 相と形の協奏:相分離が導く膜の時空間パターン

膜面に形成された相分離ドメインが膜曲率を誘導することを出発点に、当研究室では「小さいドメインから順に出芽変形が進行する」ことや、ペプチドによる膜粘性変化が出芽ダイナミクスに与える影響、さらに荷電脂質を含むベシクルにおける相分離構造と形状変化(膜孔形成を含む)の強いカップリング機構を実験的に明らかにしてきました。これらの知見は膜の形態制御や物質輸送の基礎理解に直結します。

"Coupling between pore formation and phase separation in charged lipid membranes" H. Himeno, et al., Phys. Rev. E 92, 062713 (2015). doi
"Charge-induced phase separation in lipid membranes" H. Himeno, et al., Soft Matter 10, 7959 - 7967 (2014). doi "Endo- and Exocytic Budding Transformation of Slow-Diffusing Membrane Domains Induced by Alzheimer’s Amyloid Beta" M. Morita, et al., Phys. Chem. Chem. Phys. 16, 8773-8777 (2014). doi, PDF (JAIST Repository) "Dynamic Processes in Endocytic Transformation of a Raft-Exhibiting Giant Liposome" T. Hamada, et al., J. Phys. Chem. B 111, 10853-10857 (2007). doi


B. 膜とコロイド粒子の相互作用

6. 膜応答と粒子挙動の統合的理解

脂質膜とコロイド粒子の相互作用を、リポソームを用いた実験から探究しています。膜が相分離している場合、粒子のサイズによって取り込まれる相が変わることを発見しました。小さな粒子は秩序相へ、大きな粒子は無秩序相へと選択的に分配されます。また、膜への吸着量が粒子の拡散性を左右すること、さらに膜に張力を与えると吸着粒子が膜を透過することも明らかになりました。これらの成果は、膜の物性と粒子ダイナミクスの関係を理解する上で重要であり、医療材料やナノ粒子輸送技術への応用にもつながる研究です。

"Lateral Tension-Induced Penetration of Particles into a Liposome"K. Shigyou, et al., Materials, 10, 765 (2017). doi
"Lateral diffusion of a submicron particle on a lipid bilayer membrane" K. Shigyou, et al., Langmuir, 32, 13771-13777(2016). doi
"Size-dependent partitioning of nano/micro-particles mediated by membrane lateral heterogeneity" T. Hamada, et al., J. Am. Chem. Soc., 134, 13990-13996 (2012). doi


C. 細胞サイズ空間における分子ダイナミクス

7.小胞内DNA挙動と相分離膜への選択的結合

細胞の内部は数マイクロメートルという限られた空間であり、分子は常に膜表面の影響を受けながら振る舞っています。そのため、バルク溶液とは異なる“微小空間特有の分子挙動”が生じることが知られています。私たちは、脂質膜で覆われた細胞サイズの小胞(人工細胞)を用いて、DNA分子や生化学反応がこのような空間制約のもとでどのように変化するかを調べています。研究の結果、空間サイズに応じてDNAの高次構造が大きく変化すること、さらに小胞内部では化学反応が促進される場合があることを明らかにしました。また、相分離した膜では、DNAが特定の膜相へ選択的に結合する現象も観察されています。膜界面でのエネルギー利得や空間制約によるエントロピー効果を取り入れた数理モデルは実験結果をよく再現し、微小空間に閉じ込められた分子系が示す挙動の物理的起源を明らかにしました。本研究は、細胞内で起こる分子レベルの構造変化や反応促進のメカニズムを理解する上で重要な知見を提供し、人工細胞工学や合成生物学の基盤形成にも寄与するものです。

"Molecular behavior of DNA in a cell-sized compartment coated by lipids" T. Hamada, et al., Phys. Rev. E., 91, 062717 (2015). doi
"Gene Expression Within Cell-Sized Lipid Vesicles" S-i. M. Nomura, et al., ChemBioChem, 4, 1172-1175 (2003). doi


HOME Page top