谷池研究室では、ハイスループット実験による「探索」、データ科学による「学習」、高精度分子モデリングに基づく「予測」を中心とした研究手段によって、新しいマテリアルサイエンスの実践に取り組んでいます。
異なる元素や物質を組み合わせることで得られる材料の数は膨大です。マテリアルサイエンスの目標の一つは、特別に優れた組み合わせやうまい組み合わせ方(プロセス)を発見し、より優れた材料を生み出すことです。私たちの研究室では、高度に自動化・並列化された実験装置を駆使するハイスループット実験を行っています。新しい装置やプロトコルの開発を通して実験のスループットを最大化し、浮いた時間を思考や情報収集に当てる研究スタイルを志向します。
ハイスループット実験は材料の合成条件、構造、性能を紐づけた材料ビッグデータを生み出します。効率的な材料探索を行うためには、良い材料を選出するだけでなく、材料性能の良し悪しがどのような因子と相関しているかを見極める構造性能相関を明らかにしていく必要があります。多変量解析や機械学習を駆使し、全てのデータから余すことなく学習することで物質探索を飛躍的に加速します。
コンピュータや計算化学の発展によって、現実的な精度でのシミュレーションが可能になってきました。一方で、コンピュータを使った新しい材料の予測(in-silico設計)にはまだまだ距離があります。最も難しい問題は、複雑な材料を代表するような分子モデルを如何に構築するかです。材料実験も行う谷池研究室では、各種の実験結果を統一的に説明可能な高精度な分子モデルを構築し、計算化学の夢であるin-silico材料設計に取り組んでいます。材料実験を熟知した実践的な計算化学を標榜しています。
このような研究手段によって以下の狙いを達成します。
物質の触媒機能は予測が難しく、触媒研究は勘や経験を頼りにトライアンドエラーを繰り返すスタイルに多くを依存してきました。谷池研究室では、ハイスループット実験によるビッグデータの獲得と触媒インフォマティクスを推進し以下を実現します。
データ駆動型の研究は、規模が大きく均一に分散し、矛盾の無いデータの存在を前提としますが、このような触媒データは世の中にほとんど存在しません。当研究室は、ハイスループット実験のための装置やプロトコルを開発し、これによって類を見ない規模と速度で触媒インフォマティクスに必要なビッグデータを蓄積しています。このようなデータをデータ科学的に分析することで、勘や経験に頼ることなく未知の触媒の性能予測や触媒設計指針の抽出が実現します。また、データ同化させたミクロキネティクスにより触媒反応の機構をデータ科学的に解明します。現在研究している反応は、「メタンの化学変換(酸化カップリング、直接メタノール合成、リフォーミング)」、「排ガス浄化」、「光触媒水浄化」などです。
参考文献: i) ACS Catal. 2021, 11, 1797; ii) ACS Catal. 2020, 10, 921; iii) https://www.alphagalileo.org/Item-Display/ItemId/204086; iv) ChemCatChem 2019, 11, 1146; v) Appl. Catal. A: Gen. 2020, 595, 117508; vi) https://www.youtube.com/watch?v=j_0SrPVzd3Y.
分子触媒に対する固体触媒の利点は「多機能化を目的とした設計自由度」にあります。役割の異なる成分を固体表面上に集積する多成分化、分子ふるい効果(選択性)と基質拡散(活性)を両立する階層的な形態設計は、固体触媒に特有な設計指針の代表例と言えます。逆に考えると、触媒の多機能性は化学プロセスの様々な制約を同時に満たす上で必須ですが、これは触媒の化学組成や形態の複雑化を伴うということです。ここに固体触媒研究の魅力と難しさの一端があります。つまり、「複雑な構造を自在に設計できれば素晴らしい固体触媒が得られる」はずですが、「そもそも複雑であるが故に構造と性能の因果関係がわからないため」、「経験的なトライアンドエラーに頼らざるを得ない」のです。
私たちの研究室では、固体触媒の構造性能相関を解明し、多機能性の起源に迫る研究を行っています。特に、数ある固体触媒の中でも最も多機能的な一つであるZiegler-Natta触媒を対象に、計算化学による高精度な表面モデリング、構造性能相関の多変量解析、機械学習とX線全散乱を用いた触媒ナノ構造の決定など、様々な科学的手段を用いて研究を推進しています。
参考文献: i) J. Catal. 2014, 311, 33; ii) J. Catal. 2012, 293, 39; iii) ACS Catal. 2019, 9, 2599; iv) J. Catal. 2020, 385, 76; v) J. Catal. 2020, 389, 525.
谷池研究室では、固体触媒に典型的な金属や金属酸化物といった無機材料以外に、高分子材料、グラフェン・有機金属構造体などのナノ材料を扱った研究を行っています。触媒の研究から得られた最先端の成果は勿論ですが、こうした別の目的で行った研究が全く新しい触媒につながるコンセプトを与えてくれることも珍しくありません。例えば、「均一であるが単機能的な分子触媒」と「多機能的であるが不均一な固体触媒」の長所を組み合わせた概念融合型触媒を提案しました。これは、精密合成した均一な高分子鎖に、規定数・複数種の分子触媒を担持し、ナノサイズのランダムコイル内で協奏的な触媒作用を発現させる、というものですが、まさに触媒化学と高分子化学のマリアージュとも言うべきコンセプトです。他にも、グラフェンの触媒利用が光触媒やファインケミストリーの分野で優れた成果を挙げています。
参考文献: i) J. Catal. 2018, 357, 6; ii) ACS Catal. 2019, 9, 3648; iii) Carbon 2018, 133, 109; iv) Appl. Catal. A: Gen. 2018, 549, 60.
身の回りのプラスチック製品を数えるだけでも、我々が如何にプラスチックの恩恵を享受してきたかは明らかです。サーキュラーエコノミーへの転換には、プラスチック製品のマテリアルリサイクルやケミカルリサイクルを推進する必要があり、これには様々な技術改革が必要です。谷池研究室では、ハイスループット実験とマテリアルズインフォマティクスの手法を使ってこの問題に取り組んでいます。
現在、最も研究が進んでいる技術は、ポリマーの耐久性を改善する添加剤配合に関するものです。マテリアルリサイクルの推進には、成形加工や使用時に発生する変性を最小限にする必要があります。熱や光などの継続的な負荷に対して本来強靭ではないポリマーに実質的な耐久性を与えているのが、抗酸化剤をはじめとする各種の添加剤です。私たちの研究室では、莫大な数の添加剤配合を超効率的にスクリーニングする技術を既に確立しています。この技術を使って、既存のプラスチックだけでなく、人工クモ糸やバイオベースポリマーなどの未来のプラスチック材料に耐久性を与えるプロジェクトに参加しています。
参考文献: i) Polym. Degrad. Stab. 2015, 121, 340; ii) ACS Appl. Polym. Mater. 2020, 8, 3319; iii) Polym. Degrad. Stab. 2018, 153, 37; iv) Polym. Chem. 2017, 8, 1049.
ポリマーナノコンポジットとはポリマーに酸化物などのナノ粒子を分散させた複合材料を指します。一般には、ポリマーの成形加工性や低密度などの長所を活かしたまま、ナノ粒子が有する機能をポリマーに付与することが狙いです。しかし、上手な材料設計ができれば、数パーセントのナノ粒子の添加で元のポリマーの物性とは別次元の物性を獲得することができるため、大変期待されています。これには、ポリマーとは化学的な親和性の異なるナノ粒子を高分散させる技術、ポリマーとナノ粒子の界面接合を強化する技術、ナノ粒子の分散と分布を同時に制御する技術などが肝となります。
谷池研究室では、触媒やナノ材料の知見を駆使した独創的なポリマーナノコンポジットの設計を行っています。例えば、相溶化剤などの第三成分を添加することなく、金属や金属酸化物のナノ粒子を低添加量から高添加量まで均一分散可能なリアクターグラニュール技術を発明しました。これらの独自技術を使って、紫外線を通さない透明プラスチック、放熱プラスチック、ポリマーフィルムコンデンサ、透過性に優れたナノコンポジット濾過膜など、様々な機能材料の開発に成功しています。
参考文献: i) Compos. Sci. Technol. 2017, 144, 151; ii) Polymer 2017, 127, 251; iii) Compos. Sci. Technol. 2014, 102, 120; iv) Compos. Part B 2019, 162, 662; v) Polymer 2014, 55, 1012; vi) Colloids Surf. A Physicochem. Eng. Asp. 2021, 614, 126204; vii) 特願2014-265887.
私たちの研究は常に、研究のスループットを最大化するための最適な実験手順を立案することから始まります。既存の装置の組み合わせだけでなく、必要に応じて装置や実験プロトコルの開発も行います。以下では、私たちのハイスループットな研究の例や保有する装置・ソフトウェア群について解説します。
触媒研究は、一般的に調製・評価・分析の3つのフェーズで構成されます。ハイスループット合成により調製した大量の触媒の性能をハイスループット実験により評価することで、極めて高速な触媒スクリーニングを行うことができます。さらに、得られた触媒ビッグデータをデータ科学的に分析することで、触媒の設計や機能に関する知見を獲得します。このようにして、触媒研究の全てのフェーズがハイスループット化されます。とはいえ、触媒の合成や評価には様々なプロセスが存在します。谷池研究室では異なるプロセスをハイスループット化する要素技術の開発を行っています。
触媒調製では、ナノ粒子の液相合成、含浸、共沈、水熱・溶媒熱合成などの並列ないしは自動化が達成されています。これらを、自動秤量や各種のワークアップ用装置と組み合わせて使用することで、さらに効率的な合成を行うことができます。例えば、各種の酸化物担体を、液相合成により並列調製した各種のナノ粒子に並列含浸することで、数百個の触媒のライブラリを短期間で構築することができます。
触媒評価にも様々なプロセス(反応器の種類)があります。これまでにバッチやセミバッチ式の加熱攪拌反応、バッチ式の光触媒反応、固定床流通式触媒反応のハイスループット化を実現しています。例えば、流通式のハイスループット触媒評価装置を用いて、数百個の触媒の性能を一連の反応条件で評価することで、数万データ点から成る触媒ビッグデータを短期間で取得できます。このようなビッグデータから、機械学習を通して触媒設計や反応機構に関する知見を抽出します。
繊維強化プラスチックやゴム強化プラスチックのような明らかな場合に限らず、製品としてのポリマーのほとんどは化学的に単一なものではなく、異種ポリマー、フィラー、添加剤を配合することで様々な物性や機能を実現しています。ポリマー一つを取っても配合によって生じる組み合わせは膨大であり、ハイスループット実験は配合研究にとって非常に有効な技術と言えます。しかし、これは現実にはほとんど実現されていません。根本的な問題は、同一配合の物性が、ポリマーに異物を混合する際のプロセスに大きく依存することです。
私たちの研究室では、このような問題に対して、スループットの向上を地道に行ってきました。まだまだ途上ですが、並列的な溶液キャスト法による添加物の配合、小型の溶融混練機によるフィラーの配合、得られたサンプルの耐久性・機械的特性・熱伝導性・誘電特性・透明性測定などができます。
秤量
精密天秤 (Mettler Toledo Quantos QD205DR)
ピペッティングロボット (Andrew+)
化学合成
多目的並列反応装置 (Büchi Synchore Q-101を改造)
自動マイクロ波合成装置 (CEM Discover SP + Explorer 72)
多検体用ホットスターラー (Thermo Scientific Reacti-Therm TS-18823)
サンプル処理
デスクトップ高速遠心分離機 (AS ONE AS185H)
遠心エバポレーター (EYELA CVE-3110)
電気炉 (FULL-TECH FT-001W)
凍結乾燥機 (Labconco FZ2.5)
触媒評価
触媒スクリーニング装置 (オリジナル装置)
光触媒スクリーニング装置 (オリジナル装置)
オペランド化学発光分析装置 (オリジナル装置)
触媒用化学発光イメージング装置 (オリジナル装置)
高分子の成形加工
並列フィルムキャスト成形装置 (EYELA特注品)
マイクロ混練機 (Xplore MC5)
二本ロール混練機 (Imoto IMC-1104)
ホットプレス機 (AS ONE AH-2003)
高分子物性・試験
EMS粘度計 (Kyoto Electronics EMS-1000)
偏光顕微鏡 (Olympus BH-2)
引張試験機 (Abecks Dat-100)
動的粘弾性測定装置 (TA Instruments Q800-RH)
化学発光分析装置 (Tohoku Electronic Industrial CLA-FS4)
高分子用化学発光イメージング装置 (オリジナル装置)
耐光試験機 (Toyoseiki CPS plus)
耐候試験機 (Atlas SUNTEST XXL+)
熱拡散率測定装置 (Hitachi High-Tech Science ai-Phase mobile 1u/2)
LCRメータ (Hioki IM3533-01)
耐電圧・絶縁抵抗試験器 (Kikusui Electronics TOS5301)
並列逆浸透膜ろ過装置 (オリジナル装置)
原子間力顕微鏡 (Park NX10)
一般分析
その場中・遠赤外分光光度計 (JASCO FT/IR-6600 + Harrick Dewar DER-3-XXX)
レーザラマン分光光度計 (JASCO NRS-4100)
マイクロプレートリーダー (BioTek Epoch 2)
X線回折装置 (Rigaku MiniFlex600, オートサンプラー付)
蛍光X線分析装置 (PANalytical Epsilon 3, オートサンプラー付)
熱重量分析装置 (Rigaku Thermo plus EVO2)
高速ガスクロマトグラフィー (Agilent 7890A)
自動接触角計 (Excimer SImage AUTO 100)
ガスクロマトグラフィー (Agilent 8860 GC)
粒子径分布測定装置 (Microtrac MT3300EX II)
ハイパースペクトル顕微鏡 (HinaLea 4200M)
代表的なソフトウェア
試薬ライブラリ (LMS Harmony R.M)
Materials Studio (BIOVIA, 共用)
SIMCA (Umetrics)
PyCharm (JetBrains)
CHEMKIN-Pro (ANSYS)
DXデータ管理 (Pleasanter)
LabEquipedia (オリジナルプラットフォーム)