誰でも自由にアクセスできるのがデジタルアーカイブの最大の魅力

−−第1部パネルディスカッション(東京会場)

東京会場での第1部のパネルディスカッションは、東京芸術大学の内山昭太郎教授が モデレーターを勤め、同平山学長、国立民族学博物館の杉田繁治教授、京都造形芸術 大学の武邑光裕助教授の3人のパネラーと「これからの日本社会とデジタルアーカイ ブ」というテーマで活発な意見交換が行われた。それぞれの主な発言は次の通りで ある。



分散している文化遺産をコンピュータでデータベース化することに意義

−−東京芸術大学・内山昭太郎教授

内山:デジタルアーカイブとは、ひと言で言うと、美術館を電子化したものと言える のではないでしょうか。最大の魅力は、パソコンで必要なデータをつぶさに見ること ができることです。
また、デジタルアーカイブを保存・制作・鑑賞といったトライアングルの中でとら えることが大切です。保存というのは、分散化している文化遺産をコンピュータを使 ってデータベース化し、どこからでもアクセスを可能にするネットワーク作りを言い ますが、これには分散するアーカイブの技術的な統合も含まれます。


バーチャルリアリティへ鑑賞環境が変化

制作とは、アーカイブの多様性をフォローするモデルの開発ということです。また、 鑑賞という点では、従来の美術館の鑑賞とは違って、バーチャルな見方ということで 、これからは鑑賞環境が変わってきます。
これとオーバーラップしますが、歴史と技術と空間というトライアングルでは、何を アーカイブするのか、デジタルアーカイブのデザインフレーム作りが必要になってく ると思います。地域的な特性とか空間性などをデジタル化し同じメディアにのせるこ とによって、インターネットできる機会が生まれます。
この会議の主催者であるマルチメディアソフト振興協会から国際交流の考え方が 明快に示されています。それには、技術開発の標準化、情報基盤の整備、作品・素材 の一元化という3点が共通認識としてあげられています。
これらのことを踏まえて、3人のパネラーの方々に発言していただきたいと思います 。まずは、地域におけるハイパー風土記、つまり、現代版電子風土記などを手懸けて いる杉田教授からお願いします。


21世紀は、地域や国家を越えた地球時代がやってくる

−−国立民族学博物館・杉田繁治教授

杉田:私は、1970年に大阪万博が開かれた跡地の一角にある国立民族学博物 館に所属しています。この博物館は文部省に属している研究所で、現在、約70名近い 研究者が世界の諸美術の研究を行っています。
また、博物館としての機能も持っており、初代館長であった梅棹忠夫さんの発案で、 十数年前から標本資料や映像、写真、音楽、言語、テキストなどをすべてデジタル化 してコンピュータで検索し活用できるようにデータベース化を進めてまいりました。 この点でデジタルアーカイブ構想には非常に共感を覚えました。特に今、日本は経済 的には強くなったけれど、諸外国からあまり良い評判を得ていないということを考え ますと、これからはもっと文化的な面に力を入れていかないといけないと思っていま す。


関西では「総合芸術センター」構想

関西の動きとして、「総合芸術センター」を創ろうという梅棹さんの提案がありま す。これは非常にデジタルアーカイブ構想に似ています。また、私はマルチメディア ソフト振興協会のプロジェクトの一環として、ハイパー風土記の運動にもかかわって おります。
その背景には、現代文明の特徴として、地球時代であるという認識が重要であると 思われます。これからは地域や国家にこだわるのではなく、地球規模で物事を考えて いかなければならない時代です。それをサポートしてくれるのが情報であり、さらに その情報がコンピュータのネットワークを通して個人へ伝わっていきます。


情報源であるモノが重要

この地球上には現在、約4000を越える民族が生活しています。そういうことを日本人 は案外知らない人が多い。多様な民族社会が存在するということを前提に、我々はど う異民族とつき合っていくか、そのためにも諸民族のことを理解しなければなりませ ん。その助けとなるのが、諸民族の生活や歴史などを記録したエスノグラフィーで す。
これら民族の文化を知るには、2つのやり方があります。ひとつは、実際に現地へ行 って見て体験すること。もうひとつは、情報という形で知ることです。ただ、情報化 社会というと情報を重視しがちですが、最終的には情報源であるモノが重要です。 モノと情報をうまく活用してこそ、情報が活かされるのです。そのためにも情報の 分野としてマルチメディアシステムを構築していくことが必要です。現代の技術の 進歩でできるだけ現地に近い情報をコンピュータを活用することで、常にどこからで もアクセス可能にする。私はそういう意味でも、電子図書館や美術館、博物館、水族 館などを統合した、バーチャルミュージアムタイプのものを創っていくことが重要だ ろうと思っています。ただし、これは言うは易く、では実際どうやってデータベース 化するかが問題です。それが、今後の課題となると思います。
また、ハイパー風土記運動は、各地に残っている風土をCD-ROMの形で記録していこう というもの。これからの高齢化社会に向けて、地域の老人たちが持っている知識を活 かすことと協力してくれた老人たちの生きがいにもなるのではないかと思っていま す。これを国内ばかりではなく、外国にも進めていけば、ひとつのデジタルアーカイ ブ構想になるのではないかと思います。


グローバリゼーションの中で、
ローカリゼーションが注目される

−−京都造形芸術大学・武邑光浩助教授

内山:次に京都造形芸術大学で図書館長を兼任している武邑助教授、お願い します。
武邑:これだけネットワーク社会が進歩しますと、グロバリーゼーションに 対して、ローカリゼーションが注目されるわけです。私自身はこれまで年に3ヵ月以 上は海外にいて、ほとんど日本の文化とか日本人であるという認識を欠いていたの ですが、今年、京都の大学に移りましてから、私自身も「デジタル文化の中でのア イデンティティの喪失」が重要なテーマとなりました。


文化的なキャパシティをパッチワーク

覚情報を立体的に多元化したものも含まれており、そういう意味でこれまでのメディ アとはかなり違ってきていますから、独自の文法をかなり深く理解する必要性がある と思います。これまでの全体的な感覚から、非常に個人化された社会参加というひと つの新しい道具になってきているのではないかと思います。さらに、文化的なキャパ シティをパッチワークしていくような能動的な機能が加わっていくと思います。


個人と個人を結んでいくシステムが生まれる

また、ここ2〜3年の間に急成長したインターネットの分野とも深くかかわってきてい ます。情報や経済が双方向で、オンデマンド社会としてつながっていく。インターネ ットの可能性とマルチメディアの可能性が統合されると、「デジタルアーカイブ」に 集約されるのはないかと思います。それこそがデジタル流通社会の重要な基盤になっ てくる要素です。
インターネットのこれからの方向性としては、これまでのブロードキャスティングと いう広域放送、あるいはナロードキャステイングという狭域放送に加えて、ウェーブ キャステングといって、個人個人を結び合っていくシステムが生まれていくだろうと 考えられます。
また、私自身は日本古来から言われている「間」という概念とサイバースペースを 照らし合わせることが、テーマとなっています。6畳間や8畳間といった空間を表す 「間」と、「間が悪い」というときの時間を表す「間」。実はサイバースペースと いう新しいディメイションは、日本的な間という概念と深くかかわっているのでは ないだろうかと思うのです。


デジタルアーカイブ構想は
新しい文化を生み出す原動力

−−東京芸術大学・平山郁夫学長

内山:最後に平山学長の意見で締め括らせていただきたいと思います。
平山:私は何度もシルクロードや仏教伝来の道程を旅したことがあります。 その時に発掘したコインや土器、織物、ガラスなどの年代を分析したり資料を全部 コンピュータにインプットしたりして、スタッフは研究を進めていますが、私自身は まったくタッチしていません。私は全くの経験主義で、徹底的に写生して風景を描き 、記憶の中に留める実証主義者です。


感動から作品が生まれる

私が作品を描くときは、まず感動があり、その感動から作品が生まれてきます。つま り、先に結論があるのです。しかし、いろんな資料を予め知っておくことで、現物は 何も残っていないのに、まったくのイメージだけで作品を描くこともできます。
このような私の経験から言えることは、デジタルアーカイブ構想のようにいろんな 部門の協力を得て、日本の文化を残していくという科学的な技術と経験主義が交わる 時、国内で新しい文化を生まれてくるような気がします。デジタルアーカイブ構想は そういう意味で、日本に新しい文化を生み出す原動力になると思います。



【全体報告】

【東京会場:第一部パネルディスカッション】

【石川会場:第一部パネルディスカッション】

【第二部パネルディスカッション】