Best Paper Award
 

優秀論文賞

『 不定自然変換理論の構築:圏論を用いた動的な比喩理解の記述 』
Constructing theory of indeterminate natural transformation: describing dynamical metaphor comprehension based on categorical theory

布山 美慕(北陸先端科学技術大学院大学),西郷 甲矢人(長浜バイオ大学)

【PDF(2.23MB)】

 2018年度知識共創フォーラム「優秀論文賞」は,編集委員会が定めた複数の評価者による厳正なる論文評価のもと,上記論文に対して与えることを決定致しました.本賞は知識科学研究の発展に大いに寄与することが期待される論文に対し与えられるものです.

 本論文は,新たな比喩の創造過程を説明する理論として,圏論の自然変換を確率的に扱う理論であるTheory of Indeterminate Natural Transformation (TINT)を提案する.比喩や類推は,新たな知識の創造や探索に不可欠な認知過程であり,その解明に向けて新たな理論的な提案をする本研究は,知識科学の発展に大いに資すると考えられる.
 従来の比喩の認知過程に関する理論研究では,グラフに基づく知識表現を前提とする理論が提案されてきたが,本研究は,グラフに代わり,イメージの関係を射とし,射の合成による射の操作を扱う圏をイメージの表現として中心に据える.その定式化では,あるイメージから別なイメージへの関手の措定という形で,比喩が自然に形式化され,比喩の探索過程の確率的なモデルも提案されている.
 従来のグラフ表現による比喩のモデルの多くでは,頂点と辺のラベルでしかイメージが表現されず,それぞれのイメージはそれぞれに直接関係するイメージとの関係のみで表現されていた.これに対し,本研究の圏論的な定式化では,比喩を個別のイメージの関連性だけではなく,イメージの間の関係とまた別の関係の関連性をとらえるものとして扱い,構造的な類似性をより本質的に表現する枠組みの可能性を示している.
 一方,本論文で提示された考え方は,未だ人の行動データなどを説明するという上では,実証的にその意義が示されておらず,この枠組みによって従来の理論や実験・観察を超えるどのような知見が得られるかという点については未知数である.また,特に確率モデルの部分の用語や概念の定義には不明確な部分もある.こうした萌芽的な段階ながら,豊かな可能性を秘めた発想を提示している点を大きく評価し,その研究をさらに推し進めることを期待する.
 本論文はこうした点で,今後の知識科学研究を発展させる示唆に富むものであり本論文を知識共創フォーラムの趣旨に準じた優れた論文とし,優秀論文賞を授与する.