キネシン運動アッセイ
目次 |
はじめに
キネシンは微小管上を、ミオシンはアクチンフィラメント上を直線的に運動するモーター蛋白質である。これらモーターの機能評価の手法としてin vitro motility assay法が1990年代に確立された。生体内から精製したモーター蛋白質(キネシン、ミオシン、ダイニン等)を下図のようなスライドグラスとカバーグラスで作製されたフローセルに導入し、蛋白質分子をカバーグラス表面に吸着させる。その後、微小管やアクチンフィラメントをそのモーター蛋白質の表面に結合させ、エネルギー源であるATPを添加することにより、運動を生じさせる。微小管等は予め蛍光物質で標識しておき蛍光顕微鏡を用いて観察する。 キネシン・微小管運動の生体外再構築系は1998年Howardらによって初めて成功された。ミオシン・アクチン系とは異なり特殊な基板を使用する必要がなく、普通のガラスにキネシンを物理的吸着させることで可能。非常に安定して動き、あまり失敗することはないので気楽にできる。高感度ビデオカメラ以外に特殊な機材を必要とせず少量のサンプルで容易に実験が可能である。
準備
蛋白質
- キネシン;キネシンの精製プロトコールを参照
- 蛍光チューブリン:チューブリンの蛍光標識プロトコールを参照
- 10 mg/ml カゼイン(-20度保存)カゼインは精製度の高いものを使用する。50 mlのチューブで10 mg/mlになるように20 mM Tris-HCl (pH 8.0)に溶かし、冷蔵庫内でチューブローテーターを使って一晩攪拌して溶かす。カゼインの溶け残った粉がわずかに残っているが、遠心分離してそれらを除いた後、冷凍保存。液窒による急速冷凍の必要なし。
- 2 mg/ml カタラーゼ(液窒で急速冷凍、-80度保存) 溶媒:アッセイバッファー
- 10 mg/ml グルコースオキシダーゼ(液窒で急速冷凍、-80度保存)溶媒;アッセイバッファー
必要な試薬
- アッセイバッファー
- 10 mM Tris-Acetate (pH 7.5)
- 50 mM potassium acetate
- 2.5 mM EGTA (O,O'-Bis(2-aminoethyl)ethyleneglycol-N,N,N',N'-tetraacetic acid)
- 4 mM Magnesium Sulfate
- 重合バッファー(-20度で保存)
- 80 mM PIPES-KOH (pH6.8)
- 1 mM MgCl2
- 2 mM EGTA
- 60 % glycerol
- 6 mM GTP
- 1 mM Taxol (paclitaxel,Sigma) (溶媒DMF、冷蔵保存)
- 10 mM Taxol
- 100 mM ATP
- 0.3 g/ml グルコース(超純水に溶かす)
- 2-mercaptoethanol (冷蔵保存)
その他
- カバーグラス:特殊コーティングしていないもの。松浪ガラスの通常のものを使用(No.1)
- スライドグラス:通常品(蛍光用である必要なし)
- 両面テープ
- 蛍光顕微鏡+高感度CCDカメラ(浜松ホトニクスEB-CCD等)
直前に準備するもの
- チューブリンの重合 5 µlの蛍光ラベルチューブリンに1 µlの重合バッファーを加えてよく攪拌する。37度のインキュベータで40分間放置後、1 mM Taxolを0.1 µl添加し微小管を安定化する。その後は室温で保存。2~3日間は安定。液窒で急速冷凍し-80度で保存も可能。
- 溶液
- 溶液1(基本溶液)
- 1 ml アッセイバッファー
- 5 µl 2-mercaptoethanol
- 50 µl カゼイン
- 溶液2(+Taxol)
- 1 ml アッセイバッファー
- 5 µl 2-mercaptoethanol
- 50 µl カゼイン
- 2 µl Taxol (10 mM)
- 溶液3(観察用)
- 1 ml アッセイバッファー
- 5 µl 2-mercaptoethanol
- 50 µl カゼイン
- 2 µl Taxol (10 mM)
- 10 µl グルコース
- 10 µl カタラーゼ
- 10 µl グルコースオキシダーゼ
- 10 µl ATP(補足)グルコース、カタラーゼ、グルコースオキシダーゼ(GCO)は光励起による蛍光色素の退色防止を目的に加える。蛍光退色はおもに光励起によって生じた活性酸素が原因であるため、予めこの系を使って溶液中の酸素を次の触媒反応を用いて取り除く
Glucose+O2+H2O------->glucose-O +H2O2 (glucose oxidase)
2 H2O2--------------------->2 H2O +O2 (catlase)
励起光の強度によるがこれを加えておくとrhodaminまたはAlexaの場合、30分以上の観察に耐えられる。
(参照)Harada Y, Sakurada K, Aoki T, Thomas DD, Yanagida T., Mechanochemical coupling in actomyosin energy transduction studied by in vitro movement assay, J Mol Biol. 1990 vol216, pp. 49-68.- フローチャンバーの作成
添付図のようにスライドグラスの両脇に両面テープを貼りつけその上にカバーグラスを固定し、スライドグラスとカバーグラスの間に少し隙間を作ったフローチャンバーを作成する。操作
- 溶液1にキネシンを10~50 µg/mlになるように溶かす。最適なキネシン濃度はカバーグラスのロットまたは精製されたキネシンの品質等にもよるので、初めての場合は濃度を少し変えてみて最適な条件を探す。
- 重合させた微小管0.2~0.5 µlを200 µlの溶液2に溶かす。作成した蛍光微小管の濃度に合わせて適当に希釈する。
- フローチャンバーに(1)のキネシン溶液を50µl加える。室温で2分間静置する。
- フローチャンバーを傾けて、一端から溶液1を100 µl加え結合しなかったキネシンを洗い流す。
- (2)の微小管溶液を50 µl加え、2分間静置する。
- 溶液2を100 µl加え結合しなかった微小管を洗い流す。
- 溶液3を50 µl加え、蛍光顕微鏡観察蛍光観察には100倍または60倍の対物レンズ(油浸、高NA)使用。励起光を100W水銀灯使用の場合75%~99%カットの減光フィルター(NDフィルター)を用いた方がよい。
25度で約0.7 µm/sec、30度で0.9-1.0 µm/secの速度で滑らかに動いていればOK。
トラブルシューティング
観察
- 「微小管がいない!」または「微小管がフラフラ表面にくっつている」
- カバーグラスに結合しているキネシンの密度が低い可能性があるので、加えるキネシン濃度を10倍にしてみる。
- 精製したキネシンの品質は大丈夫かどうか確かめる。保存方法に問題があって変性した可能性もある。
- カゼインを入れ忘れていないか?
- (観察される微小管はきれいに動いている)
- 単に微小管の濃度が薄い
- (短い微小管がたくさんいるまたはバックグランドが明るく光っている)
- Taxolの入れ忘れ?または微小管の重合で失敗→スライドグラスに希釈した微小管溶液を5µl滴下しカバークラスで挟んで顕微鏡を用いて重合を確認
- 「微小管がフラフラしながら動いている」
- 加えるキネシン濃度を4倍位濃くしてみる。
- 「微小管はたくさんいるがピクリとも動かない」
- ATPは入れ忘れていないか?
- 「動いているけどすごく遅い」
- (観察中に微小管の蛍光強度が徐々に暗くなってくる場合)
- 励起光が強すぎNDフィルターを使う。
- 退色防止剤(グルコース、カタラーゼ、グルコースオキシダーゼ)が悪い可能性がある。これを除いた溶液で試してみてそれで解決する場合はこれらを作り直す。
- 2-mercaptoethanolを新鮮なものに変えてみる。
- (微小管が非常に強く基板に結合して動いている場合)
- 加えるキネシンの濃度が高すぎる可能性がある。キネシン濃度を1/4希釈してもう一度試す。
- (その他)
- 変性したキネシンが混ざっている。→キネシンを換えてみる。
- ATPを新しいものに交換。
- 温度が低い。
- 「観察中微小管が切れていく!」
- 励起光が強すぎる。この場合蛍光強度も暗くなっていきまた視野を変えると切れていない微小管が見える。
- ガラスに結合しているキネシン密度が異常に高いまたは変性しているキネシンが混ざっている。→加えるキネシン濃度を1/5~1/10に減らす。
- ATP濃度が低いまたはATPが悪くなった。新しいものに換える。
- 「いつもより微小管が暗く、くっきり観察できない」
- カバーグラスに結合している微小管ではなく、スライドグラス面をみている可能性がある。
- 「微小管にフォーカスをあわせられない」
- 要修行。慣れるまで何回もやってみる。遠くからあわせていくとだんだん全体が明るくなるが急に暗くなった所あたりに微小管あり。
準備
- 「カゼインが溶けない!」
- pHは8以上か?
- 精製度の低いカゼインには脂質が混ざっているので溶けないので良いものを買い直す。
- 「EGTAが溶けない」
- 2Na-GEDTA(DOJIN)を使用。pHをNaOHを加え中性(pH 7~8)にして完全に溶かす。
- 「Taxolが溶けない!」
- ロットによりDMSOに溶けない場合があった。ロットを変えて新しいのを注文し直す。DMFに溶かす(2007/06/11改変)
- 「カタラーゼ、グルコースオキシダーゼのグレード」
- カタラーゼ;和光 039-12901、グルコースオキシダーゼ:bioenzyme G03A (販売店フナコシ等)を使っていますがこれに限る必要はないと思う。ただしカタラーゼの硫安保存品はやめた方がよい。
その他
- 「何故カゼインが必要か?」
- カゼイン無しでキネシンをガラスに結合させると、キネシンがガラスにたくさん結合しているにもかかわらず微小管を加えても微小管はガラスに結合しないし、うまく動かない。これはキネシンの微小管を動かす部位(モータードメイン)がガラスに結合してしまいキネシンが変性してしまうためだと考えられている。カゼインはこれと競争的にガラスに結合し予めカゼインでコートしておくことでこれを防ぎキネシンのロッド部位のみでガラスに固定できると考えられている。ブロッキング剤としてはカゼインである必要はない。詳しくはHoward J, Hudspeth AJ, Vale RD., Movement of microtubules by single kinesin molecules.,Nature. 1989 vol342, pp.154-8.
- 「長時間観察中にチャンバー内の溶液が乾燥してしまう」
- チャンバーの出入り口をシリコーン系グリースで閉じてしまう。信越シリコーンのストップコックグリースはキネシンの運動に問題ないことは確認している。マニキュアを使う研究室もある。
- 「30分以上観察したい」
- 励起光側にシャッターをつける。相談してください。
- 「なんだか分からないけどうまくいかない!」
- 試薬を全部作り直す。
- 相談してください。
==参考文献==
- フローチャンバーの作成
- 溶液1(基本溶液)