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知識創造の諸段階を明らかにしたので、次に知識の創造に重要な役割を 果たす5つの要素について説明する。冒頭に挙げたリストを再度示す:
知識に関する展望とは、単に将来に関することばかりではなく、今現在 の状況に対する展望も含んでいる。企業は、将来における優位性の確立ばかり でなく、現在における競争力の維持も目的としているので、将来に対する展 望のみを強調するのは、バランスを欠いた見方である。現在の企業経営の舵 取りをする上でビジョンに求められるのは、以下のような事柄について答え が得られるような、地図となることである:
著者らは良い知識ビジョンの基準として次のようなものを挙げている:
本書では、具体例として資生堂がAyuraという新しいブランドを作り出す に至るまでの過程を分析している。化粧品という、感覚に訴える商品に関し て、「東洋の全体論的な見方を重視する哲学に基づいて、化粧するという行為 を西洋的な視点とは異なった側面からとらえ直す」という新しいビジョンを 示し、そこから具体的な製品開発に至るまでの過程が紹介されている。
知識に関する良い展望を持つことは、知識創造のかなりの部分で重要な 役割を果たす。ひとつは新たに提案した概念を正当化する過程であり、提案 された概念が正当なものであるかどうかは、ビジョンと照らし合わせること により判断されることになる。また知識を組織的に学習する最終段階では、 ビジョンに肉付けを与え、その意味を豊かにする働きがある。さらに概念の 形成段階とプロトタイプの開発段階においても、ビジョンは作業を先導する 役割を果たす。
会話は知識の創造に欠かせないものであり、知識創造の5段階のすべての 段階において重要な役割を果たしている。会話により、われわれは一人では 思いつかなかったことを思いついたり、考えられなかった解決法を見いだし たりする。プラトンの対話篇以来、会話の重要性は二千年以上の長きに渡っ て認識されている。しかしながら、一方で上手な会話の進め方といった技術 はなかなか修得されていないのが実状である。
良い会話とはどのようなものであろうか。著者らは次のような点を重用 視している。
本書では、前川製作所を取り上げて、部署内・間での会話がいかに重要視さ れているかを分析している。著者らの分析によれば、前川製作所がうまく運 営されているのは、従業員が互いによく話すからである。また顧客との関係 においても、話すことを第一としている。
対話は知識創造のすべての段階で重要な役割を果たす。暗黙知を共有する際 には、肉体的な動作だけでなく、何らかの言葉による説明が付随することが 不可欠であるし、概念化の過程では、会話を通して暗黙知が言葉として形を 取るに至る。概念の正当化の段階では、多くの部署とよく議論して概念の正 当性を検証する必要があり、またプロトタイプを開発する段階では、概念の 適切な実現方法を見いだすために広範囲に渡る部署との会話が欠かせない。 最終段階でプロトタイプ開発から得た知見をまとめ、組織内に広く伝える際 にも会話に頼る必要がある。知識創造において最も重要なのは、良い会話で ある。
知識創造を続けるためには、それを熱心に押し進める知識活動家が必要であ る。暗黙知を概念化する過程で、知識活動家は概念化に関わるグループを形 成し、また概念の正当化を滞りなく押し進める働きをする。プロトタイプ開 発を通して獲得した知識を組織内に広めるには、知識活動家の熱意が不可欠 である。暗黙知の共有の段階で知識活動家が関わることはあまりないが、暗 黙知を解放し形を与えるような場を設けるためには不可欠の存在である。
知識活動家に求められている役割は、以下のようにまとめられる:
本書では一例としてシーメンス社のVolkmann氏の試みが取り上げられて いる。Volkmann氏は知識の創造だけを目的とした町を作り上げ、シーメンス で働く人たちに来訪を呼びかけたり、創造のためのアトリエを構築するなど、 知識創造を支援する仕組みを積極的に作っている。組織として知識創造を実 践していくには、Volkmann氏のように、知識創造に情熱を注ぐ人の存在が欠 かせないのである。
知識活動家の活躍の場は、知識創造の初期段階である暗黙知の共有作業 を除く、以降すべての段階で必要である。本書で取り上げている、知を活性 化する5つの要素のうち、もっとも実際的に採り入れやすい方策が、この知 識活動家の導入であろう。
ここでの主眼は、知識の創造には何らかの場が必要であるということである。 場と呼んでいるものは原著では"Enabling Context"と呼ばれてお り、個々人の暗黙知を解放する上で重要な役割を果たすとされている。「場」 とは相互作用が起きる場所、個々人をつないでいるネットワークとも言い換 えられる。「場」は物理的な場所に限定されず、インターネット上で実現さ れることもあり得る。「場」の定義は物理的な場所としてではなく、人と人 との相互作用を可能とする仕組である。対話について説明した際に触れたよ うに、個人が一人でできることには限界がある。知識創造という困難なタス クを成功させるには、多くの人の智恵と力を合わせることが不可欠であり、 そのような協同作業を可能ならしめる仕組みが、ここで概念的に場と呼ばれ ているものである。
では、知識創造の過程では、どのような相互作用が起きているのだろう か。著者らは、相互作用が個人を主体としているものか、集団での相互作用 なのかという分類軸をまず設け、次に相互作用の形態が直接的なものなのか、 あるいは間接的かに注目する。二つの分類軸を交差させると4つの範疇とな り、これはSECIモデルの各段階に対応する。
個人を主体とした相互作用 | 集団での相互作用 | |
---|---|---|
Face-to-Faceの相互作用 | 暗黙知を共有する→ | 仲間内で暗黙知を概念化する↓ |
間接的な相互作用 | 形式知から暗黙知を汲み出す↑ | 概念を文書化する← |
さらに上の分類を実際の企業活動に当てはめてみるとどのようなことが 明らかになるだろうか。企業の活動を二つの軸で分類してみる。ひとつの軸 を知識とし、それが新奇であるか既存であるかを区別する。もう一つの軸は ビジネスの目標とし、それが新奇であるか、既存のものであるかを区別する。
新しいビジネス | 既存のビジネス | |
---|---|---|
新しい知識 | リスクはあるが戦略的に重要 | 新製品の開発 |
既存の知識 | 他社との提携 | 資源の効率的活用 |
それぞれの段階において、適切な相互作用の形態があるとするなら、実際に 組織を運営する際には、どのような組織形態を採るとよいかが問題である。 筆者らは次のような指針を示している。
新しいビジネス | 既存のビジネス | |
---|---|---|
新しい知識 | 部署横断的な小集団 | タスクフォース |
既存の知識 | 自律的ネットワーク | 権限を委譲された部署 |
最後に知識創造の5段階で果たす「場」の役割を述べておく。適切な場 を設定することは、知識創造のすべての段階で重要であり、特に概念を正当 化する段階と知識を組織的に学習する(最終)段階で大きな役割を果たす。 このことは、「場」は新しい知識を生み出す段階よりは、生み出した知識を 組織に浸透させていく段階で、より重要な役割を果たしていることを示唆し ている。
知を活性化する5つ要素の最後に挙げられているのが、地域限定的知識の 広域的伝達 Globalize Local Knowledge である。「広域的伝達」では適切 な訳ではないが、意図されているのは、ある部署で獲得した知識を他の部署 へ、場合によっては国境を越えて、伝えていくことである。このような要素 が重用視されるように至った背景は、多国籍企業の隆盛であり、地域的に離れ、 また文化的にも異なった背景を持つ部署間で知識を共有することの難しさが 認識されるようになったことによる。
筆者らの考えでは、これまで国境を越えて知識を伝えるのが難しかっ たのは、知識を「移転する」 transfer という考え方が間違っていたからで ある。ある特定の一地域の一工場で得られたノウハウ、あるいは知識を、遠 く離れた別の地域にある工場にそのまま持っていっても上手くいくわけがな い。別の工場は、異なった歴史、文脈の中で発展してきており、組織で働く 人も異なっているからである。ある一地域で生み出された知識を活用するに は、その精髄を取り出し、核となる部分を受け手に渡せばよい。受け手は、 渡されたものをそのまま利用するのではなく、得たものを元に、新たに有用 なものを創造しなければならない。
筆者らは、知識の送り手が、知識を整理してその核となるものを送り出 すことを「パッケージ化と送り出し」 Packaging and Dispatching と呼 んでいる。また、受け手が知識を新たに作り出すことを「再創造」 Re-creating と呼んでいる。このように、単に知識を「移す」 transfer という考えを棄却して、知識の送り手と受け手の、より積極的な関与が必要 であることを主張している。また、知識をパッケージ化する前に、ある知識 が有用で、他の部署と共有するに値することに気づく、「引き金」 trigering という段階にも着目している。地域限定的知識の広域的伝達は、 従って以下の3つの段階を経て起きる:
SECIモデルとの関連で、知識の広域的伝達を見た場合、ここで伝達され る知識は大部分、形式知である。したがって、伝達する知識は、何らかの形 で文書化し、蓄積しなければならない。どのような文書化と蓄積方法が最善 かは、伝達しようとする知識の種類、その知識を保持している人、伝達する 方法、伝達するタイミング、伝達に責任をとる人、時間、予算などに依存す る。現状では多くの企業が、まだ試行錯誤的にこの作業に取り組んでいる段 階であろう。本書では、事例を元に、知識の伝達に伴う困難と解決策を示し ている。