北陸先端科学技術大学院大学
博士後期課程学生支援事業(JST)

Reportイベント報告

JAIST BOOST-SPRING SYMPOSIUM「生成AIで世界はこう変わる」第二部パネル討論会 レポート【1/5】

第二部では、JAISTでのAI研究の一端を紹介した後、今井さんとの質疑応答を行いました。

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はじめに

飯田 本学でのAI研究の一端を紹介し、その後、BOOST研究員の林貴斗さんから短く研究の紹介をいただき、ディスカッションを進めていきたいと思います。
私はSPRING(注1)とBOOST(注2)の事業統括をしていますが、30年余りのAI研究者として、また若い頃、将棋のプロ棋士をしていましたので、その目線でのお話をしたいと思います。

注1:SPRING
「次世代研究者挑戦的研究プログラム」
Support for Pioneering Research Initiated by the Next Generation
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が支援し、博士後期課程の学生が研究に専念できる環境を整備し、卓越した博士人材の育成や輩出を目指す事業。

注2:BOOST
国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業
「次世代AI人材育成プログラム」
Broadening Opportunities for Outstanding young researchers and doctoral students in STrategic areas
次世代AI分野に資する研究に取り組もうとする博士後期課程学生を支援することで、当該国家戦略分野の研究者層を厚くし、イノベーション創出や産業競争力を強化することを目指す事業。SPRING同様、JSTが支援し、採択大学がプロジェクトを実施する。
詳細URL: https://www.jaist.ac.jp/jisedai/

博士人材の育成と人工知能AIとの共通点を考えたとき、よい意味での「専門バカ」という言葉が浮かんできます。人間トップ、将棋では名人がそれに相当するかと思いますが、AIは名人をはるかに超えるほど強くなりました。しかし、時に初心者でもやらない非常識な着手を選択することがあります。そのような振る舞いをどうやって克服するかが、AIの本質的な弱点であり改善すべき点と言えます。博士学生も研究に従事する分野で世界のトップと認められるぐらいの「専門バカ」になるわけですが、それに加えて、社会的通用性も高めて、社会で大いに活躍して欲しいと期待しています。

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理事(学生、教育連携担当)・副学長 飯田 弘之

AIにも常識が必要

飯田 随分前になりますが、マービン・ミンスキー博士(注3)とディスカッションしたとき、彼は「AIにとって常識の獲得が非常に難しい」と強調されました。

注3:マービン・ミンスキー Marvin Minsky
アメリカ合衆国のコンピュータ科学者であり、認知科学者。専門は人工知能 (AI) であり、マサチューセッツ工科大学の人工知能研究所の創設者の1人。初期の人工知能研究を行い、人工知能や哲学に関する著書でも知られ、「人工知能の父」と呼ばれる。現在ダートマス会議(※)として知られる会議の発起人の一人。
※ダートマス会議 Dartmouth Conference
人工知能という学術研究分野を確立した会議の通称である。1956年7月から8月にかけて開催された。当時、ダートマス大学に在籍していたジョン・マッカーシーが主催した会議で、その会議の提案書において、人類史上初めて英語の用語「artificial intelligence」が使われたとされる。

つまり、AIが知性を獲得するには、幼い子供でもわかるような常識の習得が欠かせない。彼は、The Society of MindやThe Emotion Machineなどの著書で示したように、半世紀以上も前から、様々な角度からAIの本質的な側面に焦点を当てています。私は、ミンスキー博士とのディスカッションからヒントを得てこの30年余り取り組んでいます。AIの最大の欠点は、目標を見失った時に非常識な振る舞いをしてしまうことです。将棋の場合、どうやっても負けになる状況では、指し手の良し悪しが判断できなくなる。将棋は通常115手前後で終わりますが、AIは勝敗が明らかになっているにも関わらず、200手を超え、ときには300手以上もダラダラと無意味な指し手を続けてしまう。私は、物事の時間変位、ゲームでいうと試合結果の不確定性が時間経過に伴って減少する数理モデルを提案しgame refinement theoryというアイデアを2004年に発表しました。物事の主観的な認識が客観的な認識に変位するプロセスが、自由落下、つまり等加速度運動をする。物理学でいうところの重力に相当する概念を私は「心の重力」と名付けました。これが「良識センサー」となり、試合のどこで終わればいいのかをプレーヤーが察知するというモデルです。 物体が重力によって地表に引き寄せられるように、思考の世界では物事の認識において客観性へと引き寄せられる。ゲームの場合、試合の結果が徐々に明らかになる。この概念を心の重力理論として2020年に論文発表しました。この成果がプレスリリースされたのですが、僅か3日間で7500を超えるアクセスがありビックリしました。

私の研究室で将棋AIを用いてデータ収集をしました(スライドのグラフ)。縦軸が試合の終了手数、横軸がプレーヤーのレベルです。AI同士の対戦では、強くなるにしたがって手数が長くなる。ところがAIに「良識センサー」となる投了メカニズムを実装する、手数は逆に短くなることがわかりました。これはまだ仮説段階ではありますが・・・。

「AIの非常識」という問題がありますが、適切に「投了メカニズム」を実装すると、こんな風(終了手数が減少)になる。良識を備えたAIプレーヤーは、実力向上に伴って手数が短くなり、良識のないAIは強くなるほど手数が長くなるのだろうと考えています。

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