松村研究室

機能性高分子バイオマテリアルの研究で、再生医療への貢献を目指す

北陸先端科学技術大学院大学 教授
松村 和明(まつむら かずあき)

1975年大阪府出身。京都大学にて博士学位(工学)を取得。京都大学再生医科学研究所特任助教、北陸先端科学技術大学院大学准教授を経て、2020年より現職。その間、日本バイオマテリアル学会科学奨励賞、日本低温生物工学会科学奨励賞などを受賞。おもに生体機能の制御を目的とした、機能性高分子バイオマテリアルの研究を行っている。

従来の枠組みにとらわれない 柔軟な発想で医療に貢献

研究テーマの「機能性高分子バイオマテリアル」について教えてください

バイオマテリアルは、私たちの体を構成する器官や組織に接して、機能の診断や治療を行ったり、傷ついた部分を補う目的で使われる素材のことで、生体材料とも呼ばれます。具体的な使用例としては、人工臓器、インプラント、手術や治療で用いる医療材料などが挙げられます。
素材別にバイオマテリアルを分類すると、金属、セラミックス、合成高分子、生体由来材料に分かれますが、そのなかで私の研究室では「高分子化学」を用いたバイオマテリアルの研究を行っています。

具体的にどのような研究をしていますか?

マテリアルが生体におよぼす影響を調査し、生体機能を制御、回復させるような機能性材料の研究を行っています。代表的なものを挙げると、まずは両性電解質高分子化合物を使用した機能性高分子バイオマテリアルの研究。細胞凍結保護効果のメカニズム解明、足場材料への応用、タンパク質の凝集抑制作用などの研究がこれにあたります。とくに細胞を高効率に凍結保存させる高分子化合物の研究は私たちの特色であり、毒性の強い従来の保護剤に代わる、高分子系保護剤の開発にも成功しています。
また、幹細胞本来の能力を引き出す再生医療用材料の設計や、生体組織と調和する生体材料の開発、薬物を適切な場所へ送り届けるドラッグデリバリーシステムに関する研究にも取り組んでいます。


このようにバイオマテリアルは医療分野で応用されることの多い素材ですが、私どもの研究室ではそういった枠組みにとらわれず、生体に働きかける材料すべてをバイオマテリアルと定義して、さまざまな視点から研究を行っています。

研究成果はどのような形で応用されていますか?

近年バイオマテリアルは人工臓器から再生医療へとその応用領域を広げつつあり、たとえば生体環境を模倣することで機能の制御が可能となる幹細胞の三次元培養など、生体の再生能力を引き出すために多種多様なバイオマテリアルが応用されています。また、細胞凍結においては、細胞シートや再生皮膚、再生軟骨などの開発が盛んに行われ、すでに臨床応用も行われています。


研究室の成果としては、高分子合成や高分子反応の技術を応用した細胞用凍結保存試薬が実用化され、畜産業界においては種の保存や家畜増産を目的とした、受精卵凍結保存の開発も進められています。そのほか、機能性高分子材料による生体接着剤は、医療の臨床に応用される段階まで迫っています。

幅広い分野にまたがる バイオマテリアルの世界

バイオマテリアルの研究をする上で、必要な知識や経験はありますか?

領域としては化学に属しますが、幅広い学術分野にまたがるのがバイオマテリアルの特徴。そのため研究範囲はとても広く、学生には学際的な視野が求められます。材料工学、化学、物理学がベースとなるのはもちろん、応用対象が生体であるため、生物学や医学の知識も必要になります。また、生体計測やシミュレーションなどの医工学分野では、情報学やコンピュータといった分野の助けが必要になるかもしれません。
実際に生物学や機械工学などを専門に学んできた学生の配属も多く、異分野である化学の勉強に対して興味をもって続けられる向上心と、自分の研究領域において「高分子バイオマテリアルの研究を生かしたい」といった意思さえあれば、分野や経験を問わず有意義な研究生活を送ることができるはずです。

研究室で学べること、身に付くことは?

幅広い学術分野にまたがる学際的領域の研究のため、さまざまな学問分野に触れることで多角的な物の見方を獲得することができます。また、北陸先端科学技術大学院大学は、基礎となる学部組織をもたない大学院のみの大学となるため、研究室に入るとまずは自身の研究を一から立ち上げる必要があります。私個人としては、スタートアップから論文作成および学会発表にいたるまで、独自に研究を遂行し、完了させることで、主体的に物事を考える力を身につけて欲しいと思っています。また、生体材料の研究は目的がはっきりとしているため、課題発見能力を育むことができます。とくに博士後期課程の学生に関しては、問題解決能力も同時に身につけるよう指導しています。

独創的な研究を可能にする
最先端の実験設備が充実

松村研究室の特徴は?

助教のラジャン・ロビン博士をはじめ、インド、タイ、中国などのアジア圏を中心に、多くの留学生が在籍しています。そのなかで日本人の学生と留学生が積極的にコミュニケーションを図っており、研究室内はアットホームな雰囲気があります。また、北陸先端科学技術大学院大学の研究室としては女性の学生が多いのも特徴で、現在は18名のメンバー中、7名が女性となっています。

北陸先端科学技術大学大学院(JAIST)の魅力を教えてください

高分子の合成は一般的な化学実験室や合成設備の整った施設で行いますが、JAISTは、電子顕微鏡や細胞を培養する実験装置が充実しているので、合成から応用まで一貫して研究することができます。ミクロの世界を観測する実験において高精度な研究装置が充実し、それを共用できる点はとても魅力で、学生自身もインストラクションを受けながら装置の操作方法を身につけることができます。また、2023年4月には学内に「超越バイオメディカルDX研究拠点」が開設され、AIやデータサイエンスを駆使した、新たなバイオマテリアルの研究も可能になります。

研究を成功に導く
課題発見力と問題解決力

学生を指導する上で大切にしていることはありますか?

研究が上手くいかなかったときにどうすべきかを考える「問題解決力」は、研究者にもっとも必要とされる能力です。状況に応じて、臨機応変に方向転換をする切り替えが大事なんです。その上で、私からは、上手くいかなかった部分を後々解明しやすくする整え方や、継続的に研究を進めることの大切さを説くなど、課題発見力や問題解決力の向上につながるような指導を心がけています。また、自立した研究者となるために必要な、専門知識の底上げもサポートできればと思っています。

学生の就職先は?

幅広い領域で応用されるバイオマテリアルの特性上、医療機器メーカー、製薬会社などの化学関連企業から、自動車メーカーや食品会社まで、就職先がとても幅広いのが特徴です。もちろんアカデミアで活躍する研究者もいます。留学生に関しては、アカデミックな視点から自国に貢献したいと考える学生も多く、大半が博士後期課程に進学したのちに自国で研究を続けています。

研究成果の医療応用と
生体材料の産業化を目指す

松村研究室の今後の目標は?

専門分野は高分子バイオマテリアルですが、今後は金属やセラミックスのナノ粒子化をはじめ、垣根を越えた取り組みをしていきたいと考えています。その点で、JAISTは研究室間の共同研究が盛んなので、これまで考えてこなかったような新しいテーマの研究をスタートアップできるのではないかと期待しています。
実質的な目標は、研究成果の医療応用、企業と連携した高分子バイオマテリアルの産業化です。自分たちが開発した材料や、研究した成果が世の中に役立つのは嬉しいこと。そうした事例の積み重ねは、研究に携わった学生や研究者たちのモチベーション維持にもつながると考えています。

先生ご自身の目標はありますか?

研究者である以上、“サイエンス”にもこだわりたいですね。臨床応用だけでなく、その材料がなぜ良いのかを解明し、機能性がより発揮する仕組みを考える。最終的な応用だけでなく、その途中のメカニズムを採用してもらうことも化学の発展につながるんです。また、今後はコンピュータやAIを使った材料設計や構造分析が主流となることが予想されるので、そういった新しい分野にもアンテナを張りながら、研究を続けていきたいですね。

教えて!松村教授のプライベートな話

JAISTを赴任先に選んだ理由は?

京都大学再生医科学研究所では特任助教という任期付のポストということもあり、積極的に独立できる環境を探していました。北陸先端科学技術大学院大学は、准教授から研究室を持てるということでチャレンジしたんです。

バイオマテリアルの研究をはじめたきっかけは?

バイオマテリアルを知ったのは京都大学に在学中。工業化学を専攻していたのですが、色々な分野がある中で選んだのが、生体材料や生体力学の研究を行う研究室でした。そこで 「材料というものは普遍的で、化学の基盤となるような技術」だと感じ、バイオマテリアルを専門に研究するようになりました。

大学時代の思い出は?

一番熱中していたのはテニスですね。サークルにも所属して、仲間たちとよく遊んでいました。先輩たちとはよく京都の繁華街を飲み歩きました。実験後の息抜きによく連れて行ってくれたんです。あとは旅をするのが好きで、ひとりでふらっと海外旅行したこともありました。タクシーで法外な料金をふっかけられたのは、今となってはいい経験です。

休日のリフレッシュ法を教えてください

趣味は読書。推理小説やミステリーを中心に、いろんなジャンルの本を読んでいます。休日は図書館に行ったり、のんびり過ごすことが多いですね。たまに子どもたちとキャンプに行くこともあります。