北陸先端科学技術大学院大学
博士後期課程学生支援事業(JST)

Reportイベント報告

JAIST BOOST-SPRING SYMPOSIUM「生成AIで世界はこう変わる」第一部講演 レポート【5/5】

さいごに

これはいわば「おまけ」の話です。ここは研究機関ですので、研究的な内容で締めくくりたいと思います。

最近、AIが関わった研究がノーベル賞を受賞するという出来事がありました。ノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン先生は、まさにAIを発展させた第一人者です。しかし、ノーベル化学賞の方は、まさにAIが「科学的発見」をしたという業績です。今回の受賞理由の一つは、AIが「タンパク質の立体構造を予測できるようになったこと」です。タンパク質はアミノ酸の一時配列からその立体構造が決まるだろうと言われており、そのなんらかの法則は、研究者たちにとって長年の謎でした。そのため、これまでは非常に大掛かりな実験を行い、ひとつひとつ構造を調べるしかなかったのです。

ところが、AIを使うことで、「アミノ酸の一時配列」を入力すると、「立体構造はこうなるはずだ」と予測できるようになりました。まさに人間が何十年掛かっても見つけられなかった科学的発見をAIが解き明かしたということです。そして、その成果がノーベル賞を受賞しました。

先程、「スケーリング則」についてお話ししましたが、これは、大規模なデータを使ってAIを学習させると、その性能が無限に上がるという法則です。この法則は、生成AIの分野だけでなく、科学的発見にも応用されつつあります。現在、材料科学や生命科学の分野では、このスケーリング則が活用され始めています。研究者たちが本気でAIを科学研究に活用すれば、人間がこれまで発見できなかったすごいものを発見できる可能性があります。

すでに、AIが「自分自身を改善する方法」を見つけたり、新型コロナウイルスに対する治療薬の候補を見つけたりするなど、驚くべき成果を上げています。さらに、「基盤モデル」と呼ばれる、大規模なデータを学習したAIを活用することで、物理現象の予測までもが可能になってきています。

こうした進展を見て、「もう人間の研究者は必要ないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、それは違います。

企業の研究者1000人に「科学的発見を補助するAI」を使わせた実験では、確かに生産性が非常に上がりました。しかし、最も効果を発揮したのは「トップ層の研究者」でした。なぜかというと、AIは大量のアイデアを提案できますが、「膨大な提案内容のどのアイデアが本当に価値のあるものか」を見極めるのは人間の仕事だからです。優れた研究者は、AIが出した提案を適切に評価し、研究としてまとめ上げる能力を持っています。このプロセスこそが、AIにはまだ難しい領域なのです。

AIが発展したからといって、研究の仕事が必要なくなるわけではありません。むしろ、これからのAIを最大限に活用できるトップレベルの研究者の力が重視されていくでしょう。本日はお聞きいただき、ありがとうございました。

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質疑応答

質問者 最近「Deep Research」という技術が登場して、トップレベルの研究者がそれを活用することで生産性を上げる動きがあると聞いています。しかし、建設業界などの作業分野では、まだAIの導入が広まっていません。また、AIを活用できる人の割合も限られていると思われます。そうした中で、AIの知識や活用の機会が少ない人達にも、広く普及させるためには、どういったアプローチをとっていくべきでしょうか。

今井 これは非常に難しく、私の師匠の松尾豊先生は、2014~2015年頃、ディープラーニングが登場してきた頃から、多くの企業に「とにかくAIを活用すべきだ」と呼びかけてきました。松尾先生は、この分野では圧倒的な影響力を持っていますが、それでも現実には思うようにAIの導入が進んでいないのが現状です。これは、個々の研究者が努力すれば解決できるものではなく、人工知能研究の飛躍的発展によって社会が自然と変わっていくのを待つしかないと私は思っています。たとえば、ChatGPTが登場する以前は、AIに関心を持つ人は技術者や研究者に限られていました。しかし、ChatGPTが出てきてから、一般の方々の関心も一気に高まりました。その影響で、私たちAI研究者のもとには「仕事を奪うAIを研究しているお前らを許さない」といった内容の怪文書を受け取るようになりましたが、こうした状況を踏まえると、個々の研究者がAIの重要性を伝えていくよりも、技術が発展するのを待ちましょう、というのが正直なところです。

質問者 私の質問は、「人間らしさ」についてです。最後の方のお話の中で、「AIがさまざまな選択肢を整理し、その優先順位を付けるのは、特に専門家と呼ばれる人間の役割である」というお話がありました。この点から考えると、AIは人間が示した選択肢に対して最適な答えを導き出すのが得意なのかなと思います。一方で、途中のお話で「強化学習が今後の鍵になる」ともおっしゃっていました。AIが強化学習を進めることで、より合理的になってきて、一時的には最適な答えを得られるようなことになってくるのかもしれません。一方、人間らしさには、ある種「不完全さ」が含まれていると思います。このような人間の曖昧さや感情的な判断をAIも今後は獲得することができるとお考えでしょうか。

今井 少なくとも表面的にはAIが「人間らしさ」を獲得することは可能だと思っています。ただそれはあくまで表面的であって、根本的に人間の不完全さとは異なるものです。ご指摘のとおり、人間の不完全さはある種の「武器」でもあります。人工知能は、たとえば電源を切っても再び起動すれば元通り動き出すため、本質的な「制限」や「実用人生」を持っているわけではありません。また、人間のように生まれた時から体を持って活動してきている訳でもないので、その辺が人工知能では再現が難しいのではないかと思います。

少し話がそれますが、AIにはまだできないことが沢山あります。どれだけ考える力があっても、その考えるための材料がなければ、最終的な結論が間違ってしまうことがあります。世の中には、インターネット上に存在しない情報が多くあり、人間が持っている知識や現場での経験、リアルタイムでの出来事など、AIはまだ直接アクセスできません。もし将来的に、世界中の全てにセンサーが張り巡らされ、すべての情報がデジタル化されるようなディストピア的な社会になれば話は別ですが、現時点では、リアルな世界で情報を集め、判断することができる人間の方が優れています。強化学習が進んでも、この「人間が現実世界で経験し、考え、判断する」という部分を、AIが再現するのはなかなか難しいのではないかと思います。

質問者 私は博士課程でAIの研究をしていますが、最近の学会では、ChatGPTの登場以降、コンピュータサイエンスの研究が大きく変化しつつあるという話をよく耳にします。最初は私も含め、多くの研究者が悲観的に捉えていました。

少し話が変わりますが、私は将棋が好きです、10年程前からAIが将棋の世界に進出し、ここ数年で完全にAIが人間を上回るようになりました。プロ棋士のインタビューを読むと、彼らは「AIを使って学ぶことは本質的に重要だが、最終的には“人間らしい手”や“個性”が求められる」と語っています。実際、将棋ファンもAI同士の対局より、人間同士の対局の方がおもしろいと感じることも多々ありますよね。今日のご講演でも、多くの研究がAIによって行われるようになるというお話がありました。物質科学、物理学、材料科学などの分野では、AIを「道具」として活用しながら、人間の解釈や研究能力が問われるものがあると思います。しかし、AIそのものを研究する分野では、今後大幅に変わるのではないでしょうか。プロ棋士がおっしゃるように、「人間的な選択」や「感性」が大事になってくるのではないかと漠然と考えています。先生は、この点についてどのようにお考えでしょうか。

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今井 とても興味深い質問ですね。AI研究やコンピュータサイエンスの分野では、「どれだけすごい研究ができるか」が重要視されます。特に、コンピュータの中で研究がほぼ完結するような研究では、今後数年から10年以内にAIがほとんどの研究者を上回る状況になると思います。

ただ、将棋と違って研究の世界では少し厄介な問題があります。将棋の場合、たとえAIの方が強くなっても、私たちは羽生善治vs藤井聡太の対局を見たいですよね。これは「人間がプレーすること自体に意味がある」からで、生産性とは関係ありません。しかし、研究は、生産性第一という考えが結構あります。どう考えても人間の研究者が1週間かけてもノーベル賞級の発見を1つもできないのに、AIなら1週間で100個のノーベル賞級成果を出せるとしたら、当然AIに研究させた方がよいということになります。そのため、研究分野では「人間らしさ」や「個性」を活かすのは難しいと思います。しかし、人間にしかできない役割は残ると思います。特に、「どういう問題を解くべきか」というのは、人間の個性や感覚が必要です。AIがどれだけ優秀になっても、「何が人間にとって嬉しいのか」、そういうものを定義するのは、やはり人間の役割ではないでしょうか。

最近査読した論文の中に、AIが「接待プレー」をするという研究がありました。これは、単に強いAIを作るのではなく、人間と対戦した時に楽しさや学びを提供することも目的としたものです。このような発想は、「研究の生産性を最大化することが最優先」という発想からは生まれにくいものです。したがって、人間の感性や価値観が研究において果たす役割は、今後も重要であり続けるのではないかと考えています。

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