【コラム】Healthcare Revolution ~JAISTが創る未来の医療~ 生物、物理、化学の知見を統合し、 本格的な研究が始まった「糖鎖」の謎に迫る バイオ機能医工学研究領域 准教授 山口拓実

 

私たちの「体」を形成する分子としてはRNAやDNAなどの核酸と、アミノ酸からできるペプチドやタンパク質がよく知られていますが、新たに「糖鎖」が第3の生命分子として注目され、生命理解のより統合的な解析ステージが始まっています。「糖鎖」とは各種の糖が共有結合でつながった物質で、細胞を保護したり、免疫機能を調整したりすることが見つかっていますが、その実態には分からないことがまだ多く残されています。近年では「糖鎖」が、体内のタンパク質の状態を知らせるメッセージを出す、いわば体の中の「コミュニケーションツール」として機能していることがわかってきました。今回は、「糖鎖」の謎の解明に向けて取り組む山口拓実准教授の研究をご紹介します。

化学的なアプローチを強みに「糖鎖」の解明に挑む

分子と分子の関係をコントロールする「超分子化学」の分野で、有機・合成化学の化合物を作成する研究に携わってこられた山口准教授は、体の中の分子のデザインに魅力を感じ、自然界を手本に“新しい機能”を設計することに関心を抱くようになりました。「そのためには自然のことをもっと知るべきだと考えて、身体の中の分子と分子がどの様に関わっているかに迫る分野に研究の方向を切り換えました」。
生命分子の分野では、RNAやDNA、タンパク質の研究が盛んに行われていましたが、山口准教授は研究が進んで間もなかった「糖鎖」に着目。「これまでの研究により多くのことが解明され、研究が進んでいるDNAやタンパク質と違って、糖鎖は研究を進めるための技術もなく、サンプルすらも手に入らないという状況でした」と山口准教授は当時を振り返ります。当時の指導教官に「糖鎖の研究をするには生物学だけではなく化学の知識がいる」と背中を押され、第3の分子「糖鎖」をターゲットに生命理解に挑戦することになります。

わたしたちの健康を守るために「糖鎖」が発するメッセージ

実は、体内の半分以上のタンパク質には「糖鎖」が付着しています。「糖鎖」には、タンパク質を体内で「どのように処理、加工するか」というメッセージを段階的に発する機能があることがわかってきました。例えば、生成されたばかりのタンパク質があれば「このタンパク質にはサポートが必要」とのメッセージを体内で発信します。そのメッセージを受けて、わたしたちの体は準備が整ったタンパク質を分泌します。また、古くなったタンパク質がそのまま体内に残留しているときは「不具合」と見なし、それらを分解して廃棄するようにメッセージを送ります。「糖鎖を使ったタンパク質の品質管理機構」と呼ばれる一連のメカニズムが、どういう理由でなされるのか、あるいは「糖鎖」の機能を応用することでどのようなことが可能になるのかを山口准教授は研究しています。
「具体的には、糖鎖がメッセージを送る際に、どういう立体的な構造をしているのかを研究しています。例えば、一つの鎖の有無でメッセージが変わるのか、そしてそのわずかな差を細胞の中でどのように見分けるのかなど、立体構造からわかることは多くあります。また、糖鎖の配列に加えて動きにも注目しています。このように化学的な配列、立体的な形、そして動きの3点セットで糖鎖のメッセージに潜む暗号を解明することを研究の一つの柱にしています」。
「糖鎖」がタンパク質に与えるこの働きは「タンパク質の運命決定」とも呼ばれています。この一連の「ストーリー性」こそが、山口准教授の糖鎖研究への情熱に火をつけたそうです。


大型実験装置(800 MHz NMR)の操作を指導する山口准教授

また、「糖鎖」のメッセージ伝達の不具合により品質管理システムが破綻すると、不要なタンパクが体内に蓄積し病気になってしまいます。
「糖鎖によって健全な生命活動がどのように維持されているのか、あるいは破綻するのかを探る研究は、いわば生命科学そのものを深掘りするような取り組みです。そんな私の研究の原動力は、謎に満ちた生命を原理として理解したいというパッションです。そこから、自分で新しい機能をデザインすることで、QOLの向上など社会に貢献していきたいと考えています」と語る山口准教授の挑戦はこれからも続きます。

今後の最先端研究に必要なのは異分野の知見

「糖鎖」の研究は自らが開拓していくという強い信念をもって研究に取り組む山口准教授。化学の観点から「糖鎖」の立体構造を把握して、そこから何かを語ろうという研究者はほとんどおらず、山口准教授はその第一人者ともいえる存在です。「糖鎖が変わる時はタンパク質の機能も変化している」という独自の見解をベースに、学際的な研究に挑戦する山口准教授は、その分野融合的な取り組みこそが科学の進歩に不可欠であると語ります。
「私の研究は化学がベースですが生物、物理の知識も応用しています。糖鎖の研究にはそれらの知見を組み合わせることが必要不可欠です。それでも未知なところが多い分野なので、最近はスーパーコンピュータを使って分析を行うなど情報学的な解析も取り入れています」


分子模型を使い学生を指導する山口准教授

これからの最先端の研究に必要なのは、化学、物理、生物の垣根を越えた学際的なアプローチであると指摘する山口准教授。JAISTは領域間の風通しが良く、化学系と物理系、生物系が一丸となって研究に取り組むケースも多くあり、それこそがJAISTの強みだと考えています。

「流行りには乗らないけど、ニッチが好きです」と自らの性格を語る山口准教授。新しい分野である糖鎖研究のパイオニアとしての気概を胸に熱い日々を送っています。

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