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人間と環境の持続的な共存を数理モデルで探る/トランスフォーマティブ知識経営研究領域 吉岡秀和准教授

環境破壊や乱獲が進んだ影響により、水産資源の漁獲量は近年著しく減少傾向にあります。そんな中、トランスフォーマティブ知識経営研究領域の吉岡秀和准教授は、意思決定を支援する目的で、数理的な視点から資源や環境を管理する新たな理論構築の研究に取り組んでいます。

衰退の一途を辿るアユの資源管理を数理モデルとして形式知化させる。

吉岡准教授の研究テーマについて教えてください。

人間社会が環境と持続的に共存しながら、将来にわたり水産資源の恩恵を享受していくためにはどうすれば良いのかー異分野との融合による学際的研究によって、環境や資源の「管理」のあり方を考えるのが大きなテーマとなります。たとえば私たち人間にとって大切な資源である「水」は、いつどこに、どれくらいあるのか。河川や湖沼にはどのような生き物がいて、年間を通してどのような活動をしているのか。そうしたデータをフィールドから吸い上げ、生き物の成長や個体数の変動、人間による漁獲の影響などを数字として可視化する。そのようなプロセスを経てこれまで肌感覚といわれる暗黙知によってなされてきた環境保全の取り組みを、数理モデルとして形式知化するのが研究の軸となります。本来フィールドの調査と数理モデルの研究は別個に行われるものですが、理論と応用(現場)を相互深化させることで双方に意味のある結果が得られるのではないか、それらを繋げることで新しい概念が生まれるのではないか、そうした信念をもって研究を続けています。

具体的にどのような研究を行なっているのでしょうか?

2014年から今日に至るまで、石川県の手取川や島根県の斐伊川などの河川を研究フィールドとし、我が国の主要な内水面水産資源であるアユの資源動態について調査研究を進めてきました。近年、アユ漁は漁獲量が減少し続けているだけでなく、資源管理の役割を担う漁業者や漁業組合員の減少と高齢化により衰退の一途を辿っています。こうした状況を打開するためには、限られたコストの中で情報を収集しつつ、その中から費用対効果の高い資源管理方針を抽出することが必要であり、情報を知識化することが求められています。そのために、アユの生態に関わる生物学的な情報の自発的収集に始まり、アユの個体や個体群の成長の数学定式化、さらには最適制御理論に基づいた資源管理スケジュールの導出に取り組んでいます。

日本人にとってはなじみ深いアユですが、一年で一生を終える独自のライフサイクルを持つなどその資源動態は未だに謎だらけです。生物学や生態学、土木工学など、様々な研究分野の視点からケーススタディがなされていますが、実際にどうすればアユを持続可能な水産資源とすることができるかという理論の検証事例はいまだ少ないのが現状です。なかでも回遊魚であるアユのダイナミックな遡上に関する理論構築は、資源管理の重要なファクターになる可能性があります。たとえば、どのような環境下であればどれくらいの数のアユが海から河川へと遡上してくるのか、どのような環境条件が各個体の成長スピードに影響するのか、さらにはアユを取り巻く河川の環境、水量や水質についても未解決な問題が多く存在しており、それらの課題解決に導く数理モデリングを実現することができれば、アユという日本が有する貴重な水産資源の持続的な資源管理に大きく貢献できるのではないかと考えています。

地域との連携によって研究が進められているそうですが、どのような連携がとられていますか?

地域の漁業協同組合の協力のもと研究を行っています。どのようにアユが成長しているか、どれくらいの量の稚アユが遡上しているかを知るためには実際にアユを捕獲する必要がありますが、素人の我々では簡単に捕まえることができません。そこでその道に通じる漁業者にしかるべき手順を踏み、研究協力という形で生物データを共有していただいています。もちろん協力いただいた漁業関係者には「今年と去年ではこれくらい成長に差異があった」「今年は河川の水温や水量が例年よりも高かった・低かった」などの分析をフィードバックしています。その情報を現場でどう生かしていくかは今後の課題ですが、それまでは地元コミュニティが共有してきた「肌感覚」をベースに管理していた水産資源に対して、定期的に調査を行いながらデータに基づいて考察していくプロセスが習慣化されたことは、持続的なアユ資源管理を目指す上でも良い流れだと感じています。

アユ資源の研究について今後どのように展開していく予定ですか?

アユに限らず、魚類回遊の数理モデリングは完成とは程遠い現状にあります。とくに回遊する個体同士がどのようなコミュニケーションをとりながら河川を遡上しているのか、またその具体的な様相はどのような数理モデルで記述できるのかが未解明です。研究ではそのような未解明の部分を不確実性として扱っているため、生物学的な課題が山積みとなっています。今後はそれらを踏まえて、この欠点を克服できる数理モデリングの探求が行われていく予定です。

金融や保険の分野で論じられてきた方法論を自然環境の分野に落とし込む。

そのほかにはどのような研究を手がけていますか?

水力発電や土砂還元、環境モニタリングなど社会で進んでいる取り組みにおける、持続的な制御の最適化を、リスク指標を用いて検証しています。たとえば河川環境を改修するために行われる土砂還元には、どれくらいの量の土砂をどのタイミングで入れるべきなのか、粒の大きさや硬さなどどのような性質の土砂をいれるべきなのか、考慮すべき事項は多岐にわたります。ただ適当に土を入れるのではなく、さらに費用対効果を高めるにはどうしたら良いのか。フィールドで観測したすべてのデータを使うのは難しいですが、最適制御の問題に数理的なモデルを適用することで、部分的にデータを活用しながら実現象と整合性が取れるように理論を組み立てていくといった研究も行なっています。

リスクおよび不確実性下では、どのような意思決定支援が必要になるのでしょうか?

数学的に言うと「リスク」は、金融危機で株価が暴落するといった測定可能な不確実性を、「不確実性」は我々の知識から欠落していて確率計算できない真の不確実性を意味します。不確実性があるとノイズによってリスクの算定がぶれてしまう。そういった意味でリスクを過小評価しないように算定できるかという研究を理論的な観点から行なっています。具体的には、アユの資源管理を考える上では「洪水」や「渇水」などのリスクが伴います。とはいえ、手元にあるデータは有限かつ多分に誤差が含まれているので、アユを対象とした資源管理の数理モデリングを行う場合には、その不確実性を鑑みたリスクを算定する必要があります。そのような方法論は金融や保険などお金を扱う分野では当たり前とされてきたものですが、長年の勘や肌感覚によってリスク管理をしてきた自然環境の分野にも落とし込こんでいきたいと考えています。それによって新たな概念が生まれ、環境と社会が相互深化していくことを期待しています。

吉岡准教授ご自身は学生時代にどのようなことを学んでいたのでしょうか?

高校生の頃に、環境問題や今で言うSDGsに対する意識が芽生えてから、環境や生物を対象にした研究をしたいと思うようになりました。九州大学の農学部に進学してからは、河川や湖水の水理に関する研究をしていました。研究を進めていくにつれてちょっとずつ観点は変わっていますが、環境保全に貢献していきたいという想いは今も変わりありませんね。環境や資源の問題を数理的な観点から考えるようになったのは九州大在学中に所属していた研究室 の影響が大きかったです。

吉岡研究室で研究を始める際には、どのような知識や能力が必要になりますか?また、どのような能力が身につきますか?

計算に関してはコンピューターに頼らざるを得ない部分もあるので、プログラミングやコーディングの知識があると手数が減るかと思います。また、応用数学の知識があると研究の幅が広がるとともに質が深まるため、可能な限り身に着けておくことを推奨します。また、当研究室で研究することで、こういう現象があった場合にどういった方程式で再現できるのか、方程式を導くうえでどういった要素を入れ込む必要があるのか、方程式が得られたとしてどうすれば解けるのか、といった観点から得られる、「正しいもの・正しくないもの」 を見極める能力を身に着けることができます。また、数理的な視点から資源や環境の持続的な管理を考究するための知識やスキル、とりわけ制御理論や最適化理論に関わるものが挙げられます。

それでは最後に、今後の展望をお聞かせください。

率直に言うと、本学では農学的な見地で行う研究ができる場所は限られていると思います。数理的な視点から資源や環境を管理する新たな理論を構築していくことで、JAISTの農学的な研究のパイオニアとなりたい思いがあります。また、個人的な研究の視点としては、実現象に対して数理的な理解をより深めることを望んでいます。論文などで足跡はつけていますが、まだやるべきことはあるという認識でいますね。フィールド調査を続けながらも、資源や環境の管理について今まで以上に理論的に考究していきたいですね。