お知らせ

JAIST社会人ストーリー vol.3

キャリア構築が目的ではない50代からの入学
“知の喜び”を得ることができた

紺野稔浩

紺野 稔浩(としひろ)さん (内平研究室

自動車関係企業勤務
技術経営(MOT)プログラム (博士前期課程)2017年3月修了

研究テーマ 「製造業の子会社における組織変革の研究 ― 自動車メーカー用品子会社A社におけるアクションリサーチ ―」

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  • 自動車メーカーを定年退職後、子会社に移られてからの大学院進学と伺いました。50代からの挑戦とは?

    紺野稔浩さん(以下、紺野)  ずっと技術者として開発や設計に携わって来た会社員人生もそろそろゴールが見えてきて、自分がやってきたことを一度きちんと振り返えってみたいとは考えていたのです。MOTや大学院の社会人コースという言葉も雑誌や新聞で目にするようになって。一方で2011年には東日本大震災がありました。原子力や復興の問題など、人間の力では如何ともしがたい出来事が起きてしまった。そんな中で、技術者として自分がやってきたことにどんな意味があるんだろうか?と考えるようになり、これを機会に大学院で勉強してみようかと決心したのです。技術で何でもできる、くらいに考えていたのが、震災を経て、その幻想がもろくも崩れました。技術者はどういうことをしなきゃならないか?を大学院で考えてみたい、と。技術者倫理について、ですね。それと、今でこそ理系では大学院進学が一般的になりましたが私が大学を卒業した頃はごく稀で、憧れもありましたし。

  • テーマを携えて入学されたわけですね。

    紺野  最初は、この技術者倫理を修士論文のテーマにしたかったのですが、先生方に相談したりする中で、 どうやらこれは客観的データを取りにくいテーマであると気づかされまして。 客観的データによる裏付けは論文には必須の要素ですから、さてどうしようかと。 一方で、会社の中でも、組織を活性化するなど経営側としての課題がどんどん出てきていて、 それならばアンケートやインタビューなどさまざまなデータが取りやすいこともあり、 私が務める企業内の課題をどう解決するかのプロセスを研究したほうがよいかもしれないと軌道修正しました。 アクション・リサーチ、会社で活動しながらその成果をまとめていくという方法論です。 一方、大学院入学の動機のひとつとなった技術者倫理についても「副テーマ研究」の課題として扱うことができました。

  • 専攻分野に隣接あるいは関連するようなもうひとつのテーマを選んで、 副テーマとして研究できるのがJAISTの特長のひとつでもありますね。

    紺野  JAISTでは、学生1人に対して担当教官と副担当がつき、さらに副テーマにも担当教官がついてくださるので手厚かったです。 学術的なレポートを仕上げる作業は、私にとって初めての経験でした。主たる研究課題を扱う修士論文に先立って。 副テーマのレポートからまず手がけることができたのは、その後に論文をまとめていく上でもいいトレーニングになりました。

  • その後の修士論文では、企業活動と研究の方向性をうまく融合させることができたわけですね。

    紺野  そこに辿り着くまで、結構大変でしたけれどね。担当教官、授業で関わる先生方に随分と相談しました。 「個別ゼミ」でも多くの先生方の指導を受けながら詰めて行きました。 JAISTの特長でもある「個別ゼミ」は、修士論文をまとめるにあたってさまざまな意見が聞ける非常にいいシステムだと感じました。 とはいえ、専門性に基づいて述べられる見解は実にさまざまで、 受け手が自分の軸をしっかりと持っていないとせっかくの助言で根底が揺らいでしまう危険性もあります。 社会である程度の経験を積み自立した考えを持つ社会人大学院生にこそ有益なのだと思います。

  • 社会人コースとはいえ、50代の学生は少数派だったのでは?

    紺野  講義の中でも議論の中でも、年齢についてはほとんど意識しませんでしたね。もちろん私より年下の先生もたくさんいらっしゃったし、会社での部下たちよりさらに若い同級生も。向こうは感じていたかもしれませんが(笑)。若い同級生たちとも対等の立場で議論できるというのは、会社ではまず味わえないものであり、自分の知識をどんどん増やせる、いい刺激を受けました。

    紺野稔浩

  • 体力的にきつかった、などありますか?

    紺野  講義が多い1年目はさすがに少しきつかったですね。自宅がやや遠方なので、夜9時半過ぎに授業が終わってすぐ帰宅しても12時過ぎなんです。集中講義の週は割り切って、通学時間を節約するために毎日ではないですがビジネスホテルも利用しました。体力的にはラクをしよう、と。2年目は講義がそれほど無いので、移動の大変さは減りました。体力的というよりは、集中力の持続時間は多少短くなっていたかもしれませんが、知的好奇心がそれにまさっていたと思います。

  • 理系の技術畑で長きに渡り活躍されてきて、社会科学系の研究をするというのはいかがでしたか?

    紺野  論文作成にあたって、単純に「私はこう考える」だけではダメで、それを支える客観的データ、根拠をきちんと提示しなければなない。アンケートやアクション・リサーチなどからデータを得なければならない。そこのところが、実験結果が割と単純にデータとなる理系とは少し勝手が違いましたね。理科系のフィールドで仕事をしてきた人も一度は社会科学的なものの見方を勉強すると仕事が面白くなるし、成果も上がるだろうと思います。少し幅を持たせて考えながら、専門を極めていくことができるようになるんじゃないか、とも。自分の仕事が社会的にどんな意味があって、それが最終的に人間のためになるかどうか。そういうところまで考える幅の広さは、プロジェクトや組織を引っ張るときに必要になるはずだと思うようになりました。

  • 論文には、どんなスケジュールで臨まれたのですか?

    紺野  本格的に準備を始めたのは2年目の6月くらいでしょうか。会社の夏休み、と言っても1週間か10日間はほとんど費やして、昼間はデータを整理してエクセルにまとめ、夜は文献を読む、という毎日。そうして煮詰めたものに対して先生方から意見をいただくわけです。そしてまた練り直す、というのを続けていたわけです。その途中で、このペースだと2年間での修了は難しいと判断して「長期履修制度」を活用することにしました。案の定、2年目の後半には仕事も忙しくなり、3年目に持ち越すことに。収集したデータをまとめたり文献調査をしたりでほぼ毎週土日を潰しましたが、それでもなかなかまとまらず……。論文をまとめるには一定のフォーマットに合わせつつ、その中でエビデンスで裏付けられた自分の見解を出さなければならない。そのロジックを整理するのに相当悩みましたが、最終的には3月に修了することができました。一応、最長の4年で修了するように申請していて、結果的に3年で。いずれにせよ、この歳になってあれだけ必死に文献資料を読み込んで、リサーチをして、論文にまとめるという一連のプロセスを遂行できたことがある種の自信がつきました。

  • 真正面から論文に取り組まれたことで、得られたものは大きかったようですね。

    紺野  これまで何をやってきたんだろうという漠然とした思いを、修士論文という形で昇華させることができました。 また、私も企業においてはそれなりの達成感も持ち定年も近づいてきた身ですが、もっと広い領域がまだまだ世の中にはある、 まだまだ解らないことだらけであることを実感できたのもJAISTで勉強に取り組んだからこそ。 大学院は敷居が高いように見えますが、少し頑張って入ってみれば、また違う世界が必ず広がります。

    紺野稔浩