研究概要
Research

以下の新技術に着目し、
シリコン系高性能太陽電池実現のための
基盤技術の確立を目指します。

1. フラッシュランプアニールによる太陽電池用多結晶Si薄膜形成

 薄膜結晶Si太陽電池は、省資源、低コストという長所から、次世代の太陽電池として期待されています。安価なガラス基板上に形成した非晶質Si(a-Si)に対し、フラッシュランプアニール(flash lamp annealing: FLA)という短時間加熱を行うことで結晶化し、多結晶Si (poly-Si)膜を形成できます。FLAは、キセノンランプからの瞬間放電光を利用した加熱法で、カメラで写真を撮るときに使うフラッシュ光を、とても強い光(瞬間的には地上での太陽光強度の1万倍以上)にしたものです。加熱時間がミリ秒台(1000分の1秒台)なので、ガラスやa-Siの中の熱拡散長(熱が伝わる距離)が数十µmになります。その結果、1 mm以上の厚さのガラス基板への熱損傷を避けられ、一方、膜厚数µmのa-Si膜は、上から下まで結晶化できます。
 a-Si膜にFLAを行うと、横方向に進む結晶化が現れます。この横方向の結晶化は、爆発的結晶化(explosive crystallization: EC)とよばれるものです。ECは、”ドミノ倒し”のような現象です。a-Si(やや不安定な構造)が結晶化して結晶Si(より安定な構造)になると、その安定性の差の分だけ熱が放出されます。この熱は、まわりの結晶化していない場所に拡散し、その場所を加熱し結晶化します。ECは、FLA中にこの発熱と熱拡散が連続的に繰り返される結果起きる結晶化です。
 ECにもいくつかの種類があり、それぞれ結晶化が進む速度も異なります。電子線蒸着で形成したa-Si膜の結晶化は、約14 m/sという速度で進みます。この速度は、a-Siの融点(~1200°C)付近の液相エピタキシー(LPE)の速度と概ね一致しているため、LPEで進行するECと考えられます。その結果、横方向に伸びた大粒径結晶粒からなるpoly-Si膜が形成されます。一方、化学気相堆積やスパッタで形成したa-Si膜では、結晶化速度は約4 m/sであり、LPEと固相での結晶化が約1 µmの周期で繰り返される特徴的なECが起こります。どちらのECでも、結晶化中のドーパント(リン、ボロン)の拡散はほとんど起きません。そのため、あらかじめp型a-Siとn型a-Siを積層した試料にFLAを行うと、各層の厚さとドーパント濃度を維持したまま、結晶のp-n接合を作ることも可能で、太陽電池の作製工程も簡単にできます。

FLA装置

EB蒸着a-Si膜をFLAで結晶化して形成したpoly-Si膜の
断面走査型拡がり抵抗顕微鏡(SSRM)像

2. 触媒化学気相堆積 (Cat-CVD) の太陽電池製造技術への応用

 高効率結晶Si太陽電池において、表面でのキャリア再結合の抑止は必須です。表面再結合を低減するためには、結晶Si表面に存在する、再結合中心として働く未結合手を減らす必要があります。また、Siの表面付近に存在する少数キャリアの数を減らすのも、表面再結合の低減に有効です。そのために、結晶Si表面への薄膜形成や、追加のドーピングが行われます。しかし、その処理自体が結晶Siに損傷を与えると、十分な再結合低減効果が得られません。
 結晶Si太陽電池の生産で最も使用されている薄膜形成法が、プラズマ化学気相堆積(plasma-enhanced chemical vapor deposition: PECVD)です。このPECVDでは、加速した電子との衝突により原料ガス分子を分解し、薄膜を形成します。このガス分解の過程において、電荷を持った分解種(イオン)が形成されます。このイオンが、電界により高い運動エネルギーを得た状態で結晶Si基板に飛来し、損傷を与える可能性があります。イオンの生じない方法で原料ガスを分解できれば、基板への損傷の無い薄膜の形成が期待されます。
 触媒化学気相堆積 (catalytic chemical vapor deposition: Cat-CVD)は、通電加熱した触媒体線で原料ガスを分解し、薄膜を堆積する手法です。ガスの分解は、触媒体表面にガス分子が分解した状態で吸着する工程(解離吸着)と、その分解した吸着種が熱により脱離する工程(熱脱離)という二つの素過程により進行します。すなわち接触分解反応により行われます。この工程において、活性種(ラジカル)は生成されますが、原理的にイオンは形成されません。このため、Cat-CVDでは、基板への損傷の少ない”やさしい”製膜が可能であり、太陽電池に使われるSiの表面への薄膜形成法として適しています。
 また、Cat-CVD装置は、薄膜の形成だけでなく、ドーピングを行うためにも使用できます。ドーピングガス(PH3, B2H6)の分解種にSiをさらすことにより、Siの表面付近に、厚さ10 nm程度のドーピング層を形成できます。このドーピング法(Catドーピング)を結晶Siに適用することで、表面付近に高濃度ドープ層を形成し、少数キャリア濃度を減らすことで、再結合のさらなる低減が可能です。Catドーピングは、非晶質Si (a-Si)に対しても有効で、a-Siと結晶Siの接合からなるSiヘテロ接合太陽電池の作製に利用できます。

Cat-CVD装置の概要

Catドーピングの概念図

3. 結晶Si太陽電池モジュールの電圧誘起劣化

 太陽光発電の電力コストは、太陽電池の製造コストと発電性能だけでは決まりません。太陽電池システム全体の設置や維持、廃棄に要したコストと、廃棄までに生み出したエネルギーの比率を考慮する必要があります。したがって、太陽光発電の低コスト化には、その長期信頼性も重要です。
 近年、特に大規模太陽光発電所において、電圧誘起劣化(potential-induced degradation: PID)と呼ばれる劣化が深刻な問題になっています。PIDは、太陽電池モジュールにおける、接地したアルミニウム製フレームとセルの間の電位差が原因で発電性能が劣化する現象です。これまでに広く導入されてきた、p型結晶Si基板を用いた太陽電池モジュールにおいては、PID現象の解明が進み、その対策もなされつつあります。一方、基板にn型結晶Siを使った太陽電池モジュールは、一般にp型のものよりも発電性能が高いため、近い将来シェアの伸ばすと予想されていますが、そのPIDについては研究が不足しています。また、一口にn型といっても、そのセル構造はさまざまです。例えば、p-n接合の場所にもいくつかの可能性があり、また、a-Siとのヘテロ接合を有するセルもあります。セル構造が違えば、異なる挙動やメカニズムでPIDが起こります。
 結晶Si太陽電池モジュールのPIDには、主に2つの原因が考えられます。一つは、セル表面の窒化Si膜に電荷が蓄積することにより、Siの表面付近の少数キャリア数が増大し、表面再結合が増大する現象です。二つ目は、モジュールのカバーガラスに含まれる不純物(例えばナトリウムイオン)が、電界によりセル側に移動し侵入することによるもので、p-n接合を貫くに導電経路が形成されたり再結合が増大したりします。これらの劣化の発現の有無や劣化の程度はセル構造に応じて異なるため、セル構造ごとにPID挙動の調査が必要です。また、屋外でのPIDは、必ず太陽光照射下で起こるので、PIDにおける光照射の影響の解明も求められます。
 結晶Si太陽電池モジュールのPIDの調査には、実用サイズの大面積モジュールは必要なく、2 cm角程度の小面積モジュールでも現象の再現ができます。また、我々は、モジュール化していないセルに対しPID試験を行う装置を保有しています。この装置を使えば、劣化したセル自体を得ることができ、分析などの試験に利用できます。

PID試験に用いる小型太陽電池モジュールの外観

モジュール化せずにPID試験を行える装置