(後編)共創関係から得られた刺激が、アパレル産業に新たな息吹を吹き込む

国内外で大きな反響を呼んだ共同研究は、ポストSDGsといった共通のビジョンを見据えて共創関係を築ける組織が有効だったと紹介した前回。後編では、増田講師が考える研究のスタンスと今後の展望について見ていきます。

 

環境問題やエネルギー問題に向き合うのは当たり前
モチベーションは「楽しい」「カッコいい」と感じる心

SDGsをはじめ環境問題やエネルギー問題等は、メディアやネットで目にしない日がないほど社会に広く浸透しています。この現状に対して増田講師は、「環境問題やエネルギー問題は大事ですが、それを踏まえたうえでどんな新しいことができるのか、に目を向けたい」と、自らの思いを語ります。前編で紹介した天然染料による草木染めの研究成果はまさにその具体的な回答であり、環境破壊を食い止めるだけでなく、アパレル業における「脱石油化学」という共有のビジョンを示すことでした。

増田講師との話では、「楽しい」「カッコいい」という言葉が度々聞かれ、そういった明るく、前向きな気持ちが自身の研究と社会問題とが対峙する時のモチベーションになっているように思われます。「実は、ArtTech(分野を越えた共創関係の構築と、新しい価値や創造性豊かな研究に挑戦することを目的としたプロジェクト。前編参照)の理念作りでは、電気自動車メーカー『テスラ』のビジネスモデルを参考にしています。テスラが出てくるまでは電気自動車は流行っていませんでしたし、また当時の電気自動車はエコカーといった野暮ったいイメージで、カッコいいものではありませんでした。そのような状況の中でテスラは最先端の科学技術のカッコよさをスーパーカーという形で示しました。電気自動車が環境に良いことにはほとんど言及せず、ただカッコいいスーパーカーを創ったのです。車というハードではなく『移動する楽しさ』といった体験を発信しました。そのカッコ良さや楽しさに憧れた人がテスラを買い、結果として排気ガスが減って、環境負荷が減るといった好循環に繋がっています」と話す増田講師は、「科学技術もそうで、環境意識が高い人の制約観に訴えかけるだけでなく、少し視点を変えて皆が楽しいと思える社会像やカッコいいと思える科学技術を提案できる研究にしたいと思っています」と続け、社会問題に対する研究の姿勢を口にします。

兼六園菊桜で染めた草木染め友禅のストール

 

ArtTechも、テスラも、共同研究も考え方は同じ
どんな新しい価値、社会を創れるかが研究の基本

前述の通り、増田講師が研究を進めるにあたって重視しているのは、環境にやさしく、環境の負荷を低減させることができたうえで、プラスαとしてさらにどんな新たな価値を創出できるかです。その点で自らが組織したArtTechも、共同研究も、テスラも、同じ考え方だといいます。一例をあげると、増田講師が長年取り組んできた研究の一つに高機能な液体材料があります。
高機能な液体材料を用いるとプリンターで印刷するように簡単に機能性の膜が作れるため、材料とエネルギーの利用効率が高く、低環境負荷なモノづくりが可能になります。しかし増田講師が考える液体材料研究の価値は、固体材料や気体材料でしか扱えなかった材料系に新しく「液体」という研究領域を創ることでした。その代表材料が液体シリコン、液体アルミニウム、液体ゲルマニウム、液体シリコンカーバイド等の材料群です。例えば液体シリコンは従来の液体材料と同じく印刷で物を作れるので環境負荷を減らせるのはもちろんのこと、それ以上に液体シリコン科学という研究領域を拓くことに意義があります。固体や気体に基づき発展してきたシリコン科学の150年の歴史に、新しく液体のシリコン科学を提案することで、この分野の研究に多様性と発展性をもたらしました。それが新しい価値の創造に向けた第一歩となったのは言うまでもありません。

研究室で開発した液体Siと、その脱水素化によって得た半導体Si
※Si=シリコン

 

再びArtTechのような異業種の人たちと仕事をしたい
環境問題や社会課題を改善するための研究提案を待つ

令和に改元なって間もない2019年5月3日、金沢城公園の五十間長屋で増田講師と杉山山梨県立大准教授の各研究室が主催するArtTechの公開セミナー「Cross ArtTech Conference 2019 in Kanazawa」が開催されました。「ポストSDGs」の共同研究の成果発表ほかをテーマとする本セミナーには国内外から3,500名を超える来場者が集まったといいます。
オーストリア大使館、エスターハージ公爵家(ウィーンの貴族。所有するワイナリーで出るブドウの搾りかすを研究に提供)、政府観光局等多数の協力を得て盛大に開催された今回のセミナー。共立女子大学の学生が製作した合成繊維に天然染料の草木染めを施したドレスのファッションショーや講演会、学生や地元工芸士の作品展示、ワークショップや演奏会、茶懐石のバンケットなどが催され、増田講師も液体アルミニウム・液体シリコン等の機能性インクを用いたスマートテキスタイル(ストールや友禅)等を新たに発表するなど、会場は終始刺激的な時間に満ちていました。

「Cross ArtTech Conference 2019 in Kanazawa」の会場となった金沢城公園の五十間長屋とイベントの様子

これからの研究について増田講師は、「社会課題の解決に貢献できるだけでなく、新しい社会像を描けるものを考えています。その意味では、開発した天然染料を発展させるだけでも十分意義があると思います。アパレル産業の環境負荷をさらに低減させることはとても大切です。しかしそれ以上に、例えば自分の好きなワインで染めたドレスを着てワインパーティーに参加したり、思い出のある草木で染めた洋服を着て過ごす一日などがあったりしたらカッコいいですよね。そういった今までは実現できなかった新しい社会価値を創れる科学技術の一面にも目を向けたいです。また、そのリアルな活動としては、ArtTechのように、異業種の人たちと仕事ができたら楽しいでしょうね」と新たな共創関係に思いを巡らせます。
そのうえで現在は、「私たちの科学技術を社会実装するための新たなパートナーを探しています」と話し、社会の役に立つ新たな価値の創造に向け、増田講師は準備を整えています。。

 

<共同研究レポート> 共創関係から得られた刺激が、アパレル産業に新たな息吹を吹き込む(前編)はこちら。

 

本件に関するお問い合わせは以下まで

北陸先端科学技術大学院大学 産学官連携本部
産学官連携推進センター
Tel:0761-51-1070
Fax: 0761-51-1427
E-mail:ricenter@www-cms176.jaist.ac.jp

■■■今回の研究に関わった本学教員■■■

環境・エネルギー領域
増田貴史 講師

https://www.jaist.ac.jp/areas/ee/laboratory/masuda.html