【事例紹介インタビュー vol.1】 「素材から目指すサステナブルな未来」

事例紹介インタビュー vol.1
「素材から目指すサステナブルな未来」
北陸先端科学技術大学院大学 金子達雄 教授(環境・エネルギー領域)
DIC株式会社 新事業統括本部 ヘルスケアビジネスユニット H-1プロジェクト
                田中一義 プロジェクトマネジャー

 

スイゼンジノリの収穫風景

 

新型コロナウイルスの感染拡大や、頻発する異常気象など、かつてないほどの先行き不透明感に社会が覆われているなかで、サステナビリティ(持続可能性)の重要性が声高に叫ばれています。なかでも、脱カーボン・脱石油の動きは年々強まっており、消費者のし好から企業の経営方針まで社会のさまざまな局面に影響しています。一方で、衣服や衛生用品などの生活必需品をはじめ、私たちの生活は“モノ”にあふれており、それらの多くは石油由来の原料からできているのが現状です。脱石油社会の到来を見越して、素材から持続可能な社会の実現を目指す企業の挑戦と、バイオマテリアルの研究を通じてサステナビリティに貢献していきたいという研究者の思いが一致した事例が、本学発のベンチャー企業であり世界で初めて「サクラン」(※)を商用化したグリーンサイエンス・マテリアル株式会社(以降GSM社)と、藻類のスピルリナの商業生産に世界で初めて成功した実績を持つDIC株式会社(以降DIC社)との資本業務提携です。今回の提携では、サクランの大量培養や機能成分の抽出技術を両社が共有し、わが国固有の藍藻類であるスイゼンジノリの人工培養技術の確立を目指します。今回は、この産学融合の取り組みについて、環境・エネルギー領域の金子達雄教授とDIC社 新事業統括本部 ヘルスケアビジネスユニット H-1プロジェクト田中一義プロジェクトマネジャーにお話をお伺いしました。

(※)「サクラン」は、環境・エネルギー領域の金子達雄教授の研究室が発見した、絶滅危惧種であり日本固有の藍藻類のスイゼンジノリから抽出される高い保湿性、抗炎症効果等を持つ多糖類です。

 

― まずは、今回の資本業務提携に至った経緯を教えてください。

金子達雄 教授(以下、金子):私の研究室の岡島麻衣子博士が、淡水性の食用藍藻類スイゼンジノリが極めて大量の寒天状物質を細胞外に分泌することに注目し、2006年にスイゼンジノリから寒天状の物質である「サクラン」を抽出することに成功しました。サクランは化粧品の保湿剤として欠かせないヒアルロン酸や、健康食品に用いられるコンドロイチン硫酸などと同じ多糖類物質です。その後、大学が生んだ研究成果や環境技術を活用した製品・サービスの提供を目的に2007年4月にGSM社を立ち上げ、同年10月に本学と共同研究契約を締結しました。

GSM社ではサクランを用いた化粧品や衣類などさまざまな製品の開発・販売を手掛けてきました。より多くの人にサクランを届けたい、この事業を大きく育てたいという想いはありましたが、自分たちの力だけではビジネスの拡大に限界を感じていました。一番のボトルネックは商用生産です。現状、私たちが手掛けるスイゼンジノリの生産は屋外での天然養殖ですので、台風などの異常気象などによる影響を受けやすく、熊本地震でも壊滅的なダメージを受けました。そこで、人工培養技術による生産のスケールアップが必要不可欠であると感じていました。DIC社は世界で初めて藍藻類の商用生産に成功した企業でしたので、今回の提携で得られるものは大きいと期待しています。

 

金子達雄 教授(北陸先端科学技術大学院大学)

 

田中一義 プロジェクトマネジャー(以下、田中):DIC社は、印刷インキ、有機顔料、PPSコンパウンドで世界トップシェアのグローバル化学メーカーです。我々の強みである合成樹脂・顔料といった素材は今の世の中には必要不可欠なものです。一方、環境問題などの「社会課題」やデジタリゼーションを代表とする「社会変革」などが叫ばれる中、DICは現行の中期経営計画「DIC111」において2つの基本戦略を掲げています。1つはマクロ経済の影響を受けにくい事業体質に転換するための“Value Transformation”で、これは製品の競争優位性を明確にし、既存事業の価値を一層高めていこうというものです。2つめは社会の課題・変革に対応した新事業の創出を目指す“New Pillar Creation”で、そのなかの1つとしてヘルスケア領域でのポートフォリオ拡充を目指しています。「健康長寿」「食の安心・安全」をキーワードに、既存のスピルリナという藻類を用いた健康食品・サプリメントの事業をベースに、心の健康・体の健康を世の中に対して発信していくようなポートフォリオをそろえていく、というのが基本的な方針となっています。

その中で、今回「藻類培養」という共通項を通じてGSM社との業務提携に至りました。サクランを抽出するためのスイゼンジノリですが、天然養殖されている量が非常に限られているため、当社がスピルリナ事業で培った藻類培養技術を活用して商用生産ができないか、というご相談があったことがはじまりでした。また、現在主に化粧品として商品化されているサクランですが、国内だけではなく海外にも展開していきたいというGSM社の思いをお伺いし、グローバルにビジネスを展開する弊社のネットワークを通じて販路の拡大ができるのではないかと考えています。さらに、当社で展開する化粧品用の顔料に加え、脱石油の社会の流れや環境対応の需要が増えている化粧品業界に対して、石油ベース由来の材料以外に、その代替となりうるサクランを事業ポートフォリオに組み込むことは、当社の長期的な成長のためにも有益です。

また、GSM社の「このサクランを何とかして世界に広めていきたい」という熱い想いも、協業に至る決め手となりました。お互いに「藻類」という共通のキーワードを持っていて、それを世の中に出していこうという意思が合致したというところで、お互いのノウハウやリソースを組み合わせながら一緒にやっていきましょう、というところですね。

田中一義 プロジェクトマネジャー(DIC社)
サクラン(左の瓶)はスイゼンジノリ(右の瓶)から抽出されます

 

― この資本業務提携で目指すものは何でしょうか。

田中:スイゼンジノリの人工培養技術の確立を目指しています。その中でも、今回初めての試みとなるのが、スイゼンジノリの量産化です。もともと屋外での天然養殖のみで生産されているものですが、それを屋内の制御された環境下で培養するというものです。ラボスケールではすでに成功していますが、それを商用生産レベルまでスケールアップするために、設備設計・条件設定などを検証しています。例えば、自然環境であれば日光で光合成するところを、屋内であれば人工光をどのように当てていくかなど、人工培養のノウハウや技術を今蓄積しているところです。

 

― 研究者、そして企業というそれぞれの立場から、お互いに期待する役割は何でしょうか。

金子:これまで10年以上研究をやってきたので、既に物質としてのサクラン自体はもう製品として生産できる段階にあります。一方で、より多くの方にサクランを届けるために、例えば製品開発やマーケティングのノウハウの部分で、企業との提携は有意義だと思います。具体的には、サクランが持つ性質を使って、ヘルスケアやパーソナルケアの分野でどのような商品を生み出すのかということです。私自身、研究者は真実を求める職業だと考えています。一方、企業にとっては、世の中がどんな製品を欲していて、そこにどうやって届けていくかというところが重要です。両者の視点は全く違うものですが、イノベーションを起こすにはどちらも欠くことができません。そういった意味で、産学融合の相乗効果を期待しています。

 

田中:企業という立場から、研究のシーズには大きく期待していますし、当社の既存技術と融合することで、よりサステナブルな社会を目指していく方法を、これからも模索していきたいと思っています。例えば、これからの10年間で、社会が石油ベースのケミカルからバイオベースのケミカルに移っていくのは、自明のことだと思います。今まで石油をベースにしてできてきた化学製品を、バイオプロセス・バイオテクノロジーを用いて代替していくというのは、この世の中が進んでいく方向としては間違いないと思います。一方で、現状我々の主力製品は石油からできているものがほとんどです。それを、例えば金子教授が研究されているような生分解性のプラスチックや、サクランのようなバイオ由来の素材で置き換えていくことができれば、将来的にはカーボンニュートラル社会の実現に貢献できると考えています。また一企業として、競争優位性というのも重要な観点ですが、将来的にはそれぞれの化学メーカーの得意な分野をお互いに融通しあいながら、様々な社会課題の解決に向けて進んでいくような社会をつくっていきたいというのが、我々の思いです。そのためには、大学のような研究機関を含む様々なステークホルダー間の共創というのは、重要なファクターになってくると思います。

 

― バイオマテリアルの研究を進めていくうえでの今後の展望を教えてください。

金子:さまざまな社会課題のなかで私が特に重要だと考えているのが、生物多様性の保全です。もともとサクランの研究を始めた理由は、スイゼンジノリが絶滅危惧種だったことでした。絶滅しかかっている植物の付加価値を高めることで、その保全に貢献できるのではないかと思いました。また、先日発表した消化酵素で分解するナイロンであるバイオナイロンというのも、海洋生物が誤ってプラスチックごみを飲み込むことによる生態系への被害をなくしたいとの想いで開発しました。研究には、海洋プラスチックなどの社会問題に対する解決策を導き出す力があります。サステナブルで豊かな地球環境を次の世代に残していけるように、産学で連携しながら今後も取り組んでいきたいと思っています。
サクランをもつ金子達雄 教授

 

― ありがとうございました。
  世界を変える「種」を生み出し続ける金子先生の研究から、ますます目が離せません!

 

 

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産学官連携推進センター
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